第150話 魔法のアーティファクト

 「ハァイ! あきらー、優輝ー、居るのー?」


 自宅の居間に通ずる拡張空間のドアをノックして、デクスターがやって来た。

 ダイニングでカップ麺をすすっていた優輝とあきらは、声が聞こえたので居間を除くと、デクスターが手を振っていた。

 他所の人間がいきなり自分の家の居間に入って来るのってどうなのだろう?

 しかし、優輝もあきらもそんな事は気にしていない様だった。

 というのも、あきらの方も急にデクスターの会社のCEOオフィスへいきなり入ったりしているのだから。


 もう、拡張空間のせいでセキュリティはガバガバだ。

 まだ信用のおける人物間でだけの使用だから良いものの、一般で使い出したらどうなるのか分かったものじゃない。

 だから、一般への自由使用に関しては、おかみの方からかなり慎重にするようにお達しが出てしまっている。


 あきらも優輝もビベランの社長室へ勝手に出入りしている内に、何かそういう事をするのに慣れて来てしまっている様だ。

 なので、デクスターの方もあまり遠慮無くやって来る事が多々有る。


 「あら、お食事中だったの? 御免なさいね。あ、いい匂い」

 「デクスターも食べる?」

 「頂くわ」


 優輝はデクスターの分にもお湯を入れて、フォークを添えて持って来た。

 お金持ちに成ったらカップ麺みたいなインスタント食品なんて食べないだろうと思われるだろうが、優輝もあきらも生粋の上流階級では無く、庶民の成りあがりでしか無いので、カップ麺は時々無性に食べたく成る事が有るのだ。

 デクスターはカップ麺は初めてらしかった。


 「私、お箸は使えるわよ?」


 そう言うので、割り箸を持って来てあげた。

 デクスターは、割り箸を受け取ると縦にパチンと割り、カップ麺の蓋を剥がすとおもむろにズゾゾゾゾーと音を立ててすすり込んだ。

 外人にあるまじき蛮行である。

 パスタみたいにフォークでクルクルと巻いて音を立てずにお上品に食べてくれないと面白くない。


 「あら? ラーメンは日本では音を立てて食べるのがマナーと聞いたわ」

 「そんなマナーは有りません!」


 あれはマナーなのでは無く、麺類は音を立てて食べても咎められない寛容さが有るというだけだ。

 なので、その音を聞いて美味しそうだと思う人も多く、自分も急に食べたく成ってしまったりする。端から音が不快だという先入観が無いからだ。

 しかしだからといって、別に積極的に音を立てろと言っている訳では無いのだ。

 ただし、口を開けてくちゃくちゃ音を立てて食べる、所謂クチャラーは日本でも嫌われている。その辺を間違えてはいけない。


 「あら、そうなのね。一つ勉強に成ったわ」


 そう言いながらちゅるるーと麺をすすっていた。


 「ところで今日は何の用で来たの?」

 「そうそう、これのお礼を言おうと思って」


 デクスターはスマホを取り出した。

 その中にはアプリの形で浮上術と絶対障壁術とマジックミサイルの三つのアプリが入っている。日米共同研究の成果だ。

 このスマホは全ての要人と警護官に持たせる事に成っている。


 「後は、他の魔法の実装と魔法式の解析ね」


 魔法式にエネルギーを通す事で魔法が発動するという事は実証された。

 しかし、魔法式の文様にどの様な意味が有るのかはまだ分かっていない。

 細部の模様を少し変更するだけで発動しなかったり、発動しても威力が弱かったり、想定した魔法とは違っていたりする。

 各部の図形の意味を細かく調べて、どの部分がどういう役割を持っているのかをスーパーコンピューターを使って解析している所だ。


 幸いにして、あきらのお陰で魔法円のサンプルは大量に手に入った。それを突き合わせ比較して解読出来るのは時間の問題だろう。


 「で? 肝心のあなたの使っているバリアはいつ解禁されるの?」

 「どうも上の方でストップが掛かっちゃって、解禁はされないっぽいのよ」

 「えー!? あれがメインディッシュなのに! 私達側は、ずいぶんと魔法技術を提供してるわよね?」

 「あなたは魔法技術って言うけど、一目見ただけでコピー出来る物を技術って言うかしら?」


 尤もな話だ。それを言うなら、著作権とかコピーライトとか言った方がまだしっくり来る。

 それに、スマホに入っている三つの魔法の内、マジックミサイルだけはあきらの提供だ。それはサマンサの魔法を見て取得した物なのだから。


 「あなた達は、魔法を使う事自体そのアーティファクト頼りで技術的に複製する事にも成功していなかったじゃない」

 「確かに、あなたが居なければ魔法は何がどう成ってどういう原理で発動しているのかさえ解明出来ていなかった…… でも!」

 「でも、何かしら?」

 「フィアデルフィア計画の資料を見たんでしょう?」

 「ええ、アルベルト先生が今ここに居らしたら良い議論が出来そう。彼亡き今では目を瞑って物の色を見分けろと言うに等しい研究で、よくぞあそこ迄辿り着いたと言わざるを得ないわ」

 「だったら!」

 「でも、あれでは不十分。私達はそれを研究する迄も無く、肌感覚で理解し行使する事が出来る。あなた達の遥か先を行っているのよ?」


 あきらは敢えて私達と言ったが、それが出来るのはロデムただ一人だ。

 優輝もあきらも、魔法空間作成魔法の魔法式を視認したに過ぎず、それをどう応用すればバリアに使えるのか、仕組みをおぼろげながら掴んだ段階であり、理論として纏め上げる事すら出来ていない。

 米国側では実用化の目途すら立って居ない状況だったのだ。

 なのであきらはそういったこちら側の手の内をあまり見せない様にぼやかして言ったのだ。


 魔法式の解読が進めば、思い通りの魔法をゼロからデザインして組み立てる事が可能に成るかも知れない。

 今は日米で全力でそれに取り掛かっている段階なのだ。


 「ここで幾ら議論してもどうにも成らないわ。何故ならこの国防に関わる技術は私達の手を離れて国の上の方で話し合われている最中なのだから」

 「それがね、そういう訳でも無いのよ」


 デクスターは意味深な顔でニヤリと笑った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「麻野さーん、お客さんを連れてきました」

 「おお、電話で言っていたアレか。ようこそ神管へ」


 あきらはデクスターを神管の応接室へ連れて行った。

 応対したのは麻野と、デクスターと面識の有る三浦だ。

 あきらがデクスターを神管へ連れて来たのには訳があった。

 それは国家間の密約に関係していると言うのだ。


 「ようこそ、神祇保護管理室の室長の麻野です」

 「私はマギアテクニカとメタワイズ社のCEOを務めます、デクスターです」


 お互いに挨拶を交わし、麻野と三浦の対面にあきらとデクスターが並んで座った。

 デクスターの話は驚くべきものだった。

 遥か太平洋戦争以前に、米英日中露の五か国において魔法の取り扱いに関する、ある条約が結ばれているというのだ。


 事の発端は今からおよそ数百年前、中東のとある国、千夜一夜物語アラビアンナイトの伝えられるその国で発掘されたアーティファクトにあるという。

 その宝物を手にすれば、あらゆる魔法を自由自在に行使する事が出来たと言う。

 最初のアーティファクトは各国の争奪戦の後、最終的にアメリカが手にした。

 アメリカはそれを元に魔法の研究をスタートし、現在のマギアテクニカ社とメタワイズ社の元と成る会社を立ち上げた。

 その後、続々とイギリス、チベット、インド、中国、日本でも類似するアーティファクトは発見され、各国が手にする事と成った。

 発見された地は、魔法や妖術といった伝承が多く残る場所だった。


 アーティファクトの形は様々であり、それらは二度の世界大戦で各国を渡り歩き、最終的に所有する事に成った国は、先に挙げた、アメリカ、イギリス、日本、中国、ロシアの五か国と成る。

 アメリカが二つ、その他の国が一つずつ保有し、現在世界には六つのアーティファクトが存在しているとされている。


 「おいおい、そんな話、聞いた事無いぞ!?」

 「国家元首とその周辺しか知らされていないのではないかしら?」

 「ちょっと待て、何故それを神管うちが知らないんだ? おかしいだろ」

 「ついこの間出来たばかリの部署だからでは?」


 必要な伝達事項なのに、こちらから問い合わせないと教えてくれないお役所仕事って、多々ある気がする。特に年金周辺に……


 「あーあ、どんどん話が大きく成って行くわ。私達はお金稼いでのんびり暮らしたかっただけなのに」

 「諦めろ」

 「あら、別に忙しく働きなさいと言っている訳では無いのよ? 貴方しか出来ないな仕事だけやってくれれば良いだけ」

 「私は人に指図されて働くのが嫌だから起業したんだけどな。こんな事なら異世界へ引き籠ろうかしら」


 その時麻野と三浦は、あちゃーと言う様な顔をし、デクスターは驚いた様にあきらを凝視していた。

 そこまで言って、あきらはハッと秘密を口走ってしまった事に気が付いて、手で口を隠した。


 「ちょっと、それはどういう事なのかしら? 詳しく聞かせて頂戴」

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