第194話 なんちゃら砦の攻防

 ユウキとアリエルは高度100m程の高空へ、アキラとスーザンは地上2m程度の低空飛行で、それぞれ目的地へ向かった。

 二手に分かれたのは、同性同士で分けたというのもあるのだが、浮上術の元々の使用者であるスーザンにアキラのコーチをしてもらうためだ。ユウキとアリエルは、より高い場所からの偵察の役割だ。


 「右手の川を下って行くと、二つの川が合流する。その辺りにも三日ほど滞在した痕跡があるよ」

 「了解」


 上空を飛んでいるユウキからアキラへ連絡があった。GPS経路追跡のスマホ画面を見ながらなので、追跡が非常に楽だ。

 ユウキの言った川というのは、我々の世界の地図で言うとローヌ川の事だ。連中は海の向こう側からやって来て、ローヌ川を遡ってダークエルフの集落を発見し、さらに川を遡ってレマン湖へ至った。そして、丁度オロのコロニーが形成されていた地点、我々の世界ではジュネーブのあたりでオロの卵を散布したのだ。

 そして、ユウキの読みでは、人間を運ぶには陸路よりも川を使って舟で運んでいたのだろうと予想していたのだが、その通りだった訳だ。

 ユウキの言う、二つの川の合流地点とは、イゼール川との合流地点の事らしい。きっとそこにはある程度の規模の前進基地が在るに違いない。


 合流地点の少し下流側の川岸に、奴らの拠点は在った。

 森が伐採され、1エーカー程の広さの広場が作られている。日本人には約4反と言った方が分かり易いか、いや、農家さんなら分かり易いのかもしれないが、一般人には分からないだろう。大体63m四方位の面積だ。

 その広場に、伐採した木を地面に埋め込んだ防壁と、角々には見張り台としての櫓が組まれている。まるで攻撃される事を想定したかの様な雰囲気だ。


 「まるで砦ね」

 「過去に他の国で作戦がバレて戦争に成った経験でも有るんじゃない?」


 そんな呑気な会話をしていたら、先行していたユウキとアリエルの絶体障壁にパチッパチッと何かが爆ぜる様な音がした。遅れてアキラ達の耳にもパンッパンッと砦の方から発砲音が聞こえた。


 「銃で撃たれた!?」


 ユウキは驚いた。というのも、この世界に火薬があるとは思っていなかったからだ。


 「アキラ、今銃で撃たれたよ」

 「うん、こっちでも聞こえた。大陸には火薬があるんだね」


 呑気にそんな会話をしていると、砦の櫓の上へ集まって来た人間が一斉に発砲しだした。


 パパパパパパパンッ!


 「うわっ、200mは離れているのに腕良いな。結構当ててくるよ」


 上空に浮いているユウキとアリエルの絶対障壁の表面がパチパチと軽い音を立てて当たった場所が薄く光るので命中した事が分かる。


 「どうしようかな、特殊弾でもなければ絶対障壁が抜かれる事は無いと思うんだけど、ちょっとウザイな」

 「あ、そうだ。ちょっとこっちに任せて」


 ユウキが面倒臭そうに言うと、アキラが何か考えでも有るかの様に答えた。


 きっとそのまま突貫しても何とも無いとは思うのだが、大勢に取り囲まれて至近距離で発砲されるのは気持ちの良いものではない。それにその状態だと話合いにも成らないだろう。何とか力の差を見せ付けて気持ちを挫き、話合いに持って行きたいところだ。


 「何をする気?」

 「君にビームを見せてあげようと思って」


 スーザンの疑問に、アキラは茶目っ気たっぷりにそう答えた。

 アキラはおもむろにスマホを構えると、ズームして砦が画面一杯に成る様に拡大した。

 櫓の上の兵隊達は、皆上空に浮かんでいるユウキとアリエルの方へ注意を向けている。低空飛行を中止して草原に身を屈めたアキラとスーザンには気が付いていない様子だ。


 アキラが構えているスマホをスーザンが横から覗き込んでいる。アキラは、右手の人差し指で液晶画面に映っている砦の左端から右端まで、スッと線を引く様に引く様にスワイプすると、驚いた事に砦の外周に建てられた、先端を鉛筆の様に尖らせた丸太の杭を並べた塀の中程から、左側の手前と奥の二つの櫓の四本の支柱、砦の真ん中辺りに建っている建物の屋根、右端の手前と奥の櫓の支柱、砦の右端の木杭の壁までをやや斜めに一直線にラインが走り、その線の上の部分がまるで積み木が崩れる様にガラガラと崩れ落ちた。


 「なにそれ! 凄過ぎない!?」


 スーザンは吃驚した声を上げた。

 ビームと言うからてっきりレーザービームや映画に出て来るフェイザー銃の様に光って見える光線が発射されるものと思っていたらしい。

 しかし、アキラのスマホビームは光が見えない。微かに1m先位迄は線が伸びている様子が見えたのだが、その線がまた非常に細い。髪の毛程に細いのだ。ビームを撃つと先に言われたから気が付いたものの、そうでなければ見逃してしまう程の極細のビームだった。

 しかも、ビーム兵器の既存のイメージとは違って、ビームが当たった対象物体が爆発したりしない。切断されるのだ。

 櫓の上に登って上空に居るユウキとアリエルを銃で狙っていた者達は、二階の屋根程の高さから落ちて怪我をしているだろう。

 アキラとスーザンは、再び浮上して砦へ近付いたが、既に反撃を受ける事は無かった。遅れて上空からユウキとアリエルも下りて来た。

 砦の中へ入ってみて分かったのだが、石材を積み上げて建てられた建物も、ものの見事に切断されている様子が見えた。しかもその断面が、磨いた様にツルツルなのだ。焦げ跡も全く見えない。木材は日本の宮大工がかんなでも掛けたかの様にスベスベだし、石材の方もまるで磨いたみたいな鏡面となり景色が映り込んでいた。スーザンはその謎技術に興味が引かれ、問い質したい衝動をなんとか抑えて二人の後を追った。


 戦闘要員の多くは櫓の上へ上って銃を構えていたのだろう、多くの者が地面に転がって呻いている。

 通常の戦闘ならば、相手は自分達よりも文明程度の低い者達を相手にしていたのだろう。

 火薬を使った武器は、こっちの世界では他の国が持っていない、最先端の武器に違いない。弓矢やマジックミサイルの類いの遥か射程外から一方的に攻撃出来るチート武器なのだ。

 だから、ここの砦も上から狙える様に高い櫓の上に銃を持った兵隊を配置していた。高いところから低い所を狙う方が、見通しの面でも重力を味方に付けられる点でも有利に戦えるのだから。

 だが、今回ばかりは勝手が違った。敵が櫓よりも遥かに高い上空からやって来たのだ。それでも頑張ってよく当てたものだとは思う。バリアで防がれなければ有効打にはなっていたかも知れない。彼等は、いくら命中させても平然としているユウキ達を見て、絶望した事だろう。


 そして、更に想定外というか、想像だに出来なかったであろうビーム兵器の存在。

一抱えもある丸太で組まれた砦の壁や櫓の骨組みが、いとも簡単にまるで巨人の持った大鎌サイズで、雑草でも刈り取るかの如く一直線に切断されてしまったのだ。

 有利であるはずの櫓の高さが逆に命取りになってしまった。いきなり足場を失った銃兵達は、上へ意識を向けたまま、想定外の落下に受け身も取る事が出来ずに、瓦礫の散乱した地面へ叩き付けられた。

 6m近い高さから重い道具を持ったまま落下すれば、重傷は免れないだろう。運良く打撲や挫いた程度で済んだ者も居たが、アキラがすぐに手足の自由を奪って無力化した。


 (ヤバイわ~、この子達ヤバ過ぎるわ~)


 スーザンは一人心の中で呟いていた。

 ユウキは、適当な壁に拡張空間の扉を作り、その中へ無力化した兵士を次々と放り込んで行った。


 四人は中央の屋根が切断された建物の中へ入ると、いきなり発砲されたが、当然弾丸は絶対障壁によって弾かれる。

 アメリカ人のスーザンは、バリアがあるとはいえ、身体に染み込んだ癖で銃声に反応して反射的に身を屈め様としたが、実銃を見た事の無い日本人と異世界人の三人は、ポカンとした表情で部屋の奥の壁際で銃を構えている一人の男を見つめていた。


 「あなたがここの責任者?」


 ユウキが一歩前へ出てそう聞くと、男は無言で銃を投げ付けて来た。しかし、銃はユウキの絶対障壁に当たり、弾かれてゴトンと床へ落ちた。その銃は、先込め式の原始的な構造で、よくこんな物で200mもの距離を当てて来たものだと感心した。

 男はそのまま走って隣の部屋へ逃げ込もうとしたのだが、アキラはその後ろ姿を指差し、軽く指先を横に動かすと、男は顔面から床へ転び、顔を床へ強打して血塗れの鼻と口を左手でおさえ、右手の手の平をこちらへ向けて左右に揺らし、抵抗の意思は無いというジェスチャーをした。ここに来てやっと自分達の敵う相手ではない事を理解した様だった。

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