第78話 ミスリル合金

 FUMASフューマスの研究室でパーソナルバリアの研究をしているあきらのスマホが鳴った。

 偶々研究室へ訪ねて来ていた研究員はギョッとした顔をした。

 というのも、ここは精密な測定装置の誤作動を防止するために携帯電話禁止に成っているからだ。

 しかし、その研究員が驚いたのは、その禁止事項を破ったからでは無かった。

 そもそもがこの研究室は地下に在り、分厚いコンクリート壁の中には電磁波の漏れを防ぐためのシールドが埋め込まれており、窓も無く、扉は鉄扉なのだ。

 外部からの電波はもちろん、内部からの電磁波だって一切外へ漏らさない。

 つまり、ここでスマホの呼び出し音が鳴る訳が無いのだ。


 しかし、久堂玲くどうあきらは普通にスマホを取り、通話ボタンを押して会話を始めている。一体どういう事なのだ?

 研究員は電磁波防止バッグの中から自分のスマホを取り出し、スイッチを入れてそこが圏外に成っている事を確認し、首を傾げた。

 確認すると、直ぐにスイッチを切り、再びバッグの中へ仕舞うが、どうも腑に落ちないといった表情だ。


 「あ、はい、あきらです。ユウキ? うん、うん、ミスリル銀が無くてナイフが作れないって? 困ったわね…… あ、ちょっと待って」


 あきらは傍でしきりに首を傾けている一人の研究員に話し掛けた。


 「ねえ、あなた、確か物質物性研究のとこの人よね? 前にミスリル銀を作ったとか言ってなかったかしら?」

 「えっ? ええ、確かうちの研究室で似た様な金属のサンプルを作った筈です」

 「それ、見せて貰う事出来る?」

 「はい、大丈夫だと思います」


 いつもは無視されるか邪魔者扱いされている研究員なのだが、急にあきらの方から話し掛けられてちょっとドギマギしている。


 「ユウキ、こっちの研究所でミスリル銀っぽい物を作ったらしいので、後で連絡するわね」


 しかし、会話出来たら出来たで、この微妙な冷たさというか人間味に乏しい無機質な物言いは何なのだろう?

 自分の方が年上なのに、目上に対する敬意が感じられない。ここはひとつ、ガツンと言ってやろうと何か粗が無いか探し始めた。小さい男である。


 「ここの施設には精密機器が有るので、通信機器の使用は控えて下さい」

 「何故?」

 「えっ?」


 何故と来た。何なのだ、その『本当に理由が分かりません』と言う様な真っ直ぐな目は。俺は今、精密機器が有るのでと理由を言ったよな? と、研究員は少し混乱した。


 「ですから、精密機器が沢山有るので」

 「精密機器が有ると何がマズいの?」

 「電磁波で誤作動や測定ミスをする可能性が有って……」

 「なら心配要らないわ。これ、電波出してないもの」


 え? 何? 何を言っているのだろう? 電波を出さない携帯電話なんて有るのか?


 「し、しかし、機密漏洩が……」

 「ここの機密は、私の知識と私自身でしょう? 会話も自由行動も何もかも禁止するなら、監禁して解剖でもしてみる?」

 「ぐう……」


 ぐうの音が出た。普通はぐうの音も出ないと言う所なのだろうが、出てしまった。

 彼女の言葉は冗談だとは思うが、真顔で冗談を言う人は、本気で言っている可能性も有るので迂闊な事は言えない。

 研究員は、個人的に関わっちゃいけない人だという事を思い知った。


 しかし、電波を出さない通信機器?

 もしそんな物が在るのなら、とんでもない未来技術なんじゃないのか? パーソナルバリアよりも先にそっちを研究した方が良いのでは? 若干の疑問が残った。

 多分この人は未来技術を持って来た宇宙人なのだ。きっとそうだ。

 宇宙人だけど、一般の乗組員だから、超技術の機械を持っていてもその仕組みは分からないのだろう。

 研究員は現実逃避した。


 「こちらです」


 通されたのは、物質物性研究室。

 研究員が先に入り、中の偉い人に何か報告しているみたいだ。

 すると、中に居た全員が一斉にあきらの方を見た。あきらは少し引いた。

 何だか満面の笑顔で招き入れてくれる。大歓迎してくれている様だ。


 「我々の研究室に興味を持って頂いて有難う御座います。研究員一同、歓迎いたします。」


 何だこれ? 私は何処かの王族のお姫様か? とあきらは思った。


 「あの、こちらで開発したと言う、ミスリル銀を拝見したいのですが」

 「はい! 喜んでー!」


 どこの居酒屋だ!

 あきらは思わず突っ込みそうに成った。


 あきらの目の前のテーブルに、五つの金属試験片が置かれた。

 それぞれに『Ver.1』から『Ver.5』までのナンバーがマジックで手書きで書かれている。

 大きさは、2cm×10cm×2mmといったところだ。

 この金属試験片を、切ったり引っ張ったり割ったり曲げたり熱で溶かしたり電子ビーム当てたり薬品に漬けたりして性質を調べているのだという。


 「この五種類は何が違うんですか?」

 「このあなたの持ち込んだナイフのブレードの先端に僅かにメッキの様に付着している物質なのですが……」


 この研究室の室長だという年配の男性が、あの商品名『ミスリルナイフ』を机の上に置いた。


 「微量過ぎて検査し難いのですが、エックス線分光器や電子比重計で組成を分析した結果、オスミリジウムかイリドスミンに近い物質では無いかと予測しました」

 「イリドスミンって、万年筆の先に付いている?」

 「そう、それです。非常に硬い金属です。それに希土類レアアースが添加されている様に見えます」


 オスミリジウムやイリドスミンは、オスミウムとイリジウムの天然合金である。

 オスミウムが多めの物をオスミリジウム、イリジウムの方が多めなのをイリドスミンと呼称する。

 非常に硬く、耐食性耐摩耗性も高い為に主に万年筆のペン先の先端に使われる。


 向こうとこっちの世界で、元素の存在比率こそ違うのだろうが、存在する元素自体に違いは無いのだ。

 という事は、科学的に考えても未知の元素が存在している訳ではなくて、既知の物質ではあるが、可能性としては極めて希少な物質なのかもしれない。

 我々の通常良く知っている金属ではないのなら、それは高い確率で何らかの合金だろうと研究員達は予測をした。


 中世レベルの文明で、恐らくは特殊な合金を安定して作る技術等は無いだろうと思われる。

 つまり、天然合金の可能性が高いのだ。だから、レアで高価なのだろう。

 天然合金というのは、自然の状態で既に合金として採掘される物で、例えば我々の知っている金も銀との合金として採掘される事があるし、日本の古刀の鉄も微量のタングステン等が混ざっていたりする物も存在する様だ。

 それらは、昔の採掘方法や精錬方法では、複数の金属の鉱脈が近かったりすると完全に分離出来ずに、精錬技術が未熟故に勝手に合金化してしまう場合もあるという。


 研究員達は、それに成分比率を変えたりレアアース等を添加してみたりして、試験片を幾つか作成し、実験を重ねて徐々に本物に近い物を作り上げていた。

 そこへ御本尊登場である。

 室長も研究員達も大喜びであった。質問したい事は幾らでも有る。


 「こちらのVer.1は、一般的なオスミリジウムです。そこから成分分析結果を基に徐々に改良を重ねて行ったのがバージョン違いと成ります」


 あきらは、その金属試験片を手に取り、エネルギーを流してみた。

 Ver.1と2は何も起こらない。Ver.3はあきらをもってしても淡く光る程度だった。

 Ver.1の資料片を左手に取り、Ver.3を刃物に見立ててあてがい、真ん中からサクッと切断して見せた。


 「「「「「おおおおお」」」」」


 研究室内にどよめきが巻き起こった。

 Ver.4を手に取ると、あきらが持ち込んだミスリルナイフと同程度の眩しい輝きを放ち、Ver.3の試験片とかち合わせてみたが、Ver.4はVer.3をサクッと切断してしまった。

 金属試験片は2mm程の厚みがある。ナイフの様に薄く研がれた物でも無いにも関わらずこの切れ味だ。


 そして、Ver5だ。

 あきらが手に持つと、輝きは金属試験片内部に留まらずに厚み方向から漏れ出し、全周囲50cm程の距離にまで広がった。

 びっくりしたあきらは思わず手から放してしまった。

 金属試験片は、テーブルの上に落下するとテーブルを真っ二つに切断し、コンクリートの床に半分程も突き刺さって止まった。


 「えー!? 何これびっくりした!」


 回りの研究員達はそれ以上に驚いて固まってしまっている。

 室長は、床に突き刺さった金属試験片を指先で軽くタップし、熱くない事を確認すると力を込めて引き抜こうとするのだが、床にガッチリと食い込んでいて引き抜く事が出来ない。

 代わりに体格の良い若い男の研究員がやってみても引き抜けない。

 皆、顔を見合わせて困った表情を浮かべた。


 「机壊しちゃって御免なさい」

 「それは構わないのだが、これをどうしようか。床を壊すしか無いかなあ……」

 「あ、ちょっと待って」


 あきらは、部屋を見回し、適性の有りそうな人を探した。

 すると、後ろの方に居た、眼鏡をかけた大人しそうな女性研究員を見付ける。


 「あなた、ちょっとこちらへ来て頂けます?」

 「私!?」


 指名されたその女性研究員は、本当に自分なのかを確かめる様にキョロキョロと回りを見回すが、室長の無言の頷きを見て、諦めた様に前へ出て来た。


 「私がやると、また酷い事に成っちゃうから少し協力して下さい。あなたが一番適性が有りそうなの」


 目を閉じて全身の力を抜いて立たせ、右手をあきらの方へ差し出す様に言うと、その女性研究員はゆっくりと右手を前へ出した。

 あきらはその手を右手で握手する様ににぎり、左手の人差し指で耳の下から首、肩から肘、そして手の甲へとゆっくりとなぞった。


 「は、はああぁああぁぁーん」


 女性研究員は指が移動する毎にピクンピクンと体を痙攣させ、色っぽい声を上げた。

 若い男性研究員の何人かはその声に反応してしまい、前屈みに成っていた。


 「さあ、目を開けて」


 女性研究員は、思わず変な声を出してしまった恥ずかしさで、汗ばみ頬を紅潮させている。


 「さあ、やってみて。コツは、全身の体温を指先に集めて、その熱が金属を温める様なイメージで」


 床に刺さった金属片を掴み、言われた通りにすると、その金属片は薄く輝いた。

 そのままエイッと引き抜くと、まるで抵抗を感じないでスルッと抜けた。

 まるでエクスカリバーを引き抜いたアーサー王の様な光景に、研究所の一同は拍手をした。


 彼女は屈強な男性がいくら頑張ってもびくともしなかった物が、華奢な自分が簡単に引き抜いてしまった事実に驚き、少し誇らしい気分に成った。

 手に持った金属片を繁々とながめると、それをあきらに手渡そうとするので、あきらは両掌を彼女の方へ向けて拒否のジェスチャーをし、室長へ渡す様に言った。


 「これは、私達には出来ないのだろうか?」

 「うーん、この中では彼女だけみたいです。街で行き交う人を見ても、出来そうな人は百人に一人位かなぁ」

 「そうなのかー、残念だな」

 「研究は彼女メインで行った方が捗ると思いますよ」


 恐らくだが、指先の器用な人に適性があるのかも知れない。生まれつき器用な人、後天的に訓練を積んで器用に成った人等だ。

 脳からの命令を伝達するエネルギーラインが太いのだろう。

 この研究室の中では、女性の彼女が一番器用だったのかも知れない。

 もしかしたら、マジシャンや外科医なんかは適性が大の可能性がある。

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