第77話 服屋のドーリス

 ミバルお婆さんの雑貨屋へ消石灰の納品を済ませ、次は服屋だ。

 裏口のドアを開けて中に声を掛けると、店長さんが小走りにやって来た。


 「今月分の納品に来ましたー」

 「あら、今日はアキラ君は居ないの?」

 「はい、国で大事な仕事が有って、そちらにかかりっきりなんです。こちらは、代わりに来たうちのお爺ちゃんです」

 「ホダカと言います。よろしく」

 「あらまあ、ダンディーなおじい様ね」


 店の中へ入れて貰い、納品を済ませ、次回の仕入れ伝票を預かる。


 「あの、お爺ちゃんの服を買って行きたいんですけど、良いですか?」

 「良いわよー。好きなの持って行って。そうそう、あなた達お昼食べて行く?」


 商売人の『持って行って』は、ただでくれると言う意味なのか、売ってくれると言う意味なのか判り辛くて困る。

 もしも、くれるという意味で言われていたとしても、代金はきちんと払って置いた方が無難だろう。


 「お昼ご飯はさっきミバルさんのとこで食べて来たので大丈夫です」

 「えっ? ミバルさんって、あの狸獣人のお婆さんがやってる雑貨屋さん?」

 「そうですよ。私達あそこの商会に入れて貰ったんです」

 「え、うそっ! だってあそこは血縁だけで固めてる商会なのに。どうやったの?」

 「んー、偶々としか…… アサ国の方の支店で声かけて貰ったんですけどね」

 「そうなのね、まあ、あなたの所の商品を独占したいって気持ちは分かるわ。いいなー」

 「そんな羨ましい話なんですか?」

 「当り前よ! ミバル商会って言ったら、アサ国で二番目、ここイスカでは一番大きな商会なんだから」

 「マジですか?」

 「マジですよー」

 「はー、いいなー、私の所みたいな何処にも所属していない弱小小売店は、大店がくしゃみしただけで吹き飛ぶのよ。あんたが持って来たブラとショーツのセット、うちにも寄越せって圧が凄くて、もうほんと困ってるの。」


 話を聞くと、ミバル商会とは別の商会がブラとショーツのセットの販売権を寄越せ、仕入れ先を教えろと連日嫌がらせをして来るそうだ。

 しかし、販売権なんてものは有りはしない。他の店は仕入れ先が分からないから手に入れられないだけなのだ。

 そして、仕入れ先なんて教えた日にゃ速攻で潰されるのが目に見えている。

 何処か大きな所、ミバル商会に庇護を求めたい所らしい。


 「ふうん、じゃあ、聞いて来てあげようか? あそこは服飾部門が無いからもしかしたら……」

 「お願い! ぜひっ!」


 全部言わない内に食い気味に被せて来た。必死さが凄い。


 「うん、じゃあ聞いてみるけど、期待しないで待ってて。お爺ちゃんは服選んでて」


 ホダカお爺ちゃんを店に残し、ユウキは雑貨屋へ急いで行った。

 しかし、10分もしない内に戻って来たので、店主さんは駄目だったかとガッカリした。


 「いいって」

 「そう、やっぱり駄目だったかー…… え!? いいの!?」


 あまりにもあっさりとした返答に、逆にびっくりした様だ。


 「お邪魔するよ」


 ユウキの後ろから、ミバル婆さんとビベランが入って来た。

 ミバルお婆さんはキョロキョロと周囲を見回しホダカお爺ちゃんを見付けると、声を掛けた。


 「あら、ホダカさん、こんな所で再開出来るなんて、奇遇ですね」

 「おや! ミバルさん、さっき分かれたばかりですのに、お恥ずかしい」

 「いえいえ、とんでもない! きっとそういう運命なのですわ」


 「ねえ、お婆ちゃん、キャラ変わってない?」

 「あたしもそう思う。別に一緒に来なくても良かったのにね。ホダカさんが居るから付いて来たのよ」


 「お召し物選びですか? 私がお見立てしましょうか?」

 「やや! これは申し訳ない。もしご迷惑で無ければお願い出来ますか?」

 「はい、喜んで」


 二人で店の方へ行ってしまった。

 ユウキとビベランはやれやれと言う風な外人みたいなポーズをして見せた。

 服屋の店長は、自分等を放って他所へ行ってしまった商会長を見て、ナニコレ? みたいな顔をしている。


 「あ、あのう、商会加入の件は?」

 「ああ、その話ならOKよ。うちは今、服飾部門が無いからね、願ったり叶ったりの話だわ」

 「申し遅れました。私はこの店の店長のドーリスと言います」

 「あたしはミバル商会の長女のビベランよ。畏まらなくても大丈夫。商会内の色々な事の決定権は母より大体私に有るから、私がOKと言えばOKよ」

 「有難う御座います!」

 「ただし!」

 「ただし?」

 「うちは裏切りに対しては容赦無いからその積りでね」

 「ひっ」

 「裏切らなければ大丈夫でしょ。そんなに怖がるって事は、その予定でもおあり?」

 「いえいえ、滅相もありませんよ!」

 「マフィアっぽい」

 「ちょっとユウキちゃん? 人聞きの悪い事言わないで下さる?」

 「外部からの入会では、シノギ…… あ、会費を納めて貰うけどいい?」

 (シノギって言った)

 (今、シノギって言った)

 「あのう、会費はおいくら程になるのでしょうか?」

 「月に銀貨1枚と小銀貨2枚。年払いならほんのちょっと安く成って12,000リンドよ」

 「出た、リンド! 計算が面倒なやつ」


 何故十進法のリンドという通貨単位と四進法の貨幣が混在しているのだろう? 物凄く不便だし謎だ。


 「リンドはねぇ、お役人か商売人同士しか使わないわ。手形で決済したり、売り上げから税金を計算したりする場合に、銅貨以下の金銭単位が必要に成る事が有って後から作られたの」

 「ふうん。何処の世界も古いレガシー新しいモダン基準の共存に苦労しているんだね」


 長さの単位だってイギリスでさえ世界標準のメートル法に改めたっていうのに、アメリカは世界で唯一今でも頑なにマイルとかインチとか使ってるんだもんね。

 そのせいで色んな所にインチネジとミリネジが混在していて迷惑極まりない。


 「あのう、会費、そんな安くて良いんですか?」

 「大丈夫よ。うちは会費で儲けようなんて考えて無いし。それよりも、あなたの店はこの子達の商品を取り扱っているでしょう? うちで囲い込みたいのよね」

 「はあ」

 「とはいっても心配しないで。売り上げの上前寄越せなんて言わないから。自分の裁量で好きなだけ稼いで頂戴。あなたの所が大きく成れば、うちもより大きく成ると言う寸法よ」

 「はい! 有難う御座います!」


 「ふうん、うちの卸す商品って、そんなに魅力的なんだ?」

 「「あたりまえよ!!」」

 「この自覚の無さが怖いし危なっかしいのよ!」


 「話はもう終わったのかい?」


 そこへ服を選び終わった爺さん婆さんが戻って来た。


 「それじゃあ、今日からここはうちの商会の組合員だから、この札を客からも見える所に掲げて置いて頂戴。後で書類作るからね。」

 「はい、分かりました」


 「お爺ちゃん、服は良いの見つかった?」

 「おう、ミバルさんが親切にこんなにも選んでくれたよ。お幾らになりますかな」

 「ここはあたしに払わせてください」

 「孫が世話に成っているのに、そんなに甘える訳には」

 「良いから良いから」

 「あ、お爺様の服は無料ですよ。最初に言ったでしょう?」

 「そうですか、今度埋め合わせにお礼させて下さい」

 「ちっ」

 (あ、今ミバルお婆ちゃん、舌打ちした)


 まあ、あの態度はきっと打算が有っての事なんだろうなぁとは思ったけど、ホダカお爺ちゃんがまさかこんなにモテるとは思いも寄らなかった。

 ヤバい程の女タラシだ。


 「じゃあ次は鍛冶屋に寄ってからビベランの店に食器の納品かな」

 「大忙しじゃなぁ」

 「うん、私とアキラでこういう仕事してたんだ」

 「そうかい、頑張ってて偉いねえ」


 ドーリスさんの服屋を出て皆と別れ、今度は鍛冶屋へ向かう。

 裏口から入り、工房へ声を掛ける。


 「親方いますかー?」

 「おう、親方なら店の方だよ。ナイフの受け取りかい? 今呼んで来るよ」


 ホダカお爺ちゃんは、鍛冶屋というのが珍しいらしく、キョロキョロしている。

 やがて、呼ばれた親方がやって来た。


 「ナイフは出来てるぜ。全部で二十八本だ」

 「もっと打ってもらっても大丈夫ですよ」

 「うむ、それがなあ……」

 「へー、これがユウキの注文してたナイフなのかい? あの熊の爪で作った鎌みたいなもんなのかい?」

 「熊の爪で作った鎌だあ? 何を言って、って、この爺さんは誰だい?」


 やっとホダカ爺ちゃんも居る事に気が付いた様だ。


 「うちのお爺ちゃんなんだ。アキラが忙しくて来れないから代理で来てもらったの」

 「代理ねえ……」

 「ところで、何か言いかけたけど、どうしたの?」

 「あ、ああ! そうだそうだ。ミスリル銀なあ、あれが底を突いちまったんだよ」

 「ふうん? 買って来れないの?」

 「それがなあ、超レアな素材な上に高価でさ、小銀貨位の大きさで金貨百八十枚は下らないって代物よ」


 成る程、聖白銀貨(一円玉)が金貨二百枚だったから、ちょっと安い程度か?

 確か、聖白銀はミスリル銀よりも高価だと金融商のお姉さんがそんな事言ってたもんね。

 でも、アルミより重い金属みたいだから、グラム単位で比べるともっと安くなるのかも?


 ミスリル銀は、コイン程度の大きさで、約二千万円以上はするというのだ。材料として仕入れるのなら1kg位の単位で買うのかな、コインサイズが10g位として計算すると…… 約二十億円!?

 そんなの誰も買えない。職人の仕入れ値はもっと安いのかも知れない。

それか、100g単位で仕入れるのかも知れない。それでも二億円な訳だが……


 日本の金沢の話だが、金箔業者が材料の金のインゴットを一億円で買うと言っていたので、強ち無い話でも無いのかも。


 ナイフの大きさではエッジ部分に極少量だけ、メッキする様に薄く使うだけなので使う量的にはゴマ粒位の量なのだろうが、それでも使って居ればやがて無く成る。

 買い足すにしても、今のこの工房の財政状況では資金繰りが厳しいのだろう。


 「お金が足りないなら出すよ?」

 「金の問題というよりも、寧ろ肝心のブツが手に入らねえんだよ」

 「急に手に入らなくなっちゃったの?」

 「ああ、なんでも北の方に有るユウ国で何か有ったらしくてな、急に武器の材料を買い占め始めやがった。何でも、関所が全滅したとかなんとか……」

 「ギクッ!」

 「どうした?」

 「あ、いや、何でも無いです。ミスリルは私の方でも何とか手に入れられないか手を回してみるから、この28本の完成品だけ貰って行って良い?」

 「ああ良いぞ。済まねえな」

 「大丈夫だよ。お金はまだ足りてる?」

 「まだまだ十分にある。ミスリルの件は期待しないで待ってるぜ」

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