第79話 生きた神仏

 あきらはそのまま部屋を退出しようとして、本来の目的を思い出した。


 「そうだった! ミスリル銀を譲って貰おうと思って来たんだった!」

 「これは研究用資材なので、販売は出来ません」

 「そんなー」


 こういった物は購入から廃棄までを厳重に管理されていて、途中で抜き取って横流しするという事は出来ない様に成っている場合が殆どだ。

 例え廃棄が確定していても、それをきちんと処分業者が引き取るまでを管理されていて、どうせ捨てる物だからと勝手に持って行ったりすると、横領罪に問われてしまう。


 「じゃあ、他で調達するしかないか……」


 そう小声で呟いて、がっかりした様子で立ち去ろうとする後姿を見た室長は、『しまった!』と思った。

 他で調達するという事は、他へ行くという事だからだ。

 それはマズイ! 室長はそう思った。


 「ちょっと待ったー!」


 咄嗟にそう叫んでしまったが、良い案が浮かばない。

 研究材料の横流しは出来ないからだ。


 「ちょっと待っててください!」


 室長はあきらにそう言うと、部屋を飛び出して行った。

 向かったのは、榊所長の所だ。

 室長は、榊所長に相談すると、榊所長は電話を取った。掛けた先は内閣情報調査室CIRO(サイロ)の総務主幹の麻野の所だった。

 何故に内調の一職員に電話を掛けたのかと言うと、何故か何時の間にか久堂玲くどうあきら関係での国への窓口みたいな事に成ってしまっているからなのだ。

 本来なら上級所管である文部科学省へ連絡して対応を仰ぐ所なのだが、何故かあきらの事に関してはそうなってしまっている。

 国の上層部でも久堂玲くどうあきらの取り扱いについて、持て余しているのだろう。

 電話を受けた麻野は、榊所長に『ちょっと待ってくれ』と一旦電話を切ると、直ぐに他へ電話を掛けた。


 物質物性研究室の中で待たされて手持無沙汰で退屈そうにしているあきらのスマホが鳴った。

 ここではスマホが鳴る筈は無いというのに。

 研究員達は、真っ二つに成ったテーブルの片付けの手を止め、皆自分のスマホを取り出して、圏外に成っている事を確認して、首を傾げている。


 「はい、久堂です」

 「おまえなあ、またやらかしたのか!?」

 「ええー……」


 何がどう伝わって何故自分が怒られているのか全く分からない。

 よくよく麻野の話を聞いてみると、榊所長から緊急の連絡が入ったというのだ。

 あきらにはチンプンカンプンなのだが、頭を整理して考えてみると、タイミングと言い、今自分がここで待たされている件と関係有りそうだという結論に達した。


 「えっとですね、多分それはカクカクシカジカ、まるまるうましか、という事なのでは?」

 「えっ? そうなの? 早合点したか? いきなり怒鳴ってすまん。ちょっと待っててくれ」


 電話が切れた。『何なの? 麻野さんの中では私はトラブルメーカーの地位を確立しているの?』とあきらは思った。

 少し待つと、再び麻野から掛かって来た。


 「OKだ」

 「OKだそうです」


 麻野のOKの返事と同時に室長も部屋に飛び込んで来て、同じ事を言った。

 何だこれ? 町内会の連絡網か! 自分が直接麻野さんに電話すれば早かったじゃん、とあきらは思ったが、言わなかった。

 大人の偉い男の人は、自分を通さないで頭越しに話をされるのを嫌う傾向があるのをあきらは知っていたから。

 大学の教授連中がそうだったなと思い出していた。


 「有難う御座います」

 「キミ、廃棄予定の実験済み試験片を持って来てくれ」


 室長は、先程の眼鏡の女性研究員に指示し、箱を持って来させた。

 その箱の中には、千切れたりボロボロになったりした試料片が雑多に入れられている。

 その中から、Ver.4とVer.5と書かれた破片を拾い出し、机に並べて行く。

 しかし、ここでその女性研究員が怪訝な顔をした。

 それに気が付いたあきらがどうしたのか聞いてみた。


 「何か気に成るの?」

 「はい、このVer.5の破片に気を通してもさっきみたいに光らないんです」


 彼女は、エネルギーを通す事を『気』を通すと表現する様だ。

 そう言えば動画サイトでも購入者が『気』とか『念』とか『波紋』とか勝手に言っている様だ。


 その光らないと言っていた破片を受け取り、あきらがエネルギーを通して見ると、先程と同じ様にブワッとエネルギーが広がったので、慌てて平らにテーブルの上に置いた。


 「ふう、危ない。また落とすところだったわ」

 「あれー? おかしいなぁ」


 女性研究員は、その破片を再び手に取り、気を込めてみている。


 「あ、今度は光りましたよ! やったー!」


 無邪気に喜んでいる。

 しかし、他の破片を触っても光らないので不思議そうな顔をしている。


 「おかしいなぁ……」


 あきらがテーブルに置いてある破片に人差し指を当てると、ブワッと光る。

 その後でなら、女性研究員が触れて光らせる事が出来る。


 「うーん、どうやら久堂君が一度触れないと駄目みたいだね」


 横で見ていた室長がそう呟いた。


 「そうなんでしょうか」


 何度試してみても、その様だ。

 あきらが一度触れて、エネルギーを流してやらないと金属が活性化しないというか、何だかそんな様な感じなのだ。

 これではやはり永久電池エターナルバッテリーと同じ様に、あきら有りきの製品に成ってしまう。少々面倒臭い事態だ。

 向こうの世界ではどうやっているのだろう? 早急に調査する必要がある。

 室長は、処理する前と後の金属片にどういう変化が起きているのかを直ぐに調べる様に研究員達に指示した。


 「あのー、それじゃ、ミスリルは頂く事は出来なく成りましたか?」

 「あ、いや、最初の予定の半分に成るが、それで手を打ってくれないだろうか。検査する為の試料もある程度の量を欲しいんだよ」

 「分かりました。それでは、この5ピースだけ頂いて行きますね」

 「済まない、次はもう少し数を揃えられる様に手配するよ」


 テーブルの上の、Ver.5と書かれた金属片を五個だけ室長に拾ってもらって、それをジッパー付きのビニール袋へ仕舞った。

 残った机の上の試料片は全部あきらが処理を施し、赤色のペンで処理済みの印を書きこんで行く。

 破片は物理的破壊検査を受けた物が殆どで、真っ二つに千切れたり割れたりしている物が多い。

 あきらが貰ったのは、マジックで番号が書かれた半分で、箱の中にはその片割れがまだ残っている。

 全部同じ様に見えるので、一つずつ破断面を合わせて相方を探さないと、それが何番の試験片なのか見ただけでは見分けが付かない。

 片割れが見つかれば、処理をした側と処理して無い側で比較検査がやり易く成る。

 きっとこれから研究員総出でパズルの様にもう半分を探す作業を行うのだろう。


 「それじゃあ私は自分の研究室へ戻りますね」

 「ああ、色々と有難う。これで研究が進展しそうだ」


 あきらは退出し、自分の研究室へ戻った。

 そして、ユウキへ電話を掛け、ミスリルを手に入れた事を報告した。


 「良かった。そっちにもミスリルなんて在ったんだね」

 「在ったっていうか、ミスリルナイフを分析して、知らない内に作ってたのよ」

 「へー、我が国の科学の最先端集団は中々やるじゃないか。日本の科学は世界一イィィ―ーー!!」

 「本当に。本家のミスリル銀よりも凄い物を作っちゃってたわ」

 「マジで?」

 「マジで」

 「直ぐに持って行くわ。自宅ゲートポイントにお願い」


 あきらは、部屋の中をカメラで録画されているのも忘れ、壁の一角に拡張空間通路を作ってその中へ入って行った。

 モニターでそれを見ていた榊は、驚いて思わず立ち上がってしまった。

 そして、震える手で受話器を取り、内調の麻野へ電話をする。


 「今! 信じられない光景を目撃しました…… 久堂玲くどうあきらが壁の中へ消えて行ったんだ」

 「……あー、あいつ、やっちまったか」

 「やっちまったかって、あんた、知ってたのか!」

 「まあ、なんだ、バレちまったものはしょうがない。そうだよ、知ってたよ。この事は内密に頼む。」


 『頼む』という言い方だが、それは命令なのだと榊は感じた。


 「知ってたって、何を平然としているんだ! あんなの! あれは……」

 「ああ、超常現象系複合現象PCP事案だ。だが、我々と意思の疎通が出来る存在だ。現実に存在する以上、科学で解明出来る筈ではないかね?」

 「確かにそうだが……」

 「幸い、彼女はこの世界で商売をしたいと思っている。我々に技術を提供しようとする姿勢に関しては、割と積極的なんだ。我々に出来る事は彼女から奪うのでは無く、向こうから差し出される物を確実に受け取れる様な環境を整える事、そして彼女には最高の環境を提供する事。コントロールしようとしては成らない。お互いに『WIN-WIN』の関係でなければ成らない。仮に彼女が久堂玲くどうあきらという実在する日本人と入れ替わった宇宙人であったとしても、未来人でも、突如スーパーパワーに目覚めたミュータントでも何者でも関係無いんだよ。ただ彼女を守り、恩恵を受け取る。神仏と何ら変わりはない。理解出来るだろう?」


 榊は受話器を置いた。


 「生きた神仏…… か」

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