第76話 ホダカ爺さんとミバル婆さん

 「でもさ、あきらが研究所に行ってる間はどうするの?」

 「都内とはいえ、15km位は離れているのよね」

 「大丈夫だよぉ、時間を早めたりなんて出来なくても、普通にやる事はいっぱい有るんだから」

 『いや、使えるよ?』

 「使えるって」

 「えっ! どうやって?」


 ロデムによると、拡張空間で繋がっていればそこを通す事が出来るので、三次元空間内では例え地球の裏側に居ようと500m以内に治める事が出来るのだとか。

 あきらと優輝が異世界の方へ行っている時以外は、実質制限無しで使えるという訳だ。


 「それは便利じゃのう」

 『ただし、時間を弄るのは本当に危ないから特に注意してね』

 「フラグ立てないの!」

 『ごめんなさい』


 そんなわけで、どうやら三人の役割分担が何と無く決まって来た様だ。

 優輝(ユウキ)は、輸入雑貨担当。

 あきら(アキラ)は、日本での科学技術商品担当。

 花子お婆ちゃんは、農作物担当。


 「この三本柱で稼ぎまくろうー!」

 「「おー!」」

 『ボクの担当は?』

 「「「あ……」」」


 そう言えばロデムに何かをやって貰うと言う事は考えていなかった。

 というか、能力やらアプリやらで結構な部分を既にやって貰っているのだが。


 「ごめんごめん、忘れていた訳じゃないんだけど、ほら、ロデムは未だ自由に動き回る事が出来ないでしょう?」

 「そうそう! 敢えて言うなら、相談役?」

 「それだ!」


 よく会社でも相談役というのが居るけど、あれって会長職とかとは違うのかな? 良く分かりません。

 調べてみると、会社の運営から退いたけど意見等アドバイスは出来る役職で、元社長や会長が着く役職とあるので、会長職より立場は上なのかも。


 『相談役かー。なんかカッコイイかも』


 ご満足なされたご様子で良かったです。


 「あ、そうだ。こっちの納品は私がやっておこうか?」

 「ちょっと待って、一人で行動しないで!」

 「大丈夫だよ。ロデムのバリアも有るし」

 「いえそうじゃなくて、母体の心配」

 「普通、妊娠が発覚するのって二か月位経ってからじゃない? 妊娠ゼロ日からそんなに気を使って貰わなくても……」

 「『駄目!』」


 二人に怒られた。


 「ロデムも怒るの? 怖いんだけど」

 『ごめんねユウキ。 身体的に防御は完璧でも、精神的には守る事は出来ないから、出来るだけアキラと一緒に行動して欲しい』

 「そうだよ! もうユウキ一人の体じゃないんだからね」

 「あ、それよく聞くやつ」

 「冗談で言ってるんじゃないの!」

 「ごめん」

 『ボクが動ければ良いんだけど』

 「ううん、ロデムには凄く良くしてもらってるよ。ただ、自分だけ何もしていない気がして、少しは役に立ちたいと思ったんだ」

 「大丈夫、お腹の子供を守るのもユウキの大事な仕事なんだから、その他の雑事は私達に任せて」

 『そうだよ』

 「うん、有難う」


 「あたしが一緒に行こうか?」


 「え?」

 「えっ?」

 『ええっ?』


 グループ通話に成っているとはいえ、今迄無言だった異世界へ行くのを嫌がっていた花子お婆ちゃんが急にそんな事を言い出したので皆びっくりした。


 「なんだい、あたしじゃ力不足だってのかい?」

 「いえ、そうじゃないんですけど、異世界行きは嫌がっていたみたいだったので」

 「ちょっと分からない世界は怖いと思っていたんだけどね、取り越し苦労だったみたいだよ」

 「あ、じゃあ、向こうの世界の男物の服が有るので貸しますね。向こうへ行ったら町で好きな服を選んで買って下さい。経費で落としますから」

 「そうなのかい? 至れり尽くせりだねー」


 花子お婆ちゃんもゲートを往復したので、魂のエネルギー量、生体エネルギー量が増加し、気力体力共にみなぎって来ているのかも知れない。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「じゃあ、忘れ物は無いですね」

 「おう。服は着替えたし、スマホのカバンに消石灰も入れたよ」

 「はい、じゃあ、ユウキお願い」


 花子お婆ちゃんはストレージの事をスマホのカバンと言います。

 あきらがスマホの通話で準備が整った事を告げると、玄関に向こうの世界からゲートが開き、優輝が出て来た。


 「優輝、花子お婆ちゃんの事よろしくね」

 「まかせて!」

 「あたしがユウキちゃんを守るんだよ?」

 「そうでした、よろしくお願いします」


 優輝は花子お婆ちゃんの手を取り、ゲートの向こうへ消えて行った。

 そして、空間通路を通ってイスカ国の町へ。


 「あー、この町に来るのも久し振りな感じがするよー」

 「ほえー! ここが異世界の町かね」


 実際にはこの町に来るのは一カ月ぶり位に成る。

 ユウキは早く仕事を再開したかったのだが、心配性のアキラとロデムと花子お婆ちゃんに強く止められていたのだ。


 「そうですよ。こっちは市とか区位の大きさの国が点在している感じで、国同士の距離は大体40~50km程度、その間の土地は大半が森に覆われているみたいです」

 「ふうん、それじゃあ、人はそんなに住んで居ないのかのう?」

 「そうですね、日本に比べると凄く少ないかもしれません。あ、ここです」


 雑談しながら歩いて、ミバルお婆さんの雑貨屋へ着いた。


 「お婆さーん、ユウキですー!」


 裏口のドアを開け、中へ声を掛けるとミバルお婆さんが走って来た。


 「あんた! 大丈夫だったのかい!? 心配してたんだよ!」


 そう言うなりギューッと抱きしめられた。


 「アキラは一緒じゃないのかい?」

 「うん、アキラは国で仕事が有るんで置いて来ました。代わりにこちらが私のお爺ちゃんです」

 「おや? こりゃあ…… 失礼しました」


 ミバルお婆さんは、花子お婆ちゃんの存在に気が付き、何故か顔を赤くしている。


 「ちょっとユウキ、紹介しておくれ」


 ミバルお婆さんは、こっそりユウキに耳打ちした。


 「孫がお世話になっている様で、あたしはホダカと言います。よろしくお願いします」


 花子お婆ちゃんは、事前の打ち合わせ通りにこちらの世界での名前である『ホダカ』を名乗った。

 『ハナコ』だと、ちょっと男の名前に聞こえないかも知れない。『ホダカ』は苗字なのだが、名前にも聞こえるので丁度良かった。

 異国なのだから、ハナコでも大丈夫だろうと思うかもしれないが、知らない外国の名前でも何と無く男の名前なのか女の名前なのかは区別が付くのではなかろうか。

 音の響きが、男の名前は勇ましそうとか力強よそうだったり、女の名前は優雅だったり可愛らしかったりするものだ。例外は勿論あるが、大体そんな感じだ。

 それに、あまり自分と関係の無い偽名を名乗ると、名前を呼ばれた時に咄嗟に反応出来ないかもしれないので、これで行こうという事に決まったのだった。


 「尻尾と言い、耳と言い、ここの人達はコスプレとかいうのが流行っとるのかい?」


 花子お婆ちゃんは、こっそりユウキに耳打ちした。


 「え、うん、そんな感じかな。そういう人多いからあまり奇異な目で見ないであげてね」

 「ミバルさん、とてもお似合いですね」

 「? ああ、ありがとう…… ???」


 咄嗟に獣人を説明し難いので、コスプレしている人が多いって事でお茶を濁してしまった。

 ユウキはちょっと反省した。帰った後でちゃんと説明しておこう。


 「さあさあ、ユウキとホダカさんも、ご一緒にお食事でもいかが?」

 「ぶふーー!!」


 家の中から吹き出す笑い声が聞こえた。


 「ぎゃははははは! 『ご一緒にお食事でもいかが?』 だってー! ひー、くるしー!!」


 大笑いしているのはビベランだった。

 お昼を食べにやって来て、途中から話を聞いていたみたいだ。

 ミバルお婆さんは、転げまわって爆笑しているビベランの頭に拳骨を落とした。


 皆が揃って食事をしながら、皆にホダカお爺ちゃんを紹介した。


 「すっかりご馳走になってしまって。とても美味しいです」

 「まあっ、そうですか! 粗末な食事で恥ずかしいですわ」

 「……」

 「……」

 「ほほう、こりゃあ、母さんが食事に誘う訳だ」

 「そうそう。死んだ父さんに似ているのよ」

 「へぇー」


 末っ子の二人は見た事の無い母親に戸惑い、ラコンさんとミバルはからかい、ノグリはニヤニヤしている。


 「そう言えばさぁ、さっき気に成る事を言っていたじゃない?」

 「そうよ! あなた達が出かけて行った後、ユウ国の関所の村が全滅してたって! 何か知らない?」

 「良く分からないです。あの後私の妊娠が分かって、引き返したんだ」

 「えっ?」

 「まあっ!」

 「おやおや、それはおめでとう。でも良かったよ。何か危ない事に巻き込まれてなくて。心配していたんだよ」


 そして、そのまま実家で暫く静養していたという事にした。

 ノグリの奥さんの話だと、関所の村が全滅していたと話したが、実は人っ子一人居ないゴーストタウンに成ってしまっていたのだという。

 不思議な事に住民が何処へ行ってしまったのか、疫病が蔓延したのか、魔物や盗賊に襲われたのか、全く分からないのだそうだ。


 あの村を訪れるのは、月一の物資の補給の為の荷馬車か、西から逃げて来る人間、そして偶に東側から西へ行こうとするユウキ達みたいな旅商人、その他は魔物か犯罪者位しか居ない。

 だから、村の異変が気付かれるのはかなり遅れた。

 偶々五日前に補給の荷馬車が訪れた時に発覚したわけだが、その後用心の為にユウ国が軍隊を派遣し調査が行われた。

 しかし、破壊の跡も血痕も何一つ見つからない。食事中の痕跡も見られたというが、全ての住民が神隠しにでも会ったかの様に忽然と消えてしまっている。

 不思議な事件だと皆首を傾げているのだそうだ。


 その一報をノグリから聞いたミバルお婆さんは、その後消息が全く分からないユウキとアキラの身を案じていたのだという。

 ユウキはその話を聞きながら嫌な記憶が蘇り、耳を塞いだ。

 ホダカさんはそんなユウキをそっと抱きしめた。

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