第151話 管理者

 「ふうん、つまりあなたは自由に二つの世界を行き来出来る上に、それぞれの世界から物や情報を持ち出す事が出来る、と」


 あきらとデクスターは、ここ最近友人関係の様にお互いの居室のリビングへ行き来する位に親しく付き合いが有った為に、気が緩んでいた様だ。

 神管の人間には既知の話であったために、その空間に本当は全くの部外者であるデクスターが居た事を、ふっと失念してしまっていたのだ。


 「ねえ、もしかしてそれって、異世界側の地球の資源を独占出来るんじゃないの?」

 「「「 !!! 」」」


 この女、ヤバい事言い出したと日本人チーム三人はデクスターを見た。

 確かに言われてみればその通りなのだが、あきら達は、気付かなかったと言うより、敢えてそこには触れない様にしていたのだった。


 考えてみれば、ゴールドを持ち込めるなら、それ以外の地下資源も当然ながら持って来ることが出来る筈だ。

 石油や石炭、レアメタル、レアアース等、手付かずの資源が異世界側には眠っているのだから。

 そして、二つの世界の地形が全く同じ構造だとするなら、採掘調査等しなくてもこちらの地球と同じ場所を掘れば良いだけだ。


 ただ、あきらも優輝も片方の世界の富をもう一つの世界へ持って行くのはやめようと考えていた。

 それは、どちらの世界の経済も破壊しかねない行為だし、片方の世界を搾取する、まさしく侵略行為そのものだから。


 あきらは外国人であるデクスターにこの事実を知られたという、事の大きさに自分の浅はかさを後悔し、自分がこれからどのような事に巻き込まれてしまうのかを想像して戦慄した。


 ……しばしの沈黙の後、デクスターは口を開いた。


 「聞かなかった事にするわ」

 「はあ……」


 あきらは、とても間の抜けた返事をしてしまった。

 デクスターの口からそんな言葉が出て来るとは思っていなかったから。

 何故なら、世界中を巻き込んだ略奪戦争に巻き込まれてもおかしくは無い情報だったのだから。

 ただ、デクスターの方もその可能性には直ぐに気が付いた様だった。


 「意外に思うかも知れないけれど、私達の方にも魔法に関する事には政治と軍事からは不可侵であるという取り決めが有るのよ。神管みたいな管理部門が有る訳ではないけどね」

 「それは、アメリカ政府とあなたの二つの会社間で特別に契約されているという事なのか? しかし、契約など……」


 麻野の疑問は尤もなのだ。

 その国の政府と国内の企業との契約など、有事の際には簡単に破られてしまうだろう。

 その時政府が魔法技術を戦争の為に使えと言えば、それに抗う事は出来ないだろうとは容易に想像が付く。


 「あなたの疑念は尤もね。だけど、これは五か国間で取り決められた国際条約なの。一国だけがそれを破ったら、おそらくはその国はこの地球上から物理的に消滅するでしょうね」

 「そんな馬鹿な!」

 「嘘だと思ったら、上の方に確認してみなさいよ。日本国もその条約に加盟しているのだから」


 その言葉に、麻野は頷くと、襟の内側に仕込まれているマイクに向かって話しかけた。


 「聞いての通りだ。今直ぐ問い合わせてくれ」


 どうやら今までの会話も全て外部でモニターされ、録音されていた様だ。

 あきらは神管の二人が体にボディカメラと無線マイクを仕込んでいる事には気が付いていた。

 デクスターも同じ事をしているので、あきらは特に自分のプライバシーに関わる事で無ければいちいちそれらを無効化する事は止めていた。

 何故なら、面倒臭いから。

 デクスターも相手のホームに乗り込んで来ておいて、自分の言葉を録音されるだろう事は百も承知なので、特に騒ぎ立てる様子も無い。


 数分の後に部屋のドアはノックされ、野木が入って来た。


 「確認は取れました」


 そして、一言だけそう言うと退出して行った。

 麻野もあきらもその一言だけで全てを察した。デクスターの言っていた事は本当だったと。


 「まあ、そんな感じで国内的にも国際的にも魔法は保護され、無暗な使用は核兵器よりも出来ない状況なのよ」

 「さっき、勝手に使ったら国が無く成るって言っていたけど、具体的にどう制裁されるというの?」

 「その通りだ。今の世界では、どんな不成者ならずもの国家であろうと他国が勝手に制裁を科す事は出来ない」


 現代では他国を叩き潰そうとするするなら、首脳同士の話し合いから始まり、外交圧力や経済封鎖を経て最終的に武力を使った戦争をする手順な訳だが、魔法の存在が秘密に成っている分、国内外の世論を説得出来る大義名分は無いし、その様な訳の分からない戦争に追従する国が在るとは思えない。

 それに、今の戦争は武力行使による殲滅戦では無く、武力以外のあらゆる手段を使ってピンポイントに中枢を破壊し、トップを挿げ替えるだけで国自体が無く成るという事には成らないだろう。

 ロボトミー手術でもされたかの様な従順な一切飼い主に逆らう事を知らない、ペットに生まれ変わらせられてしまうだけだ。

 国が消滅してしまうなんて、そんな事が出来る筈が無い。


 「それが出来る管理者が居るのよ。アーティファクトの使用に目を光らせている御方が居るの」

 「管理者?」

 「ええ、この地球上に現在存在する全てのアーティファクトの生みの親よ」


 デクスターは一体何を話しているのだろうか。

 少なくとも百年前に発見された古代遺物アーティファクトと名の付く物を制作した人物が、今も生きていて世界中を見張っている?


 「そんなのって……」


 あきらは、そんなのは神かもしくは、と言い掛けて言葉を止めた。

 そうだ、数千年生きる人物をあきらは知っている。

 ロデムもそうだし、異世界にはエルフも居る。こちらにそれに類する人物が居てもおかしくは無い。


 ロデムが何処かの世界からゲートに落ちてしまった様に、御崎桜みさきさくら大野弘和おおのひろかずが、偶々開いたゲートを通って異世界へ渡ってしまっていた様に、何処かの異世界からこちらへやって来た者が居たって不思議では無いのだから。


 または、優輝の様な能力者が他にも居ないとも言い切れない。

 あきらが知っているだけでもこれだけの事例が有るという事は、結構な確率で異世界間移動をしている者は居るという事なのだ。

 それが優輝が行く世界と同じ世界かどうかは分からないが、可能性は幾らでも考えられる。


 「あなたの作ったこのスマートフォンだって、何百年も経ったら立派なアーティファクトかもよ?」

 「仮にその様な管理者が居たとして、実際に制裁を受けて消滅した国なんてあるのかしら?」

 「あら? 地球の歴史において、消えて無くなった国など枚挙にいとまが無いのではないかしら?」

 「ううーむ……」


 麻野は腕組みをして目を瞑り、考え込んでしまった。


 「そんな世界の膠着状態の中に現れたのが、あなたという訳。あなたの存在はそんな低いレベルで均衡を保っていた世界のバランスブレイカーなの。今現在、どこの国も魔法の人工的再現には成功していないわ。あなたが作ったこれは世界初の快挙なのよ。争奪戦に成る前に我々があなたにコンタクト出来たのは僥倖だわ」


 デクスターの鼻息は荒い。めっちゃ早口で言うやんとあきらは思った。


 「でもそんなん作ったら、その管理者とやらに消されるんちゃいまんの?」


 深刻な話に成りそうだったので、あきら巫山戯ふざけてみた。こういう雰囲気はあきらは苦手なのだ。

 しかし、その場の誰も笑ってくれなかった。

 あきらは赤面した。

 唯一、その場で空気だった三浦が、横を向いて声を押し殺し、肩を震わせているのが救いだった。


 「管理者は、アーティファクトを戦争に使う事は禁止しているのだけど、魔法を再現する技術を開発してそれを使う事は禁止していないの」

 「そいつの目的は一体何なんだ?」

 「それは私にも分からない。まるで地球の文明レベルを急いで押し上げたい様にも感じる。あきらがやっているみたいに、研究者にサンプルを与えて、さあ同じ物を作ってみなさい、好きなだけ研究しなさいって言っている様にも思える」


 あきらと同じ事をやっていた人物が、遥か昔に居て、今も生き続けていると言うのだろうか?

 世界情勢とか文明の発展とか、話が大きすぎる。

 ただ一つ、デクスターの口から出た言葉で気に成る部分が有った。

 それは、『魔法を再現する技術を開発してそれを争いに使う事は禁止していない』という部分だ。

 つまり、技術で魔法を再現出来ればそれを使って戦争をしても良い、とも取れる。


 あきらはそんな面倒臭い世界に引っ張り込まれるのは是非にも遠慮したいと思い始めていた。


 「あ!」


 その時、ある事実が脳裏に閃いた。

 あきらの発した素っ頓狂な声に皆が注目をした。


 「私のは魔法じゃ無いわ」

 「はあ? ……」

 「どういう事だ?」

 「だって、私はそのアーティファクトとやらを使って魔法を行使してる訳じゃないもの。あなたの言う魔法には該当しないわ」

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