第61話 それなんてAV?

 侵入者の男二人は、自分達が盗聴器を仕掛けた場所へ迷う事無く向かうと少しの間探し、無く成っている事に気付くと足早に逃走して行った。

 しかし、慌てて逃げたという訳では無く、ちゃんと鍵を掛けて行っている所が小賢しい。


 「反省していないみたいだな、この映像を警察に提出しようか?」

 「うーん、そうねぇ、本人に問い質してからでも良いんじゃない? 更生する余地が有るなら良いけど、もう一回位はチャンスをあげましょう」

 「こういう奴って、反省するのかねぇ。何かしでかす前に前科付けてやった方があいつの為な気がするけどな」


 とはいえ、被害者本人のあきらがそう言うなら仕方が無い、優輝は成るべく側にいて守ってやるしか無いと思った。


 「さて、そろそろ寝ようか」

 「えっ、もう? ……良いけど」


 今日はめっちゃ肉体労働をしたのでヘトヘトの筈なのに、優輝のあっちの方は爆発寸前らしい。

 不思議なのだけど、精神的疲労は出来なく成るけど、肉体的疲労は返ってブースト掛かるのは何故なのだろう。

 あきらは電気を消し、優輝の手を引いて拡張部屋の寝室の方へ移動した。

 優輝は今すぐあきらを押し倒したい誘惑を抑え、あきらをぎゅっと抱き寄せて首筋にキスをした。

 そのままベッドへ倒れ込み、あきらの服のボタンに手を掛けてイザという所で、バーンとアパートのドアが勢い良く開いた音がした。


 「えっ? 何事?」


 部屋の中にどかどかと土足で踏み込む複数人の足音がして、部屋の電気がパッと点いた。


 「おいっ! 居ないぞ!? 何処に隠れやがった!」

 「くそっ! どうなってるんだ!」


 優輝とあきらは衣服を整え、侵入者が誰なのか確認する為に拡張空間への扉を中からだけ外が見える様に片側透過にした。

 侵入して来たのは男が三人、一人は手にスタンガン、一人は特殊警棒、もう一人はロープを持っている。

 三人共顔を隠しているがあきらと優輝には大体誰なのかは想像が付いていた。

 まさかここまで本格的に犯罪行為に及ぶ程馬鹿だとは思っていなかったのだが、こういう後先考えない馬鹿は意外と居るものだ。

 あきらはスマホを取り出し、警察へ電話を掛けた。


 「あれ? 拡張空間の中からでも電話って繋がるの?」

 「うん、私何回もあなたからのメッセージや電話を受けてるわよ」


 優輝は試しても居ない内に異空間だから勝手に出来ないだろうと思い込んでいた様だ。

 あきらが取り敢えず全部やってみよう実践主義なのは流石に科学者の資質を持っている。


 「じゃあ、これも出来るかな?」


 優輝は空間内から男の持つスタンガンを無効化してみた。

 問題無く出来てしまった。何事もやってみるものだなと優輝は改めて思った。


 「三人の視力を奪う」


 優輝は一人ずつ指を差し、チェックマークを入れる様な仕草で視力を奪って行く。

 能力を使うのに指を差すという動作は実は意味は無い。

 ただ、一か所に意識を集中させるのに有効なので、あきらに習ってやってみているのだ。

 指差し確認みたいなものだろう。実際にそれで上手く出来ている。


 「おい! 誰だ電気を消したのは! 早く点けろ!」


 急に視界が真っ暗に成った三人は慌てている。

 優輝とあきらは、こっそりと空間から出て三人の背後から声を掛けた。


 「先輩達、武器迄用意しちゃって、これはもう言い逃れ出来ないですよ」

 「畜生! 何処だ!? 隠れて無いで出て来いチキン野郎!」

 「仲間連れて武器迄用意して置いて、『おまいう』ですよ。おっと、お迎えが来た様です。」


 『おまいう』というのは、『お前が言うな』の略です。念の為。

 遠くからパトカーのサイレンの音が段々近付いて来てアパートの前で止まった。

 直ぐに警官が上がって来て、犯人三人組を連れて行ってくれた。

 連行されて行く途中、暗くて見えない明かりを点けてくれと騒いでいたが、警官達は意味が分からなかった様だ。

 その後姿があまりにも気の毒に思えたので、優輝は視力を戻して置いてあげた。

 横をふと見ると、あきらもそいつらの下腹部に向って何か操作をしている様だったが、聞かないでおこう。

 以前から侵入されていた様ですと、ビデオ録画の映像を警官と一緒に確認し、その動画の入ったSDカードも警官へ渡す。


 「また何か有りましたらご連絡下さい!」


 警官は敬礼をして、犯人達を連れて去って行った。

 

 後日、犯人の供述によると、主犯は想像した通りにあの医学部の先輩で、あの時の一件であきらというよりも優輝に対して逆恨みを募らせた末の犯行だった様だ。

 あの飲み会の後に女を取られた恨み、恥ずかしさ、悔しさが日毎に膨れ上がり、大学で二人の仲の良さそうな姿を見る度に何時か仕返しをしてやろうと企んでいたのだという。

 そして、日頃から付き合いのあった悪い仲間と組み、盗聴器を仕掛けるなどして機会をずっと窺っていた。

 そこへ仲良さそうに帰って来る二人を見て、怒りではらわたが煮えくり返りそうになる。どうせすぐにイチャイチャし始めるんだろうと。

 直ぐに悪友をもう一人呼び、三人で外から様子を伺う。

 数分もしない内に部屋の電気が消える。

 帰って来て間も無いのにもう始めやがったと尚更怒りが湧く。

 エリートの自分はあの事故以来不能に成ってしまったというのに、何であんな貧乏人のあいつばかりが良い思いをしているんだと。

 仲間二人に武器を持たせ、合鍵でドアを開けて突入する。


 合鍵はあきらの前にその部屋に住んでいたという学生を突き止め、そいつの持っていた合鍵を金を積んで譲り受けた物だ。

 金を受け取ればそいつも共犯だ、何か有っても警察に言ったりはしないだろうという思惑だ。

 実際、学生アパートは住人が入れ替わる毎にドアの鍵を変えたりはしていないケースが多い。

 住人の学生は必ずと言って良い程合鍵スペアーキーを作っているだろう。そして退去時にその合鍵を大家や不動産屋へ渡す事はしない。部屋を借りる時に預かった鍵を返すだけだ。自分で勝手に複製した鍵はそのまま持っているか捨てるかしているのではないだろうか。


 つまり、前に部屋を借りていた人間を見付けられればその部屋の鍵を入手出来る可能性は高いのだ。

 しかも学生アパートならば、前に借りていた人も同じ学校の卒業生であり、少し頭を働かせればその年に卒業した人間の中から部屋の前借主を探し出す事は容易い。

 この男は、こうしてあきらの部屋の合鍵を入手していたのだ。


 裸で抱き合ったままびっくりして声も出ないあいつらの姿を想像すると変な笑いが込み上げて来る。

 裸でオタオタする優輝を殴り、スタンガンで脅し、ロープで身動き出来ない様に縛って、あいつの見ている前であきらを連れの男二人に犯させてやる。

 その時のあいつらの顔が見ものだ。

 人の幸せそうな人生をぶち壊してやるんだという支配欲と破壊衝動。

 上流階級の自分が、たかが庶民に馬鹿にされたままであってはならない。

 あいつらより上の自分が、あいつらを見下し罰してやるんだという選民意識。

 そんな想像に医学部生の男は興奮していたそうだ。

 想像通りの展開には成らなかった訳だが。


 「あのなぁ、エロビデオの設定じゃ無いんだからさぁ」

 「下種の極みね」


 警察所で説明を受けた二人は、口々にそう感想を漏らした。

 特にあきらは吐き捨てる様にそう言った。


 「ねえ、優輝は私という者がありながらエロビデオなんて観るんだ?」

 「えっ!? い、いや、あれは言葉の綾というか……」

 「ふうん、そういうシチュエーションで興奮するんだー?」

 「しないって言ってるだろ!」

 「ふふっ、動揺してる」


 あきらは時々年下の優輝をからかって遊ぶ癖が有る様だ。


 次の日に警察発表が為されると、あきらのアパートの前には再びマスコミの車が詰めかけた。

 その日の夕方のニュースには、再びあきらが登場する事に成る。


 「本当に怖かったです。その日、偶々彼が一緒に居てくれて助かりました」


 ニュースでは声に変なエフェクトが掛けられ、顔にモザイク処理されたあきらが登場していた。

 しかし、見る人が見れば誰だかはっきりと分かる。

 翌々日にはもう学校中の話題に成ってしまっていた。


 「久堂さーん、大変でしたねー」

 「あいつに泣かされた女はいっぱいいるみたいですよ」

 「何やってもオヤジの金とコネでもみ消して来たから、ああいう風に育ってしまったんだろうな」

 「医学部最低! もうあっちには行かない方が良いですよ」

 「やっぱり助けてくれたのは神田君だったんですか?」

 「二人が付き合っているっていうのは本当だったんだ、ショック―!」


 学内での騒ぎが大きく成り過ぎている。

 マスコミが視聴率稼ぎの為に扇情的に大げさに報道したせいだ。

 優輝とあきらは、大学中退も仕方が無いのかなと考え始めていた。

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