第74話 FUMAS(フューマス)

 あきらは今、某企業の研究所で頭を悩ませている。

 このパーソナルバリアをなんとか商品化出来ないものかと思ったからだ。



 しかし、大学は会社設立時に優輝と一緒に中退してしまったので、大学の設備はもう使えない。

 それを内調の麻野さんに、こういう物を作って販売したいと相談したら、呆れた顔をされてしまった。

 そんなSFみたいな物があるわけ無いだろうと。


 「じゃあ、私を殴ってみて下さい」

 「はあ? またとんでもない事を言い出して。勘弁してくれ」

 「本気ですよ。思いっきりやってくれて大丈夫ですから」

 「こうか?」


 麻野は、拳骨で親戚の子でも窘めるかの様に軽くコツンとやった。当然バリアは作動しない。


 「いえそうじゃなくてですね、思いっきりゴツーンとやって欲しいのですけど」

 「出来るか!」


 でもこのままじゃ検証が出来ない。

 麻野は野木を呼び出して、全員で道場へ向かった。一応職員は柔道や剣道をやるので、当然それ用の施設も併設されている。

 幸い今は誰も使っていないので、入り口を閉めて鍵を掛けた。あきらも他に人の反応が無い事を確認し、スポーツチャンバラ用の防具を身に付けさせられた。


 「こんなの着ける必要無いのに」

 「一応だ、一応」


 防具を身に着けると体表面から厚みが出来てしまうので、あきらはスマホのアプリを操作して10cmのマージンを取った。


 「どうぞ」

 「構えないのですか?」

 「バリアの性能テストですから」

 「なら、遠慮しませんよ! えいっ!」


 野木はこのスポーツチャンバラが得意なのだろう。目にも止まらぬ速さで刀を横一線、あきらの側頭部に華麗にヒットするはずだった。

 が、スパーンという音と共に弾け飛んだのは刀の方だった。


 「えっ!?」

 「えっ?」


 あきらと野木が同時に驚いた声を上げた。

 まさか、攻撃した側が爆ぜるとは思っていなかったのだから。


 「おまっ! 何だこれは! 俺に素手で殴らせようとしたな?」

 「ご、御免なさい! 私も知らなかったのよ」


 バリアなのだから、てっきり攻撃を防ぐだけだと思っていたのだ。まさか、攻性障壁殻だとは思ってもみなかった。

 スマホのパーソナルバリアアプリのプロパティを開き、設定を確認すると、バリアのエネルギー反射率が500%に成っていた。

 この設定だったから、刀の衝突時の運動エネルギーが五倍に成って跳ね返って来て刀を粉砕したのだ。

 いかに柔らかい素材で作られている刀だとはいえ、まるで火薬でも仕込んであったかの様に爆発したものだから、かなり驚いた。

 麻野に素手で殴らせてたら、彼の拳はとんでもない事に成っていた所だった。

 あきらは直ぐに反射を0%に変更した。


 「次は、木刀でお願いします。あ、反射は無しにしたので持っている手が骨折する事は無い筈です」

 「はい」


 野木は、道場の壁に掛けられている木刀を一本取ると、あきらの前へ戻って来て上段に構えた。


 「どうぞ、検証なので思いっきりやってください。時速20km以下だと発動しないので、手加減されると逆に当たってしまいますから」

 「では、行きます!」

 「お、おい…… 本当に大丈夫なんだろうな?」


 麻野の心配も分からなくもない。しかし、ゆっくり振られるとバリアが発動せずに当たる可能性が有る。とはいえ、ロデムの説明では、200kpa以上の圧力は防ぐと言っていた。

 それも検証してみたい所ではあるのだが、やっぱり痛いのは嫌なのでちょっと躊躇われる。


 「ハーイ! ヤー!」


 野木は良く通る声を発し、気合と共に渾身の力であきらの脳天目掛けて木刀を振り下ろした。

 木刀はあきらの脳天から10cmの位置でピタリと止まった。


 「ん? 寸止めか?」

 「いえ、そうではありません。ここで止まるのです。手ごたえが全く有りません」

 「ああ、反射を0%にしたから」


 そう、理論上の完全剛体の場合、反射、つまり反作用は1の力に対して1なのだ。つまり100%だ。

 小学校の理科で習うと思うが、壁を押したとき、壁も自分を同じだけの力で押し返しているという、作用と反作用の関係だ。

 しかし、それをあきらは0%に設定したものだから、反動は全く帰って来なかったのだ。

 木刀の先端は、あきらの頭上10cmで、あたかも磁石に吸い付くかの様にピタリと止まり、何か物に当たったと言う手応えは全く感じない、不思議な感触だった。


 麻野もその感触とやらを体感してみようと、あきらの肩の辺りを狙って拳を突き出してみた。

 顔や腹を狙わなかったのは、万が一を考えた為だ。しかも、無防備に立って居る若い女性を殴り付けるというのにも多少抵抗が有ったからなのだ。

 肩ならば、もしも当たってしまっても大事には至らないだろうと言う配慮からだった。

 しかし、その配慮は杞憂に終わった。

 突き出した拳は、肩からやはり10cmの位置でスッと止まる。

 しかし、ゼロ距離でいきなり停止したものだから、手首に衝撃が走った。少し痛めたかもしれない。


 「あいつつつ、これは不思議な感じだな」


 麻野は、手をプラプラ振っていた。やはりちょっと関節がグキッと成ったのかもしれない。


 「これを作ってパーソナルバリアとして女性向けに売ろうかなと思うんだけど」

 「馬鹿お前! 完全に国防に関わるテクノロジーだろうが! 一般販売なんて絶対に許されないぞ!」


 怒られてしまった。

 一般販売するならかなり仕様を詰めて、スペックダウンした物でないと認められないとの事。


 「女性向けが駄目なら、国の要人向けとかは?」

 「ううむ、その用途かもしれないなぁ。それが出来れば要人警護はかなり楽に成るぞ」


 「大学は中退してしまったのだけど、もう一度大学の研究室の設備を使いたいんだけど」

 「そんな物一般人の目に触れさせられるか!」


 そう言われ、国立未来技術研究開発機構『FUMAS(フューマス)』へ放り込まれてしまった。

 確かにFUMASフューマスは大学の研究室とは比べ物に成らない程の設備が整っている。なんと粒子加速器迄持って居るのだ。


 研究開発には最高の環境なのだがしかし、初日から期待を込めたキラキラした眼差しの研究員が、引っ切り無しに見学にやって来る。

 これでは研究開発するのに気が散ってしょうがない。

 堪らずに所長へ個室を与えてくれないかと直談判してしまった。


 「だが、君の作る物は自由に研究して良いと聞いているのだが?」

 「そうなんですがー、気が散ってしょうがないんです!」

 「君自身も良く分かっていない、原理を解明してコピーを作れるなら積極的に作って欲しいんだよな?」

 「それはその通りなのですが…… 個室は認められませんか?」

 「認めないとは言っていないんだが、どうしようかな。そうだ、君専門の研究開発チームを組もう。それと、カメラを設置して開発過程を記録するという事で手を打ってはくれないだろうか」


 という事で、あきらはその条件で妥協し、個室研究室を手に入れた。


 榊所長もあまり機嫌を損ねると他へ逃げられてしまう、超一級VIPのお嬢さんなのだ。腫物を触る様に接しなければならない。

 もしも国外へ逃げられたら事なので、くれぐれもよろしく頼むと会社は元よりお国の上からも釘を刺されている。

 釘というか、暗に拒否権の無い命令をされたに等しかった訳だが。

 彼女は社員でも職員でも何でも無いのだから上から命令は出来ない。お願いレベルの提案しか許されていないのだ。

 ただの日本国民だというだけの繋がりしか無いのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。


 ユウキが向こうの世界からあまり戻って来る事が出来無いので、あきらは暫くの間この研究室にお世話に成ろうと考えている。

 ミスリルナイフと永久電池エターナルバッテリーのサンプルも渡して勝手に研究して下さいと言ってある。

 もちろん、身体データと血液や口腔粘膜等の遺伝子データも提出してある。

 科学、化学、医学、薬学、脳科学、工学、電子工学、量子力学等のあらゆる方面からあきらとその制作物に関する謎を解明しようと躍起に成っているのが良く分かる。

 なので、あきらの一挙手一投足に至る迄全て研究対象なのだ。

 つまり、ここではあきらは、一人の研究員で有ると同時に研究サンプルでもあるのだ。

 だから他の研究員が何かと理由を付けてあきらを訪ねて来るのも止む無しなのだろう。

 だが、このままではあきら自身の研究が全く捗らない。

 なので個室研究室を手に入れたのだ。研究チームという監視とカメラ付きではあるが。



 翌日、出社と共にいつもの癖で部屋の中の監視カメラを無効化してしまった事が有る。

 そうしたら秒で榊所長が走って来て怒られてしまった。約束が違うと。

 あきらは、ついうっかりいつもの癖でやってしまったと謝ったら、榊所長は拍子抜けした表情をした。もっと傲慢な女性だと思われていた様だ。

 あきらも以前に住んで居たアパートに毎日盗聴器やらカメラやらが仕掛けられていたので、その時の癖でついうっかりやってしまった事を正直に話したら、榊所長もつい怒ってしまった事を平謝りされてしまった。

 権威者と得体の知れない能力者という事で、お互いに警戒し合っていたのだろう。なんだかわだかまりが少し消えた気分だった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「これはちょっと、表に出せない代物なんじゃないの?」

 「私もそう思います。こんな物をわが国の航空機、船舶、車両…… あーもう、ぶっちゃけますと、戦闘機、イージス艦や護衛艦、戦車なんかに搭載出来たなら、無敵の軍団じゃないですか」

 「これがもしも、もしもだよ? 核攻撃も防げると成ったら、世界の軍事バランスだって滅茶苦茶に成ってしまうだろう。そもそも外国が黙っている訳が無いぞ。特にアメリカ、中国、ロシア辺りが」

 「どうする?」

 「うーん、どうしましょうかね」

 「研究止めさせるか?」

 「うーむ……」

 「でも、出来たら良いよね」

 「確かに……」

 「出来そうな目途は全然立っていない様なので、可能な所まで自由にやらせてみるか……」


 お国の上の方の面子が難しい顔をして何やら相談をしている様だった。

 しかし、研究中止にしたところであきらが他の所へ行って発表してしまったら元も子も無い。

 テロ支援国家にでも流れてしまったら大事おおごとだ。

 だったら日本で開発させて、後はアメリカにでも丸投げしてしまった方が安全だろう。


 そんな政治的な思惑は一介の研究員には知らされずに、あきらは今日も何かと理由を付けては訪ねて来る研究員に頭を悩ませるのだった。


 「これじゃ個室意味無ーい!」

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