第72話 ユウキ懐妊

 立ち上がったアキラの全身から、青いグロー放電の様なエネルギーの放出が見える。

 周囲の空気は電離し、唸る様な微かな音と独特の臭気を放つ。

 コントロールが上手く出来ないのか、一歩、一歩と下手糞なマリオネットの様な、ぎこちない足取りで歩き出した。

 ロデムは生体電流の制御により気を失ったアキラの筋肉を強制的に動かし、歩かせているのだ。


 周囲を取り囲む男達を気にも留めない様なその歩みに、一人の男がアキラの服に掴み掛ろうと手を伸ばした。

 アキラの周囲に展開された電界内に手を突っ込んだその男は、強力な電撃に見舞われその場で一瞬にして命を落とした。

 それを見ていた周囲の男達は、蜘蛛の子を散らす様に逃げ始めたが、既にロデムにロックオンされた彼らに生き残る術は無かった。

 アキラの体から伸びたエネルギーの帯は、蛇の様にのたくりながら男達の頭へと伸び、彼等の命を吸い上げて行く。

 その様子を遠巻きに見ていた者、物陰に隠れて様子を伺っていた者の所へも光る帯は伸び、全ての命を刈り取って行く。

 エネルギーの帯は、生命のエネルギーを吸い尽くすと、体を構成する物質をもエネルギーへ変換し、吸い上げて行く。後には何も残らない。


 ロデムに容赦は無かった。

 自分と自分の大切な者に向けられた悪意に対して、ロデムの反撃は一切の躊躇は無い。

 村の中で、この一件に関わっていない者達までも全てをエネルギーとして吸い尽くして行く。


 やがてユウキを連れ去った男の家へ辿り着いたロデムは、扉を開けて中へ入る。

 そして、中で行われていた行為に対して体中の毛が逆立つ様な感覚を覚える。


 「何だテメエは! 今良い所なんだから邪魔すんな!」


 ロデムに動かされたアキラの体から、細いエネルギーの帯が何本も伸びてそれが男の体に触れると、男は力を失いガタンと突っ伏した。

 ユウキからはアキラの姿は見えない為、男が全体重を預けて来た事をイキそうに成っていると勘違いし、悲鳴を上げる。


 「や、やめろ! 嫌だ! そんなの嫌!」


 ユウキは力の限り暴れ、体を捩り、男を押し退け様とするのだが、今のユウキの力ではどうしようも出来なかった。

 しかし、男はそこからピクリとも動かなくなった。ただ力無くうーうーと唸っているだけだ。

 気が付くと何時の間にか横にアキラが立って居いた。


 「アキラッ! 見ないで!! いやああああああ!!」


 ユウキは愛するアキラに見られたと勘違いしたが、アキラの身体を操って動かしているのはロデムだ。

 アキラの意識が無かったのは不幸中の幸いだった。この様な場面をアキラの目に晒す訳には行かないとロデムは思った。


 ロデムは無表情のまま軽く男の横っ腹を蹴った。

 軽く、つま先で蹴っただけの様に見えたが大男の体は軽々と飛ばされ、壁に激突して床に落ちた。

 今の蹴りで内臓は破裂したかも知れない。死ぬ程の激痛が男を襲っている筈だが、ただウーウーと唸るだけでピクリとも動かない。

 ロデムは男が意識を手放す事もショック死して楽に成る事も許さない。生かさず殺さず、可能な限り最大の苦痛を与え続けている。


 『ふん、お前は殺すのも飽き足らない』


 アキラの口から出たのはロデムの声だった。

 ユウキは、こんな怒りに満ちた冷酷なロデムの声を初めて聴いて恐ろしかった。

 やがてロデムは光の帯の触手で男の体の全てのエネルギーを吸い尽くし始めた。

 何時までもただ唸っているだけの男を見ているのも飽きたから。


 しかし、魂のエネルギーだけは直ぐに吸収しないで空中でクルクルと弄んでいる。

 これをどうしてやろうかと考えている様だ。

 光の触手でその魂のエネルギー球に触れる度に、徐々にそのサイズは小さく成って行き、ついには胡麻粒位の大きさにまで成った。

 男の魂のエネルギー球は、許しを請うかの様に明滅している。

 きっと、地獄の苦しみを味わっているのかもしれない。


 『さて、どうしてやろう』


 だが、これだけではロデムの怒りは収まらない。直ぐに楽になんてしてやるつもりは無い様だ。

 ロデムは周囲を見回した。

 そして、部屋の隅を這っている一匹のナメクジを見付けると、男の魂を人としての意識を保ったままの状態でその中へ封入した。


 『汚れた矮小な魂よ、そこから修行をやり直しなさい。やがていつか、何百年の後には再び人へ戻る事が出来るかもしれません』


 人の魂は、この三次元世界内では最大の大きさを持っている。

 それは、生物界の頂点である事を示しているのだ。

 最小の細菌や微生物から出発し、輪廻を繰り返す内に魂は徳を積み、徐々にその大きさと輝きを増して行く。

 そして、何百何千臆という修行を経て、ようやく人の大きさの魂を獲得するのだが、この男はその最終到達点に至って全てを台無しにしてしまったのだった。


 通常であれば、哺乳類までの修業はそう難しくは無いだろう。ただ一所懸命に生きていれば良いのだから。

 しかし、高等な生物に近づくにつれ修行の難易度は格段に上がって来る。それは、感情と言うものが付与されるから。

 感情が与えられると、愛情というプラスのエネルギーの他に憎しみや嫉妬というマイナスのエネルギーも発生し、魂の修業を邪魔して来るのだ。


 ロデムは男の魂に罰を与えた。つまり、意識や感情を持ったまま虫からやり直す事を命じたのだ。

 つまり、感情を持ったままなので負のエネルギーによるペナルティは人間と同様に与えられるという事だ。

 負の感情を以て他者を害した場合、魂のランクはさらに落される。

 男が人に戻るには、果てしない茨の道が待って居るのだった。


 再び人としての魂を獲得するには、また気の遠く成る程の時間と努力を費やさなければ成らないだろう。

 これは、ロデムが敢えてやらなくても、次の輪廻転生時には同様の事態に成る事は既にアカシックレコードへ記録されていたのだ。

 悪事を犯せば次には魂のランクを落とされる。

 ロデムはそれを読み取り、結果を早めただけだった。


 ロデムはユウキを抱き上げた。

 ユウキはその胸に泣き顔を隠して声を押し殺して泣いている。


 ロデムは近くの壁へ空間通路を出現させ、ユウキを抱きかかえたままその通路へ入った。

 出口はユウキ達がロデム空間と呼んでいるロデムの体内だ。

 出現した場所のすぐ先には人型のロデムが彫像の様に立って居た。


 アキラを操ったロデムは、そのすぐ前にユウキを降ろしその隣に自身も横たわると、同時に立って居るロデムがフリーズから解けた様に動き出した。

 ロデムは屈み、そっと優しく労わる様にユウキを抱き寄せた。


 『もう大丈夫だからね』


 そう言うと、ロデムの体は形を崩し、大きな球体と成ってユウキとアキラの体を包み込んだ。

 三次元に実体化したロデムの体は、意思を持った液体状の構造で自由にその姿形を変える事が出来る。

 体積も実際に三次元に存在している分が全部では無く、四次元にある物体が三次元空間に接触している部分だけが見えているに過ぎないので、三次元の生物である我々から見ると形も体積も自由自在に変化している様に見える。


 ロデムの中に包み込まれた二人は、体内まで全てロデムの液体の体で満たされ、肺には、液体呼吸リクイド・ブリージングで直接酸素を送り込まれ、消化器官へは栄養素も送られて生命維持される。

 外傷は代謝の加速により瞬く間に治癒され、二人の体は傷跡一つ残さずに完全に修復された。

 アキラの怪我は、頭骨の骨折と頚椎の損傷。通常ならば命を落とすか重大な後遺症が残る程の重傷だったが、それが魔法の様に見る見る修復されて行く。

 ユウキの方は、顔と腹部の打撲と肋骨のヒビそして性器の擦過傷だったが、それも完全修復。

 やがて意識を失っていたアキラは目を覚ました。

 意識の共有により、アキラは意識の無かった間に何が起こっていたのかを理解した。


 「ごめん……」


 アキラに見つめられ、ユウキは視線を落として一言だけ言った。

 アキラは、自分がユウキの心と体に付けた消えない傷に償う為に、二度とユウキを悲しませないと誓った筈だったのに、守れなかったという後悔の気持ちで一杯に成った。

 なのに、逆にユウキに先に謝られてしまった。


 「いや、謝るのは俺の方だよ。ユウキ、守れなくてごめん」

 「私、汚されちゃったよ。もう、アキラの顔をまともに見れない」

 『いや、ユウキは汚れてなんていないよ』

 「そうだよ。ユウキを守るのは俺の方だったのに、何も出来なくてごめん」


 『緊急事態だったとはいえ、勝手にアキラの体を動かしたのは契約違反だった。アキラごめんね』

 「いや、ロデムは良くやってくれた。寧ろ最悪の事態を避けられたんだ。感謝しかないよ」


 スマホの電源が入った状態ではないとロデムはアキラ達に干渉出来なかった。

 ユウキのスマホは衣服と共に打ち捨てられてしまったし、頼みの綱のアキラは意識を失ってしまっている。

 盗賊の一人が偶然アキラのスマホのスイッチを入れ、そのスマホが落ちてアキラの肌に触れたのは、偶然と言う言葉では言い表せ無い程のあまりにも確率の低い幸運だった。

 そして、その時アキラの意識が無かった為にロデムはアキラを外部から操縦する事が出来たのだ。


 しかし、体の傷は幾らでも治せるが、ユウキの心の傷の方は如何ともし難い。

 時と共に癒されるのを待つしかないのだろうか。

 考えてみれば、こちらの世界と行き来する様に成ってから傷付いているのはユウキばかりだった。

 アキラは、そんなユウキを支え、何か有ったら絶対に守ると誓っていた筈なのに、何も出来なかった自分に腹が立って仕方が無かった。


 『ユウキ、アキラ、聞いて。ボク達三人の子供をつくろう』

 「ロデム! いくら何でも今そんな……」

 「アキラ、ううん、ロデムありがとう。私も二人の子供が欲しい」


 ロデムの唐突な提案にアキラは時と場合を考えない空気の読めない発言だと受け取ったのだが、ユウキにはその真意が分かっていた。

 ユウキのトラウマに対して、幸せな思い出で上書きしようとしてくれているのだ。


 「私はロデムの提案を受け入れたい!」

 『ありがとう、ユウキ』

 「二人がそう言うのなら、俺も異存は無いよ」


 アキラも本当はロデムの気持ちが分かっている。そして、ユウキがそう言うのならその願いを叶えてあげたいとも思っている。


 「でも、三人でって、いったいどうすれば」

 『そこはボクに任せて』


 アキラとユウキを包む水球、つまりロデムの体が内部から光を放ち始めた。

 ロデムはアキラの視覚情報にアクセスし、女性の体をしたロデムの映像を見せる。

 そして全身の触覚センサーを操作し、実際に存在する女性を抱いているかの様な感触を与えた。

 アキラは、この世のものとは思えない程の快感を感じ、ロデムはアキラの遺伝子を受け取った。

 そして次に、ユウキにもアキラの時と同様に視覚と触覚で作った幻影を見せる。


 「待ってロデム、視覚は弄らないで。アキラの姿も見ていたい」

 『分かったよ、ユウキ』


 ユウキの視界が切り替わり、光の中でユウキを心配そうに覗き込むアキラの顔を見た。

 ユウキはとてつもない安心感に包まれ、ロデムに身を任せた。

 ロデムはユウキの脚の間から胎内へ侵入し、子宮内部へ入る。

 そこで第三者の遺伝子汚染が無い事を確認し、子宮内部を妊娠可能状態へ移行させる。

 そして、二つの卵管から先へ進むと、やがて卵巣へ到達した。


 卵巣の回りを優しく撫で、繊細なタッチでノックする。


 「う、うああああああ!!」


 強烈な快感が全身を貫き、ユウキは絶叫を上げた。


 「ロデム! 大丈夫なの!?」

 『心配無い。ユウキなら耐えられる』

 「アキラ、アキラ! 大丈夫だから。ロデム、続けて!」


 アキラはユウキの手を強く握った。ユウキも強く握り返した。

 排卵を促進させられた片方の卵巣から、卵子がポコンと飛び出すと、ロデムはそれをすかさずキャッチする。

 そして、アキラとロデムの遺伝子を組み込んだカプセルを卵子の中へ注入した。


 卵子の核とカプセル内の核が融合し、卵割が開始されたのを確認すると、ロデムは卵管を逆に戻り、子宮のベッドへ受精卵をそっと置いた。

 着床を確認すると、ロデムはユウキの中へ入っていた部分を一気に引き抜いた。


 「ああああああ!」

 「ユウキ! しっかり!」

 『大丈夫。受精は完了した。後はそっと休ませてあげよう』


 ユウキは激しい快感の波に体をのけ反らせ、痙攣しながら失神してしまった。

 アキラはユウキが目を覚ますまでずっと手を握り続けていた。

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