第174話 順応

 「ここは一体、何処なのでしょう? 私は死んでしまって、今天国か何処かに来てしまっているのかしら? ねえ、スーザ……ン……さ、ま?」


 アリエルが虚ろな眼差しでスーザンを見ると、何か違和感を感じた。

 何だか女性の様に見える。元々女性っぽい顔立ちの優男だとは思っていたけれど、今は特に女性っぽく見える。というか、胸が膨らんでいないか?


 「あ、あの、スーザン様?」


 そう言いかけてユウキとアキラの方へ視線を移すと、やはりおかしいのだ。

 ユウキは男性っぽいし、アキラは女性っぽい。


 「あれ? わたくし目がおかしく成ってしまったのかしら?」


 再びスーザンの方を見ると、可愛くて可愛くて仕方が無い。いや、可愛いなんてもんじゃない、ムラムラする。性的な目線で見ている自分に気が付いた。

 そして、自分の体も何かおかしい……


 スーザンが魔法でこちらの国の衣装だろうか、とても楽そうでいて、それでいて暖かそうな、それでいて体の線がくっきりと際立つ服装へ変わり、こちらへ近付いて来る。

 実はスーザンことデクスターが着替えたのは、春ニットのセーターとストレッチ素材の部屋着のパンツなのだが、アリエルの目には見た事も無い質感の布地であり、大きな胸の膨らみが強調され、腰の細さやお尻から太もものラインまで、服の上からでもくっきりと現れてしまっている。アリエルの目にはちょっと、はしたない服装に見えてしまった。

 そんな彼女がニコニコと優しく微笑みながら自分の方へ歩いて来る。

 そして、彼女がアリエルの手を取った瞬間、全身に電撃に似た感覚が走った。

 アリエルは反射的にスーザンを強く抱きしめ、口付けをしてしまった。呼吸が荒いのが自分でも分かる。

 そして、そのまま暫く時が過ぎ、やがてゆっくりと顔を離し間近で見つめ合う。

 スーザンは頬を赤らめ、驚いた様にアリエルを見つめ返し、そして目を伏せた。


 「恥ずかしいわ……」

 「御免なさいスーザン様、衝動が抑えられなくて……」


 アリエルの呼吸が荒い。

 対してスーザンの声は落ち着いていて、彼女の口から出たその声は、優しく透き通る様な女性の声に変わっていた。


 「ここでの私の名前はディディーというの」

 「あの、ディディー、さん?」

 「さんは要らない。夫婦なんだから」

 「ディ、ディディー、あの、私、何だか変なんです……」

 「どこがどう?」


 ディディーは、ちょっと意地悪をする様に、悪戯っぽい表情で聞いた。


 「あの…… 体が変なんです。その、下の方が…… その、初めての感覚で」

 「ふうん?」

 「もうっ、意地悪しないで。ディディーが欲しくて堪らない。今直ぐ! あの、私達、夫婦なんですよね?」

 「そうよ、私を好きにして構わないのよ」


 「はーい! ストップストップ! ここ、私達の家だって事忘れてやしませんか?」


 人の家の居間で勝手に盛り上がろうとしている二人に、あきらが割って入った。


 「さあ、続きは私の家に行ってからにしましょう」


 デクスターとアリエルは、沢山の扉が並ぶ壁から、マギアテクニカのプレートが付いた扉を開けてその中へ消えて行った。

 実はその扉はデクスターの会社であるマギアテクニカ社のビルの最上階に在るCEOオフィスへ繋がっているのだが、その更に上の屋上にはペントハウスという形でデクスターの私邸が在るのだ。そこはデクスターが数十も所有する自宅の内の一つと成っている。

 この夜は二人は満点の星空を見つめながら燃え上がるのでしょう。


 「スターゲイジーパイの様に」

 「もうっ、優輝ったら茶化さないの」


 二人の姿を見送った優輝とあきらは、お互いを見つめ合い、くすっと笑った。


 「では、俺達もスター見つめゲイズしようか!」

 「きゃー!」


 あきらはワザとらしく悲鳴を上げ、わざとらしく寝室へ逃げ込む。

 優輝は服を脱ぎながらその後を追う。

 優輝はあきらをベッドへ押し倒し、あきらの服のボタンへ手を掛けた。


 「でも、私達の家の寝室からは星空は見えないわ」

 「心配ご無用。あきらが仕事で忙しくしている間に、色々と弄ってるんだ」


 優輝がスマホを操作すると、天井がパッと星空へ切り替わった。


 「えっ? これって夜空のスキンじゃなくて、本物の星空が見えてるの?」

 「その通り。実は、スイスのプレジデントウィルソンホテルのペントハウスの屋根に拡張空間のドアを取り付けて、この部屋の天井と連結しているんだ。光以外何も通さない設定で、こちら側からだけ素通しで見える様にしているから、これはあのホテルから見たスイスの星空なんだ」

 「ええっ? 何時の間に…… でも、それいいかも。拡張空間で作った部屋は窓が無いから景色が見えないことが唯一の欠点だと思っていたけれど、これなら世界中どこの景色でも本物を見る事が出来るわ」

 「だろ?」

 「素晴らしいわ。優輝最高!」


 あきらは優輝の首に腕を回して顔を引き寄せた。


 「じゃあ、早速燃え上がろうか!」

 「うふふ…… って、あらっ?」

 「どうしたのさ?」

 「ねえ優輝、あなたやっぱり化粧していない?」

 「している訳無いだろう。今は男なんだし」

 「……そうよねぇ…… 何だか、ラメの入ったファンデーションでも塗っているみたいにキラキラしているのよね」



 あきらの指摘した通り、偶に光線の具合によってなのだが、極微かに優輝の肌が非常に細かい銀粉でも刷いたみたいに光って見える事が有るのだ。


 「何かしら、これ?」

 「そうなのか? 自分じゃ良く分からないな」

 「あっ、顔だけじゃなくて首筋、胸、良く見ると腕やその他もキラキラしている。あそこも」

 「あそこも!?」


 優輝はマジマジと自分のあそこを確認してしまった。

 全身だと言っているのだから、自分の腕を見れば良かったのだろうが、あきらにあそこもと言われ、咄嗟に自分でも見てしまったのだった。


 「そう言えば、ニ、三日風呂に入っていなかったっけ。汗で塩の結晶でも浮いたかな?」

 「それだったら白っぽく成らない? そもそもゲートを潜ると体は再構築されるから、汚れは付着していないはずよ」

 「確かにそうだよなぁ……」

 「ロデム! ちょっと来てもらえない?」

 「三人で?」

 「ばーか」


 あきらは、悪戯っぽく笑いながら優輝の口へ人差し指を当て優輝を押し戻すと、そのタイミングでロデムが部屋へ入って来た。


 『どうしたの? 未来と永遠を丁度今寝かしつけた所だったんだけど』

 「ロデム、ちょっとこれ見て。優輝の身体なんだけど、何だかキラキラしていない?」

 『ん? んー…… これはちょっと面白い事に成って来ているね』

 「えっ? な、な、何だよ、面白い事って。俺、病気なのか?」

 「これ、体に何か害が有ったりするの?」

 『そういう訳では無い様だよ。寧ろ順応して来ている。これはボクも予想外だったな』

 「ちょ、ちょっと! 本当に大丈夫なんだろうね」

 



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 次の日、二人は麻野に優輝の身体に現れた変化を相談するために神管のオフィスを訪れた。

 応接室で待っていると、麻野はやや遅れて封筒に入った書類を抱えて入って来た。


 「やっと来たか。精密検査の結果が出ているぞ」


 麻野は、優輝達が相談に訪れるまでも無く事態は把握しているとでもいう様に言った。

 そして、検査結果の書かれた分厚い書類をテーブルに広げ、二人に説明を始めた。


 「前に俺が、あまり人間の範疇を逸脱してくれるなと言ったのを覚えているな? あれは手遅れだった様だ」


 麻野は書類を見せながら説明をしようとしたのだが、ちょっと考えてから一旦広げた書類を再び回収し、封筒へ戻した。


 「そうだな…… 俺が説明するよりも専門家に頼もう。ちょっと部屋をかわるぞ」


 精密検査のデータを抱え、麻野は日米英の三カ国の研究員も同席させるために部屋を出た。

 部屋とは言ったが、移動先はフューマスの研究施設内の部屋なので神管の建物とは場所も全く違うのだが、空間通路で繋がれた二か所の移動は、例え何百キロ何千キロ離れていようとも部屋を移動する程度の労力でしかない。

 ドアを開け、数歩歩いてまたドアを開ければそこは全く別の場所なのだから。寧ろ、建物内で歩く距離の方が長い位だ。

 というわけで、二人の通されたその部屋には、フューマスの医療メディカルスタッフの他、アメリカとイギリスからもやって来た、大勢の興味津々といった表情の医師達が待ち構えていた。

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