第149話 物分かり

 ロプロスと母性ドンは豪角羆を一体ずつ取って来て、お礼にと渡してくれた。

 豪角羆とはどんなものなのか実際に見るのは初めてだったのだが、その巨体には驚かされた。

 ストレージに入っているあの大きな豪角熊の数倍の大きさで、爪の長さだって優に二倍は有る。日本側の動物と比べると、なんとインド象位の大きさは有るのだ。

 爪の長さは、5、60cmは有りそうだ。

 これはもう、普通に剣の長さだ。ヤバすぎる。

 でも、せっかくお礼にと持って来てくれたのだから、有難く頂戴する事にした。


 ロプロス達はこれからどうするのか聞いてみた所、ロプロスはこちらの気候が冬に成ると凍えてしまうので元の巣へ帰るとの事。

 母性ドンも一緒にそちらへ付いて行くとの事だった。

 ただ、水棲竜なので淡水が無いとマズイらしく、九州の方にも湖は在るのかと聞かれた。


 「湖かー…… 海は近いんだけどな。九州に大きな淡水湖って在ったっけ?」

 「在るよ。九州最大の湖、池田湖が」

 「あ、イッシーの居るとこだっけ?」


 池田湖は、九州最大のカルデラ湖だ。

 屈斜路湖のクッシーと並び、池田湖のイッシーも有名なので聞いた事のある人も多いだろう。


 俗説では、開聞岳の噴火により川が堰き止められて湖に成ったと言う話があり、地元の人もそれを信じている人は多いのだが、実はそうではない。

 池田湖の中には湖底火山があり、それが噴火した後に地下のマグマが空に成り、陥没した陥没痕、つまりカルデラなのだ。

 開聞岳の噴火と、池田カルデラの出来た時期はおよそ一千年は開きが有るので、開聞岳の噴出物で堰き止められて出来た説は間違い。


 ちなみにあの辺りは噴火口跡だらけで、池田湖の隣の鰻池やそのさらに西側の山川湾も噴火口跡だ。


 ロプロスの巣が在る高千穂峰から直線距離で80km程離れているが大丈夫かと聞いてみた所、その位の距離は問題無いというので、ロプロスが使っている空間通路の入出権限を母性ドンにも与える事にした。


 母性ドンにも餌場を他に用意するので人間を捕食しない様にと言い含め、二頭は空間通路の中へ入って行った。


 「ロプロスの狩場探しのつもりが、嫁探しに成っちゃったね」

 「まあ、良いんじゃない? 一石二鳥って事で」

 「時間が余っちゃったね。どうする?」

 「俺は研究所へ戻って研究の続き。それから、無限電源装置インフィニティリアクターを十基納入しなければ成らないの」


 アキラの収入がヤバい事になってます。

 なんとかこれを世の中へ還元して行かないと、経済が滞ってしまいそう。

 会社を作って人を雇うか? それとも国債でも買えば良いのか? 良く分かりません。

 経済を回すと言う意味では、人を沢山雇ってお給料を払えば良いのだけど、それも限度がある。

 それで経済を回していると言うには規模が小さすぎる気がする。


 だったら規模の大きい会社の株でもドカンと買えば良いのか? 間接的に人を雇っている様なものだから。実際に雇うのはその会社任せだ。

 ならば最初に言った様に国債を買えば間接的に国の運営を手伝っている事に成るのではと思うのだが、海外にバラまいたりと、あまり日本人に還元されている感じがしない。分かり難いだけでそんな事は無いのかも知れないが、国債を買った所で大して評価はされないっぽい気がする。別に評価されたい訳では無いのだが、何かモヤる…… と、あきらは常々思っている。


 ちなみに、日本国の借金が1000兆円超えとかよく言われるが、その内容の殆どが国民が買った国債だ。

 外国が買った場合はその国に対する借金と成るが、自国の国債を自国民が買っている場合、お金は国内だけで回っているのにそれを借金と呼べるのかは甚だ疑問に思う。

 日本以外の国が借金が少ない様に見えるのは、こういう分は計上していないからなのだ。日本が馬鹿正直に申告し過ぎているだけだと思う。


 例えば、家庭内で親から子供が金を借りても、その家の借金とは呼ばないでしょって話だ。

 借金と言うのは、あくまでも他所から借りた場合の事であって、日本は外国から借りている部分は驚く程少ないのだ。

 もう一つ例えるなら、株式会社は株を売って株主から金を集めているが、その会社の発行株式総額を借金とは呼ばないだろうという事に近いかも知れない。


 借金の定義が国毎にまちまちなのに、それで日本国は大変だ、借金まみれだと騒ぐのは違うと思う。

 また、それを意図的に流布して不安感を煽って得をする勢力が居るのかも知れない。知らんけど。


 お金の有効な使い道が分からないまま、あきらは研究所へ戻って行った。

 ユウキは、お腹が目立ち始めてからは異世界側で過ごす時間の方が長いのだが、ロデムもユウキの方に付きっ切りなのだ。

 というのも、ロデムにはユウキの“異世界へのゲートを開く能力”の解明をするという目的が有るから。

 しかし、中々その成果は上がっていない様だ。


 「側で観察しているだけで良いの? もっとこう、何て言うか、手っ取り早く知る方法は無いの?」

 『うーん…… 有るには有るけど、それはやりたくないから』

 「どんな方法? 解剖とかしちゃう?」

 『そんな事しないよ! 魂を解析すれば手っ取り早いというだけ』

 「じゃあ、それしようよ。ロデムも自分の国へ帰りたいんでしょう?」

 『嫌だよ! そんな事をしたら、ユウキはユウキじゃなくなってしまう』

 「そうなの? 死んじゃうの?」

 『魂の融合率をもうちょっと上げれば、その核心の部分に触れる事が出来るかも知れない。だけど、死にはしないけど、パーソナリティのコアの部分が変質する危険性があるから駄目だ』

 「つまり、生命体として死にはしないけど、私の人格は変わってしまうかも知れない。それは即ち、唯一無二である個人の死と同義だって事だね」

 『そう言う事だね』

 「私がそれをやっても良いよって言ったら?」


 ロデムはびっくりした顔をした。

 ロデムはあまり感情を顔に表す方では無かったのだが、ユウキのこの発言には心底驚いた様だった。


 『ユウキはボクを試しているのかい? その手には乗らないよ』

 「そういうつもりじゃ無いんだけどな。愛の究極形態って、その人と融合したいって事なんじゃないかなって、ちょっと思ったんだ」

 『それ程ボクの事を愛して信頼しているって事かい?』

 「そうだけど?」

 『……』


 ロデムはユウキをそっと抱きしめた。

 ユウキはロデムに身を任せようと思った。


 『あのねユウキ、ボクは今の儘のユウキを愛しているんだ。アキラの事もね。ボク達には幾らでも時間は有るし、それだけ時間を掛ければどんな事だって解明出来ると思わないかい? そして、ボクは君達とずっとずっと一緒に居たいと願っているんだよ。それは、ボクが元の世界へ帰る事よりも、他の何よりも一番大事な事なんだ』


 ユウキが何故今急にそんな事を言い出したのかは分からないが、ロデムに取っては今の自分の心を確かめるには十分有意義な時間だった様だ。


 ユウキは以前にも少し精神が不安定に成った事があったのだが、アキラが旅行に連れ出して気分転換をさせ、安定させる事が出来た。

 今回も妊娠の影響で精神が少し揺らいだのかも知れない。


 「そう、私も少し仕事をセーブしてユウキと居る時間を増やすわ」


 あきらはロデムからその話を聞いてそう言っていた。

 どうも、男の方が女よりも精神構造が脆弱なのだそうだ。

 それは脳構造の違いと言われている。

 ゲームっぽく言えば、男はステータスをフィジカルと狩りに集中するための機能に全振りしているせいで、精神的ストレスには弱く成ってしまっているらしい。


 ユウキはこっちの世界では女なのだが、男として生きて来た時間の方が遥かに長い訳で、体が女に変わったからといって、そんな簡単にスイッチが切り替わるものでも無いらしい。

 確かにアキラも男に成ったばかりの時には、身体の方の生理的反応に直ぐには馴染めずに暴走していた事が有った。

 本当に両方の性に馴染むには、まだまだ二人共時間が掛かるのかも知れない。


 「そんなわけで、研究の方は一旦切り上げて帰って来たわ」


 あきらから連絡があり、ユウキはいそいそと嬉しそうに自宅玄関への位置でゲートを開いた。

 ゲートを潜り、アキラがやって来てその姿が見えた瞬間、ユウキはアキラに飛び付いて抱き着いた。


 「どうしたの、ユウキ?」

 「何でも無ーい」


 ユウキのこんな態度も可愛いのだが、なんだか幼児帰りしているみたいで少し心配に成る。

 ロデムの診断では、バイタルサインも精神の健康にも特に異常は見られないとの事だったので、杞憂なのかも知れないがアキラは少し心配に成った。


 「また旅行にでも連れ出そうかとも思ったのだけど、北海道から帰って来たばかりだしなぁ……」

 「いや、別に精神的に不安定に成ってるとかそういうんじゃないからね。ただちょっと……」

 「ただちょっと?」


 ユウキの話を聞いてみると、どうやら北海道でのロプロスと母性ドンのイチャイチャしている様を見せ付けられて、それにちょっと当てられてしまった、という事らしい。


 「だってさ、もうずいぶん長い間してないじゃない?」

 「あ、そう言えばそうだね。でも今妊娠中だし、大丈夫なのかな?」

 『もう既に二人共は安定期には入っているから大丈夫だとは思うけど』

 「じゃあ、早速!」

 『まあ、何かありそうならボクがフォローするよ。ただ……』

 「「ただ?」」

 『お腹の赤ちゃん達に丸聞こえだけど……」

 「あ」

 「あー……」

 『どうする?』

 「あー…… 胎教に悪いか」

 「だね、こんな会話も聞こえちゃってるとは思うけど」


 そうだった。ミライにもトワにも既に意識は有り、大人並みの思考能力も備えていたのだった。


 『ボクは別に構わないよ。そういう生物の本能だし』

 『私は眠っているので何も聞こえませーん』


 物分かりの良すぎる子供達だった。

 ユウキとアキラとロデムは、顔を見合わせてくすっと笑った。


 「じゃあ、我が子達の御言葉に甘えて」

 『やろうやろう!』

 「ちょっと、子供に性生活に気を使われるってどうなのー!?」


 はい、三人はめちゃくちゃに愛し合いました。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「あのさ、失神するまでっていうルールは無しにしない? 身が持たないよ」

 『終わったの?』

 『ちょっと癖になるかも』

 「ちょっとトワちゃん? 寝てないよね?」


 お腹の中の子供達の話し声が聞こえて来た。

 子供にアダルトなコンテンツを見せるのは良くないと、世界の常識では言われているのだが、それは何故なのだろう? 

 どんな動物だってしているごく自然な行為だと思うのだが、それを子供に見せると精神の発達に影響が出るとか、まことしやかに言われているのだが、それはキリスト教的なタブーか何かから来ているのではないのか?


 子供に食欲を見せたら悪影響が有るのか? 睡眠欲を見せたら悪影響が有るのか? 性欲だけ悪影響が有ると言い切るのは何故なのか? 性犯罪者に成るから? それは逆に抑え込むから暴発するのでは? 性に対して見境が無く成ってしまうからだろうか? それはきちんと教えれば良いだけなのでは? 疑問は尽きません。


 脳内麻薬と言われる快楽物質には、β-エンドルフィンやドーパミン等が有るのだが、それが血液に乗って胎児迄届く可能性は無いのか、また胎児にどのような影響があるのだろうか。

 ドーパミントランスポーターと言われるドーパミンを細胞内に取り込む仕組みは、腸管や腎臓といった臓器にも表れるそうなので、ひょっとしたら…… な気もするし、杞憂な気もする。

 多分届きはしないのだろうけど、ロデムの快感神経操作はもしかしたら胎児の感覚まで弄ってしまっている気もするので、多分だけど、未発達の脳にはあまり良く無い様な気がしないでも無いので、ユウキとアキラとロデムは、妊娠中はちょっと控えて置こうかなと思った。

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