第146話 異世界稲作

 「はいこれ。勤退管理にも使うから無くさないでね。私用で使っても構わないから、今持っている方をどうするかは任せるわ」

 「え? 社用スマホを私用で使っても良いんですか?」

 「全然OKよ。バッテリーも充電要らずだから、経済的よ。向こうへ行く時は、安全の為にアプリのパーソナルバリアを忘れずにONにしてね」


 花子お婆ちゃんのスマホは、ロデムが改造しているので既に色々実装済みなのだが、御崎桜みさきさくらのスマホにはあきらの研究成果が詰め込まれている。

 パーソナルバリアのアプリの他、マジックミサイルのアプリ、浮上魔法のアプリも搭載済みだ。


 パーソナルバリアは、デクスターの使っていた物と同じタイプの物で、浮上魔法も同様だ。

 体を浮かせた後にスマホの画面で移動方向をコントロール出来る。

 武器は必要無いと思われるのだが、異世界では何が起こるか分からない為、一応サマンサのマジックミサイルをアプリに落とし込んだ物を実装している。


 空間魔法とあきら達の持っているバリアは、一応日本国の切り札として国外へ流出させる事には神管の方から待ったが掛かったので保留にしてある。

 一応あちらさんが保有している原潜や空母、そして核ミサイル並みの戦略級の国家機密とする事に成りそうだ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「きゃあっ!」

 「うおっ!」

 「うわわっ!」


 日米共同研究施設の隣に、研究成果を実際に使って試してみる実験場が作られた。

 そのサイズは、高さ1km、左右5km、奥行き20kmだ。

 この10,000haの実験場で、スマホを支給されている全研究員と御崎桜みさきさくらは浮上魔法の練習をしていた。


 三半規管が強いとか、空中でのバランス感覚、上下感覚等の違いによって、上手に扱える者とそうでない者に分かれている。

 御崎桜みさきさくらは後者だった。

 スーッと上昇する事は出来るのだが、移動しようとすると加速度のせいで上下感覚を失う様で、前に進もうとして墜落しそうに成ったりしている。

 地に足の着いていない不安定感に中々慣れない様だ。

 しかも、十メートル程度の高度で結構怖いらしい。紐無しバンジーをやっている気分だと言っていた。


 出来る人は最初からスイスイ飛んで見せているが、出来ない人は1m位上がった所でジタバタしている。見ていて面白い。


 「まあ、出来なくてもこれがそんなに必要と成る場面は無いかも知れないから、時々ここへ来て練習しておくと良いわ」

 「はい…… そうします」


 御崎桜みさきさくらは意気消沈していた。


 「あきらさんの飛び方を参考にさせて下さい」

 「えっ?……」


 あきらは瞬時に考えた。頭をフル回転して言い訳を考えた。

 人にやらせておいて、自分は高い所が怖いなんて言えない。

 なんとかそれらしい言い訳を考えなければ成らない。


 「あ! 私のスマホには浮上魔法をインストールしてなかったや!」

 「…… そうですか、残念です」


 御崎桜みさきさくらは、何と無く釈然としない気がしたが、特に疑う事は無かった。


 「それはそうと桜ちゃん、水田候補地の視察に行くわよ!」

 「は、はいっ!」


 あきら御崎桜みさきさくらは、自宅で優輝とロデムと花子お婆ちゃんの三人と合流し、異世界へ移動した。

 性別が変わるため、全員性別の特徴が出る服は着ていない。野良仕事をする為のツナギ服だ。


 「桜ちゃんはパーソナルバリアをONにしておくのを忘れないでね」

 「はい、分かりました!」


 御崎桜みさきさくらのスマホに搭載されているパーソナルバリアは、デクスターの使っていた物と同じ、絶対障壁のアプリ版だ。

 左腕に巻いたスマートウォッチで心拍数をモニターして、急激な変化が有った場合にバリアが発動する様に成っている。


 空間通路でノグリ農園へ移動し、ホダカお爺ちゃんとミサキ君で現場を調査して水田を作るのに適した場所を話し合いながら選定して行く。


 「この辺りの森をもう少し切り開いて、日当たりを良くしたら良いんじゃないかなと思います」

 「そうじゃの、小川から水を引くのにも都合が良いし、この辺りが都合が良さそうじゃのう」


 二人でそんな話合いをしながらマップを作成して行く。

 すると、ちょうどその時麦畑の様子を見に来たノグリと会った。


 「やあ、あんたら来てたのかい」

 「ああノグリさん丁度良い、この子、今度うちの社員に成ったミサキ君と言うんじゃ。米栽培の専門家として来てもらったんじゃよ」

 「そうかい、おれぁノグリっつうんだ、宜しくな」

 「ミサキです。よろしくお願いします」

 「弟達ももうすぐやって来ると思うんだが、母さんには声かけたのかい?」


 ノグリが心配そうにホダカお爺ちゃんにそう尋ねた。


 「いや、今日はミバルさんと約束した日じゃ無かったんでな。新入社員のミサキ君に実際に農地を見て貰おうと、ちょこっと寄ってみただけなんじゃ」

 「そりゃあいけねえわ。ホダカさんが来たのに黙ってたら、俺が母さんに怒られちまう。ちょっと待っててくれ、直ぐに呼んで来るから!」


 ノグリは直ぐに小屋へ駈け込んで行った。


 「ホダカさんって、こっちじゃモテモテなんですか?」

 「いや、まあ、どうなんじゃろ? ミバルさんには懇意にして貰っとるんじゃが……」


 そんな会話が終わらない内にミバルお婆さんが小屋から走り出て来た。


 「あらあらまあまあホダカさん、いらしているなら一声掛けて下されば良かったのに」

 「いやあ、新入社員のこの子にな、現場を見て貰おうとちょこっと寄ってみただけなんじゃよ。丁度良いミサキ君、こちらがこの畑の持ち主の商会主のミバルさんじゃ」

 「ミバルさん、稲作の手伝いをする事になりました、ミサキと申します。宜しくお願いします」

 「おや、これはこれは、よろしくお願いしますね、ミサキ君」


 その後、ワーシュと末っ子の男の子もやって来て、ミサキの顔合わせは一通り済んだ。

 森の伐採予定地、開墾や水路の建設予定等を白地図に記入し、その計画プランとこちらの言語に翻訳して書いた稲作のマニュアル数冊をミバルお婆さんに預けて、ユウキ達は一旦日本側へ帰る事にした。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 数日後、ユウキとミサキとホダカお爺ちゃんが現場を見に行くと、森が1ヘクタールha程切り開かれ、水路が引かれ、調整池も掘られた立派な水田用地が完成していた。


 「うっそ! 重機も無いのにどうやって!?」

 「こりゃあたまげたわ。全部人力なのかい?」


 そこにはへとへとに疲れ切ったノグリとワーシュと末っ子の三人に、ザオ国のオーノ商会から派遣されて来た研修生がぐったりとして座り込んでいた。

 一言、ノグリは『母ちゃん怖い……』と言い残して死んだ。

 いや、本当に死んだ訳じゃ無いけど、当分使い物にならなさそう。それは研修生も同じだった。

 次の日からは全身筋肉痛で起き上がれないのではないだろうか。

 ただ一人、ワーシュだけが何とかよろよろと立ち上がった。


 「軍隊より…… 辛い……」


 パタリと倒れた。


 「だらしないねぇお前達! この程度で音を上げるんじゃないよ!!」

 「ミ、ミバルさん、潰れちまうよ。暫く休ませておやりよ」

 「あ、あら、いやだわホダカさん、この子達はこの程度で音を上げる程ヤワに育てちゃいませんよ」


 うーん…… ノグリが逃げ出したのも頷ける。

 ワーシュは軍隊でかなり過酷な環境に居たらしいが、それよりキツイとは冗談抜きで相当なものだ。


 今の彼らの状態は、過剰な労働で筋繊維がズタズタに切れているだろうから、きちんと栄養、特にタンパク質を摂って数日休ませないと本当に体を壊してしまう。


 「栄養って何だい?」


 こっちの世界には栄養に関する知識は殆ど無い様だ。

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