第148話 黒いドラゴン

 一旦日本人チームは日本側へ返し、花子お婆ちゃんはフルーツ農園、桜ちゃんは異世界側の水田の設計をしていてもらう事にした。

 ユウキは、結構お腹が目立って来たので、なるべく異世界側で過ごす様にして、アキラが研究所の手が空いた時に異世界へ来てもらう事に成った。


 「ロプロスの狩場を増やそうプロジェクト第二弾!」


 唐突にユウキが宣言した。


 「今度は何処にするの?」

 「候補地は二か所。一つはサク国に在った遺跡周辺、もう一つは北海道」

 「ああ、北海道にはかなり広大な原生林が在ったから良いかもしれないね。ただ、夏場だけに成りそうだけど」


 ロプロスはかなり体温が高く、その高い体温を維持する為に活火山の近くに住んで居る。冬の北海道の気温はきついだろう。なので、まだ気候が暖かい内に北海道の狩場は見つけておきたい。


 「以前にね、阿寒湖の所に扉を設置したでしょう? あの辺りが良いなって思ってるんだ」

 「雌阿寒岳めあかんだけかな?」

 「最近勘が良いね。そう、雌阿寒岳めあかんだけは火口跡が複数在って、ロプロスが隠れるのに丁度良いんだ。と言っても、隠れる必要が無い程あの辺りには国も無いし人も住んで居ないけどね」

 「でもあそこ、車で行ける登山ルート無いんじゃない?」

 「まあ、麓から自力で飛んで行ってもらうしか無いかな。丁度阿寒湖のほとりには複数温泉地が有るから、俺達が遊びに行くのにも丁度良い」

 「阿寒湖の湖畔からだと、雄阿寒岳おあかんだけの方が近いんじゃない?」

 「どちらでも、ロプロスの好きな方で、という事で」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 と、いうわけでやって来ました阿寒湖畔温泉へ。

 異世界側にも温泉は出てるとは思うけど、やっぱりちゃんとした温泉施設で入りたいので日本側で。


 「あとでカムイの湯にも行って見よう」

 「そうね」


 ただ、温泉施設だと一緒に入れないのが残念そうだ。

 優輝のお腹もちょっと目立って来て、入浴中は奇異な目で見られもしたけど、それもあと何か月かの辛抱だ。

 出産してお腹の中に居なくなってしまったら、やっぱり寂しく成るのかなと優輝はちょっと思った。


 温泉でぽかぽか温まったので、異世界側へ移動。

 湖畔の広い所を見つけて、そこに20m四方の大きな拡張空間扉を設置する。


 「ロプロース! 新しい狩場を見つけたよー!」

 『オオ、友ヨ! 世話ヲ掛ケル』


 地面に設置された魔法陣型の扉から、ロプロスがひょっこりと顔を出した。


 『ムッ!?』

 「どうしたの?」

 『同族ノ匂イガスル』

 「ああ、千二百年位前に水神が居たらしいよ」

 『イヤ、今モ居ル…… ソレモ直グ近クニ。』


 ロプロスは、北東の方角へ一際大きな咆哮を上げると、空中に飛び上がった。

 その咆哮が届くと、屈斜路湖の水面が盛り上がり、湖面から真っ黒な巨大な影が飛び出した。

 その影は、物凄い速度で阿寒湖の方角へ一直線に飛び、ロプロス目掛けて砲弾の様に飛んで来る。

 ロプロスはその黒い塊に向かい、幾つもの火炎のブレスを吐いたが、黒い塊はそんな攻撃など物ともせずに弾丸の様にロプロスの正面から衝突した。

 その衝撃でロプロスの巨体は弾き飛ばされ、阿寒湖の水面に墜落しそうに成ったが、辛うじて空中で態勢を立て直し、墜落は免れた。


 黒い影は、もう一頭の巨大なドラゴンだった。

 その体の大きさは、ロプロスの二倍は有りそうだ。

 凶暴そうな顔と長い首、縦に平たく長い尾、そして手足の指は長く水かきが付いている。水中を泳ぐのに適した構造をしている。

 半面、空中を飛ぶのは若干不得手な様で、攻撃は一直線に飛んで体当たりする戦法しか無さそうに見える。


 対してロプロスは空中機動が巧みだ。

 墜落しかけた湖面から一気に高度を取り、黒いドラゴンの上を取ったかと思うと、火炎のブレスで攻撃を仕掛け始めた。

 しかし、黒いドラゴンは水棲なので、身体の表面が水の膜に覆われていて、瞬間的な火炎が当たった程度では殆どダメージが入らない。


 黒いドラゴンの方は、ウォーターブレスを吐くが、ロプロスの機動力に翻弄され、命中させる事が中々出来ない様だ。

 最初の体当たり一撃で倒せなかった事により、黒いドラゴンの方が徐々に分が悪く成って来てしまっている。

 体が大きい分、体力の消耗も激しい様で、いつまでも空中に留まっているのも疲れて来たのか、雄阿寒岳おあかんだけの頂上へ降り、威嚇する様にロプロスに向って吠えた。


 ロプロスは雌阿寒岳めあかんだけの頂上へ降り、こちらも負けじと黒いドラゴンに向ってそれよりも大きな声で吠えた。


 「これって、縄張り争いだよね?」

 「うーん、マズい所へ連れて来ちゃったなあ。こっちのドラゴンはうの昔に居なくなってたと思ってたんだよね」

 「ロプロスに悪い事をしちゃったな」

 『いや、そういう訳でも無さそうだよ』


 ロデムはちょっと可笑しそうに微笑んでいる。

 二頭のドラゴンは、雄阿寒岳おあかんだけ雌阿寒岳めあかんだけの頂上でそれぞれ睨み合い、グルグルと唸り声を上げている。

 まるで猫の喧嘩の時みたいに一触即発の感じがして、緊張状態の静けさの中に二頭のドラゴンの唸り声だけが聞こえているという状況だ。


 どの位の時間が経っただろうか、二頭のドラゴンはお互いを見つめ合い、微動だにせず、視線を片時も離さない。

 時間が何倍にも長く感じる。


 しかし遂にその静寂が破られる時が来た。

 黒いドラゴンは、力を溜める様に背中を丸めると、再び弾丸の様にロプロスへ向かって一直線に飛び出した。

 あっ! と思った時には、黒いドラゴンはロプロスへ体当たりし、背後の火口の中へ二頭の姿は消えて行った。


 「あっ! ロプロスが!」

 「助けないと!」

 

 しかし、雌阿寒岳めあかんだけの火口へ至る登山ルートは無いのだ。

 直ぐに助けに行く事が出来ない。

 日本側からなんとか行けないものかと、ゲートを開こうとした時、ロデムに腕を掴まれた。


 『大丈夫だから、見ててご覧』


 そんな呑気な事を言う。

 ヤキモキしながら待つ事20分位経った時、雌阿寒岳めあかんだけの火口の縁から二頭の姿が見えて来た。


 「えっ?……」


 何だか二頭の様子がおかしい。

 首を巻きつけ合い、交互に頭をスリスリしている。

 心なしかピンク色のオーラを放って、周囲にハートマークが飛び交っている様にも見える。

 まるで恋人同士がじゃれ合っているみたいだ。


 二頭のドラゴンは、山頂から飛び立ち、ユウキ達の目の前に降り立った。

 凶暴そうな顔の黒いドラゴンは、ゴルゴル言いながらユウキ達に顔を近づけて来た。

 ジュラシックパークのT-レックスのシーンを思い出す。

 スマホの機能がドラゴンの言葉を日本語に翻訳した。


 『アアーラ可愛イ、コノ子達、アナタノ友達ナノー? 食ベチャイタイワ』

 「ふえっ? なな、なにー?」

 『アナタ達、私ノ子供ニ成ルー? オッパイ飲ム?』

 「え? えっ?」


 ユウキは『訳が分からない、何なのこれ?』という様な顔をした。


 「ドラゴンは卵生だから、おっぱいは出ないのでは?」

 「疑問点そこ?」


 余談だが、カモノハシは卵生だがおっぱいで育てるぞ。

 他にも卵生でも胎内でふ化させて子供を出産する卵胎生という生物も居るので、ドラゴンの生態はどうなのか知る前に決めつけるのは良くないだろう。


 閑話休題。


 『黒い方はメスなんだよ。さっきのはドラゴンの求愛行動なんだ』

 「ええーーー!!?」

 「じゃあさっき火口から出て来なかったのって……」

 『まあ、そういう事だね』

 『マア、ソウイウ事ダ』

 「ケダモノ!!」

 「うん、アキラは人の事言えないよね」

 「うぐ……」


 ロプロスはこちらへ来て直ぐに同族の雌の匂いに気が付き、アピールを始めたそうだ。

 その声を聞いた黒いドラゴンは、その求めに応える為に、飛んでやって来たという事だった。

 最初の体当たりは求愛に興味を示したという合図で、その後の空中戦は求愛ダンス、そして最後の体当たりはOKのサインだったそうだ。


 『狩リ場ノ他ニ嫁マデ紹介シテ貰ッテ礼ヲ言ウ』

 「ねえ、黒いドラゴンさん」

 『アラナアニ? 可愛イオ嬢チャン』

 「あなたのお名前は何と言うの?」


 ロプロスの身内に成った以上、何時までも黒いドラゴンと呼んでいる訳にもいかないのだろう。


 『名前? ソンナ物ハ無イワァ』

 「じゃあ、私が付けても良い?」

 『良イワヨー』


 「じゃあ、『母性ドン』で」

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