第75話 ようこそ異世界へ

 「お婆ちゃん、はいこれ」

 「おや何だい? スマホかい?」

 「うん、私達の会社から支給される、社用スマホよ」

 「へえ、あたしゃスマホは既に持っとるよ?」

 「これは通信料は会社持ちだし、充電もしなくて良いわよ」

 「そりゃあいいね」


 花子お婆ちゃんは、あきらから手渡されたスマホを受け取って、繁々と眺めていた。

 勿論、ロデムのアプリは搭載されていないごく普通のスマホだ。

 花子お婆ちゃんは友達契約は結んでいないので能力の付与は無いし、そのオプションサービスのスマホの改造もなされていない。


 オプションサービスと言うとちょっと語弊が有るかも知れない。

 友達契約によって魂の融合共有が為されているので、そこから肉体を通して手に持ったデバイスに能力を付加しているという言い方が正解なのだろう。

 つまり、魂の共有をしている間柄じゃないと、そのスマホの機能も使えないのだ。


 どうもロデムの言う友達契約というのは、我々が考える友達とはちょっと概念が違う様に思える。

 夫婦と親友関係の中間みたいな概念というか両方を合わせた様な感じと言いうか、何かそんな感じみたいに思われる。

 実際に子供作っちゃってるので、親友以上の関係で有る事は間違い無いだろうけど……

 というか、魂を融合させてしまっているので、夫婦以上でもあるのは間違いないのだが。

 ロデムによると、友達契約を結んだ相手意外と子供を作る事は絶対に有り得ないのだそうだ。

 友達契約という名称は、変えた方が誤解が無くて良いと思うのだが、適切な単語が思い浮かばないと言っていた。


 ロデムはこれ以上友達契約を結ぶ事が出来ないそうで、花子お婆ちゃんを追加する事はもう無理なんだという。

 という事は、つまりスマホにも機能を追加出来ない事に成る。

 異世界堂本舗の共同経営者なのだから、せめて何か特典を与えたいし、スマホも最低限必要な機能を付加してあげたいのだが、なかなか難しく成ってしまった。

 それであきらが、ロデムのアプリと同等の機能を研究しているというところなのだ。


 先程花子お婆ちゃんに支給したスマホはごく普通のスマホと言ったが、アキラが中身を改造して永久電池エターナルバッテリーは組み込んである。充電要らずだ。

 ビームだけは要らないと思うが、ストレージや空間拡張やパーソナルバリア等の便利機能は組み込みたいのだが、それはアキラの頑張り次第だ。


 「いいよう、あたしゃそんな難しいのは使い熟せないと思うから」

 「でも、ストレージあれば沢山の農産物を運ぶのに便利だし、空間拡張が有れば農園の時間を操作出来るし、バリアが有れば交通事故からも身を守れるし、エアコン要らずに成るのに」

 「人間便利に成れちゃうと自堕落に成っちまうから、このままでいいよぅ」

 「そう? あ、でも、これでアキラと何時でもお話し出来るし、ロデムとも話出来るから」

 「おお、それはありがたいね」


 その時お婆ちゃんのスマホに電話が掛かって来た。

 まだ誰にも電話番号を教えていないのに誰だろうと思って出て見ると、ロデムだった。

 フェイスタイムでの通信だ。


 『花子お婆ちゃん、ロデムだよ』

 「ユウキも居るよ」

 「おやぁ! 二人共!」

 『これで何時でも花子お婆ちゃんとお話が出来るよ』

 「うんうん、これは良いね。優輝ちゃんは体の調子はどうなんだい?」

 「うん、全然調子良いよ。病気や怪我してもロデムが治してくれるしね」

 「そうかい。何か困った事とか無いかい?」

 「うーんとね、ちょっと退屈なだけ」

 『ボクも花子お婆ちゃんに会えなくて退屈』

 「そうかいそうかい、安定期に入る迄もうちょっとの辛抱だからね」

 「ねえお婆ちゃん」

 「なんだい?」

 「一度こっちへ会いに来てくれない?」

 「うーん……」

 『それ良いね!』

 「それ賛成! 一度向こうでの私達も見て貰いたいわ」

 「う、うん……」

 「来てくれるでしょう?」

 「……」


 ユウキの懇願に、花子お婆ちゃんも根負けした様だ。

 妊娠しているユウキが一人で向こうに居るのに、自分だけが怖いとか言って逃げている訳にはいかない。

 そう考えた花子お婆ちゃんは、一回だけ行ってみる事に成った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 優輝とあきらの新居の玄関に入って待っていると、少し空間が波立った様な気がして、その中から貫頭衣の様な服を着た優輝が出て来た。


 「お婆ちゃん、迎えに来たよ」

 「あたしの歳でそれ言われると、お迎えが来たみたいに聞こえるよ」

 「まあまあ」


 花子お婆ちゃんは、優輝に手を引かれ、あきらに背中を押されてゲートを潜った。

 景色が急にぱっと切り替わり、気が付くとそこは若い頃にお爺さんと旅行した、屋久島の原生林に似ているなと思った。

 地面は、周囲100m位の円形に下草は刈られ、広場と成っている。

 自分達が立って居る足元には、円形の目印が付けられていた。

 近くには小川が流れ、飲めそうな程綺麗で透明度の高い清流が流れている。

 左側を見ると、樹木に囲まれた一角が光っている。


 「この中です」

 

 そう言う男性の声がして、そちらを見るとさっきまで手を繋いでくれていたあきらと同じ服を着た若い男性が立って居る。


 「あなた、あきらちゃんなのかい?」

 「そうですよ。今こんな格好で御免なさい」


 花子お婆ちゃんは、確かゲートを潜ると性別が変わると聞いていた事を思い出し、自分の両手を見てみる。

 その両手は一回り大きく骨太に成った様に見える。腕も筋肉質に変わっている。


 「おーう!」


 ふと気が付いて自分の股間に手を伸ばしてみて、外人みたいな声を上げてしまった。


 「ようこそ異世界へ」


 可愛らしい女の子が挨拶してくれた。女性版の優輝だ。

 テレビ電話では見ていたのだけれど、実際に会うとその何倍も可愛く見えた。


 「優輝君、なのかい?」

 「そうだよ。あっちにロデムも居るから付いて来て」


 森の光った一角へ入ると、そこは極彩色の花々が咲き乱れた、野球場程の広さの空間に成っていた。

 外から見ると3m程の幅に見えた光る領域は、中に入るとこの広さである。拡張空間に入った時の様な不思議な感覚を味わった。


 『ようこそ、花子おばあちゃん』

 「ロデムちゃんかい。この世の者とは思えない程のイケメンだねぇ。神様かと思っちゃったよ」

 『神では無い』


 ロデムは美輪明宏の物真似でそう答えた。

 花子お婆ちゃんは元ネタを知らないので反応出来ずにスルーしてしまった。

 ロデムはがっかりした顔をした。

 あきらはロデムの背中をポンポンと叩き、慰めていた。


 「女の子の優輝ちゃんと男の子のあきら君にロデムちゃんに会えたのも良かった。嬉しいよー」

 『ボクも嬉しいです。花子お婆ちゃん、いや、お爺ちゃん?』

 「あ、そういやあたしは今どんな姿に成っているんかね?」

 「そう言えばここって鏡無いよね」

 「スマホのカメラをインカメラにして写してみたら?」

 「あっ、そうか」


 お婆ちゃん? お爺ちゃんがスマホの使い方に不慣れなので、ユウキが横から操作方法を教えながらカメラをイン側に切り替えた。


 「おお、渋いオヤジになっちょるねー!」

 「カッコいいオジサマって感じ?」


 ユウキがニコニコしながら花子お婆ちゃんに一所懸命に新しいスマホの使い方を教えてくれている。

 花子お婆ちゃんは、そのユウキを見て本当に可愛いと思った。


 その後、ロデムと話し合って、花子お婆ちゃんのスマホもユウキかアキラが近くにいる場合に付き、幾つかの機能を使える様にして貰った。

 正確にはロデムがスマホを通して、ユウキとアキラの体から一定の範囲内にある花子お婆ちゃんのスマホを遠隔操作出来る様にしたのだ。


 「私達が基地局みたいな感じに成るのかな?」

 『そう、大体アキラかユウキから500m程度の範囲に居れば、同等の機能を使える様にしたよ』

 「じゃあ、拡張空間農場の方は、花子お婆ちゃんだけでも運営出来るのね?」

 「500mって本当にスマホの基地局みたいだね……」


 アキラとユウキが花子お婆ちゃんにスマホの使い方をレクチャーしたり、中の川で砂金拾いをしたり、ロデムの外でバーベキューを楽しんだりしながら時間を過ごした。

 アキラと花子お婆ちゃんは八時頃には元の世界へ帰って行った。

 一人に成ったユウキは、さっきまで楽しかった事から一人に成った落差でちょっと寂しく成り、ロデムに抱き着いた。

 ロデムは、そんなユウキの髪を優しく撫でた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 日本へ帰ったあきらは、隣の母屋へ帰る花子お婆ちゃんにまたユウキに会いに行ってあげて下さいとお願いした。


 「そうじゃのー。今度男物の服も買って置かんといけんのう」

 「ユウキもロデムも喜びます」

 「怖い場所じゃないのが分かったから、ちょくちょく行かせてもらうよ」

 「有難う御座います」


 花子お婆ちゃんにゲートを潜った事による影響が出始めるのは、まだちょっと先の話。

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