第173話 ようこそエルフさん

 「ところで一つ疑問が有るんだけど、何で皆ダークエルフを知ってるのさ。私が知る限りではこの辺りにはダークエルフは居ないよね?」


 そうなのだ、ユウキが言う所のこの辺りにダークエルフは居ない。この辺りというのは、もちろんあちらの世界で言う日本列島に当たる、こちら側の土地の事だ。つまり、北海道はもとより本州、九州に至るまでダークエルフは居ない。彼らが居るのは大陸なのだから。


 だったら、何故彼女等はダークエルフを知っているのだろう?

 想像の域は出ないが、エルフは元々この土地の原住民では無いのだ。おそらく、元々大陸の寒い地域に住む民族で、凡そ二万年程前に樺太経由で偶々北海道へ移り住んだ一族なのだろう。

 そして、その一族の内の一人がロデムと最初に出会った始祖アラミナスだったのだ。


 もちろん、今ここに居る若い女性達はダークエルフを見た事は無いだろう。

 しかし、絵物語や口伝えで話は聞いているのかも知れない。


 「なんかすっごい美化されてる様な気がするんだけど、大丈夫かな?」

 「まあ、駄目だったらその時はその時よ。お見合いみたいな感じで考えて置いたら良いかもね。上手く行けば向こうは絶滅をまぬがれるし、こっちも人の男に手を出して恨まれる必要も無く成らない?」

 「そんな上手く行くもんかねぇ」


 女達に一通りこの集団お見合いの計画を説明し、後でこちらから連絡をする約束を取り付け、館を後にした。

 館の門を出ると、そこにはサマンサとアリエルが待って居た。


 「先に宮殿に戻ってなさいと言ったのに」

 「だって! スーザン様があんな女に付いて行ってしまって、穏やかで居られる訳が無いではありませんか!」

 「アリエルが考えている様な心配事なら要らないよ、私が保証してあげる。ちょっとこの辺りの治安と平和の為に、彼女達にお見合いの提案をして来たんだ」

 「お見合い、ですか?」

 「何か、私だけ一人いかず後家に成りそうなんだけど」


 サマンサには結婚願望は無いのだと勝手に思っていたのだが、親友が結婚して少し焦っているのかも知れない。


 「さあ、お祭りも終わった事だし、国へ帰ろう」


 ユウキの言う国というのは、勿論向こうの世界の日本の事である。

 宮殿へ帰る大通りを一人先に駆け出したユウキが振り返ると、その顔に木漏れ日が差した。


 「あれ? ユウキ、お化粧してる?」

 「何? してるわけないだろ!」

 「別に年頃の女の子なんだから、そういう事に興味持っても変じゃないよ」

 「だから、してないってば!」

 「ふうん? まあ、いいけど……」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 宮殿に戻った一行は、さて一旦ホームへ帰りましょうという事に成り、エルフ王アリオンとお后様及び王子王姫達、重臣や貴族達への挨拶を済ませ、謁見の間から空間通路に入ろうとしたのだが、気が付くといつの間にかそこには立派な扉が取り付けられていた。

 ユウキ達が作る空間通路は入り口をスキンで好きな様に加工出来るのだけど、この穴は無理矢理二つの空間を繋げた物なので壁をハンマーでぶち抜いたみたいに不格好なのだ。エルフ達は外側から本物の木の扉を取り付けてその穴を隠していたのだ。


 「この扉、来る時には気が付かなかったね」

 「開いていたからかな? いつまでもあんな穴のままにしておけないじゃない、いくらなんでも見た目が良くないし」


 繊細な彫刻の施された重厚な扉を開くと、そこには見慣れた空間の穴が開いていた。


 「これ良いわね。私の庭の方もこれで隠そうかしら」

 「いちいち扉開けるのめんどくさいー」

 「ユウキが際限無くグータラに成って行く。扉を開ける手間程度も面倒臭がるとは」


 サマンサの庭からロデムの庭へ入ると、ユウキとアキラはそこにニコニコしながらスーザンの腕へつかまるアリエルが居る事に気が付いた。


 「あ、そうか、アリエルも向こうへ連れて行かなければ成らないのか……」

 「結婚したのですから、一緒に行くのは当り前ですわ」

 「確かに。どうする?」

 「うーん……」


 無暗矢鱈に大勢の人を世界間移動させるのは如何なものか、という気はしないでもない。

 今までは、身近な人間だけに絞って来ていた。しかも、必要に迫られての場合が殆どだ。

 今回も必要に迫られて、と言えば言えなくも無いのだが、性別が変わってしまう部分はどう説明したら良いだろう? 向こうの世界でデクスターに丸投げしてしまうか? 『あなた本当は女の子だったのね! この結婚は無効よ!』なんて事に成らなければ良いのだが……


 しかも、こちらの世界の人間を日本に連れて行くのは多分初めてのケースだし、しかもエルフだなんて、人種の坩堝るつぼといわれるアメリカでさえ話題に成らない訳が無い。どうしたら良いのだろう?

 この件に関する主導権はユウキに有るので、皆はユウキに注目して返答を待った。


 「ま、いっか」

 「「いいのかい!」」


 『人事を尽くして天命を待つ』というのがユウキの座右の銘であり持論だ。ぶっちゃけ世の中も人の運命も成る様にしか成らないと思っている。だから、駄目な時はとことん駄目だし、上手く行く時は何と無く上手く行くものなのだ。努力は必ず報われる、なんてロマンチストでは無い。だけど、取り敢えずやってみなければ成功の確率は完全にゼロなのだ。

 だから、ユウキは一見無謀に見える事も躊躇無くやってしまう。その結果、結構酷い目に何度も遭ってしまって居る訳だが……


 やって駄目なら他を考える。駄目だった結果をクヨクヨ考えたって仕方が無い、アキラはユウキのそういう自分とは真逆な所に惹かれたのかも知れない。

 アキラは、そんなユウキの無謀とも思える行動にあまり口は出さない。寧ろ、一緒に成って行動してしまっている。しかもそれを結構楽しんでいたりする。自分では絶対にやらない様な事を平気でするユウキと一緒に居るのが楽しいのだ。


 アリエルを向こうの世界へ連れて行くと言うユウキに、ツッコミは入れたが反対はしなかった。もしも不味い事態に成ったとしても、根拠は無いが、まあ何とか成るんじゃないかなという確信みたいなモノを感じていたから。


 「まあ良いでしょ。何かマズイ事態に成ったら成ったで、その時に対応を考えましょう」

 「よし! じゃあ、皆で向こうの世界へ行こう!」


 アリエルは三人が何を心配しているのか、正直言って何も分からなかったが、愛しのスーザンの国へ行けるのが嬉し過ぎて皆の心配など些細な事だと思ってしまっていた。


 ユウキが何か奇妙な道具を取り出して、それを両方の耳の穴へ押し込む、そして彼等が何時も持っている手元の小さな道具を操作すると、ユウキの背後の景色が少し波打つ様に歪んだ気がした。

 多分、良く見ていなければ気が付かない程度、若しくは目の錯覚か気のせいかと思う程度の僅かな変化だったが、アリエルの目はそれを確かに認めた。

 そして、皆で手を繋ぎ、一列に成ってその先へ進んだ。


 ユウキが立って居た場所を過ぎると、突然景色が変わった。

 それは、エルフ達が使う空間魔法の中へ入った時、またはユウキ達の使う空間通路を通り抜けた時ともちょっと違う、何とも形容のし難い感覚だった。


 「ようこそわが家へ!」


 そこはなんとも奇妙な質感の物で溢れた狭い部屋だった。

 何だか、色んな物の表面がツルツルしているし、カラフルなのだ。

 そして、何で出来ているのかも分からない質感。

 部屋の中に居ると言うのにこの明るさは一体何なのだ? もう日没後結構時間が経っている様な気がするのだが、部屋全体が物凄く明るい。

 良く見ると、天井に取り付けられた丸い円盤状の物体が光を放っていて、部屋の中全体を明るく照らしているのだ。

 アリエルは目に映る物全てが珍しいこの不思議な空間に、我を忘れていた。

 皆に誘われるまま場所を移動し、今度はかなり広い部屋に出た。


 目に入る情報の全てが不思議過ぎて、今自分の体に起こっている変化に気が付くのに、しばらく時間が掛かってしまっていたのだった。

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