第73話 パーソナルバリア

 アキラが目を覚ましたのは次の日の朝だった。

 ユウキの手を握ったまま、何時の間にか眠ってしまっていた様だ。

 ユウキと二人の身体を包んでいたロデムも何処かへ行ったのか見当たらない。

 アキラは花畑のベッドで一人身を起こし、辺りを見回した。


 先に目を覚ましたユウキとロデムは小川で水浴びをし、お互いに水を掛け合いながら遊んでいた。

 ユウキは、一番最後に目を覚ましたアキラが川岸に座ってその様子を眺めている事に気が付いた。


 「なぁんだ、妖精さん達が遊んで居るのかと思ったらユウキとロデムじゃないか」

 「アキラは何時の間にそんな臭いセリフを言えるように成ったのかな?」


 そう言いながらユウキはパシャパシャと水をアキラにかけた。

 すっかり元気そうに成ったユウキを見て、アキラは安堵した。

 母は強しと言うが、アキラはユウキの、自分のお腹の中に宿った命を守るんだという確かな決意を感じた。

 アキラはユウキのお腹の辺りをじっと見てみると、確かに小さな命の輝きが灯っているのが見える。


 『アキラにも見えるかい? ボク達三人の子供があそこに居るんだよ』

 「うん、そうだね。何だか不思議な感覚だなー」


 母親は妊娠中から母性を育むが、父親は生まれてから徐々に父性に目覚めるという。

 しかし、妊娠ゼロ日からそこに命が有る事が分かってしまうアキラとロデムは、既にユウキとそのお腹の子供が愛おしくてたまらなく成っていた。


 「ところでさロデム、俺達ずっとこっちに居る訳に行かないんだけど、ユウキはゲート潜って大丈夫なのかな?」

 『うん、前にも言った通り、一度灯った命の炎はそう簡単には消えないよ。だけど、ユウキは安定期に入る迄は出来るだけこちらの世界に居て貰った方が良いかもね』

 「五か月位だっけ?」

 『うん、人間は確かその位だね』

 「俺は向こうで仕事が有るから戻らなければ成らないんだけど、ユウキはこっちに残ってても大丈夫かな」


 アキラとロデムが話し込んでいるのを見たユウキが水浴びから戻って来た。


 「何の話をしているの?」

 「安定期に入る迄はユウキは成るべくこっちに居た方が良いだろうって話」

 「うーん、ん? でも、アキラ一人じゃ向こうへ行けないよ?」

 『絶対という訳じゃ無いよ、成るべくと言う話なんだ。安定期に入る迄は成るべく女性の体で居た方が良いかなって話してたの』

 「そっか、あ、でも、花子お婆ちゃんには報告したいな」

 「そうだね、じゃあ、一瞬だけ戻ろうか」

 「うん、そうしよう!」


 『あ、ちょっと待って、キミ達のスマホに新しいアプリをインストールして置いたから、使って』

 「え? 今?」

 『そう、常時起動状態で問題無いよ』

 「何だろう? あ、これか」


 スマホの待ち受け画面にはアプリのアイコンが一つ追加されていて『RODEMsパーソナルバリア』という表記が有る。


 『キミ達を守るための防御殻だよ。体の皮膚面から0mmの距離から法線方向にミリ単位で距離を拡大設置出来るよ』

 「0mmに設定すると凄く頑丈な皮膚って感じ? でもその場合、呼吸とか汗とかどうなるの?」

 『酸素と窒素と二酸化炭素と水蒸気は透過するよ。ただし、デフォルト設定では時速20km以上のあらゆる衝突物と200kpaキロパスカル以上の圧力、36℃以上の熱、可視光線以外の波長の電磁波、その他人体に含まれない元素及び化合物は全て弾くよ』

 「え、何か分からないけど凄くない? でも何で時速20km以上なの?」

 「つまり、殴られたり掴まれたり刺されたりといった攻撃を全て防ぐ訳だね。ただし全部だと自分が他の人と触れ合うのに支障があるので下限を設けてあると」

 『流石だね、最もそれはアキラの知識からヒントを得た物だけど』

 「某砂だらけのSF世界で、ビームや銃器を使えなくして剣で戦う理由に合理性を持たせる為の設定のあれかな? それか、ガン〇ム世界におけるミノ粉みたいな?」

 『そう、それ的な物。これは、剣もパンチも閉め技も防ぐけどね。考えられる危険は全て排除したつもりだよ。夏の暑さも冬の寒さも日焼けも防ぐから、常時オンにしておいても構わないよ』

 「おお! それは便利!」


 そのアイコンをタップすると、肌表面が一瞬光った様に見えた。


 「これでもうバリア効いてるの?」

 『そうだよ』

 「ちょっとユウキ、俺を殴ってみて」

 「おっけー! えいっ!」


 ユウキの拳が胸に当たった瞬間、ガンッと何か硬い物同士がぶつかったみたいな音がした。

 そっとハグすると、バリアは発動しない。

 これは、机の上のボールペンやマグカップを取ろうとする度にバリアが発動してしまったら、それを破壊してしまうかもしれないから。

 それでは通常の生活もままならなく成ってしまうだろうという配慮でそういう仕様に成っているとの事だ。

 時速20kmというのは、大体この位なら怪我しないだろうという考えで大雑把に設定した速度らしい。特に根拠が有ってその数値に成った訳では無いそうだ。

 でも、その速度だと、大質量でゆっくりと衝突して来る様な攻撃は防げないかも知れない。幼児を前後に乗せたおばちゃんのママチャリアタックは防げないだろう。

 ただ、痛みを感じる程の圧力攻撃は防ぐとの事なので、もしかしたらそれも大丈夫なのかな? とアキラは考えてしまった。

 実際やってみないと分からない仕様だが、やってみる気はさらさら無い。


 ところで、アキラのシャツの胸の位置に穴が開いてしまった。ユウキの拳が当たった場所だ。


 「殴った方の手も全く痛くないんだけど……これはヤバいね」

 「火炎とか浴びたら、『いや~ん、まいっちんぐ』になってしまうね。服は守られないのかー」

 『バリア同士が接触して間の空間の距離がゼロに成ってしまったからね、そこに挟まれた衣服の繊維は圧し潰されて千切れてしまったのだと思う』

 「だったら、衣服もバリアの内側に入る様に距離を調節すれば良くない?」

 「5cm位で大丈夫かな?」

 「スカートみたいにヒラヒラした衣服だと30cm位マージンを取って置いた方が良いかもね」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ゲートで自宅へ戻ったユウキとアキラは、すぐに隣の花子お婆ちゃんの家へ行き、妊娠を報告した。


 「おやあ! それはおめでとう、アキラちゃん」


 花子おばあちゃんは、満面の笑みで喜んでくれた。


 「それがね、妊娠したのは優輝なの」

 「えっ? ……」


 一転、酷く混乱した様な顔に成った。


 「なんか、すみません」

 「謝る事じゃないでしょ!」

 「えっ? えっ? どういう事なんだい?」

 「前にも言ったと思うんだけど、向こうでは性別が反転するの。これがね、向こうでの優輝なのよ」


 アキラはスマホの写真を見せた。


 「おやまー可愛らしい。これが、向こうでの優輝君なのかい?」


 花子お婆ちゃんはスマホの写真と優輝を交互に何度も見比べては『はー』とか『へぇー』とか唸っている。


 「そして、これが向こうでの私」

 「おやまあ、なんて良い男じゃろう」


 男のあきらがあまりにもハンサムなので、写真を要求している。待ち受けにするそうだ。


 「それで、今は男なのにお腹に赤ちゃんが居るって事なのかい? どこから生まれて来るんかい?」

 「妊娠中は出来るだけ女に成ってた方が良いみたいなので、安定期に入るまでは主に向こうで生活する事に成りそうです。ちょっと位なら良いそうなので、時々こっちに来ますよ」

 「ほんなら、早く帰りなさい。お腹の中の赤ちゃん第一じゃよ! ホレホレ!」

 「分かりました。時々近況報告に来ますね」

 「ああ、楽しみにしとるよ」


 優輝は一人で向こうの世界へ帰って行った。

 庭でユウキがゲートを潜るのを見届けたあきらと花子お婆ちゃんが母屋へ戻ろうとした時にあきらのスマホが鳴った。


 「あ、ユウキからフェイスタイムだわ」


 あきらはスマホの画面を花子お婆ちゃんへ見せた。


 「ヤッホー! お婆ちゃん、さっきぶりー!」

 「おや、あんたが優輝君なのかい?」

 「そうだよー。それでこっちがロデム」

 「おやおや、あんたがロデムちゃんかい。はじめまして」

 『うん、はじめまして。お喋りは何回もしていたけど、会うのは初めてだね』

 「時々こうして連絡するからね」

 「うん、待ってるよぉ」


 穂高花子さんは、この歳に成ってもまだまだ不思議な事に出会うものなのだなあと、二人に出会って若い頃に感じた様な胸の高鳴りを感じていた。

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