第145話 魔法装置

 「桜さんを向こうの世界へ連れて行くのは、もうちょっと待ってね。今あきらがパーソナルバリアを商品化しようと頑張っているから」

 「熊や豚ですか? ドラゴンズピーで逃げませんか?」

 「うちの商品良く知ってるね。豚ってオーク? あ、それはまだ見た事無いや。それもなんだけど、一番怖いのはやっぱり人間だからね。何かあったら親御さんに申し訳が立たないから、それまではうちで農業のマニュアル作りしてもらえないかな? 専用の部屋を用意するよ」

 「わかりました! 早くオーノ・ヒロミさんにも会いたいです!」

 「今、日米の科学者が急ピッチで研究を進めているから、そう遠くない内に完成するんじゃないかな」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 日本と米国を結ぶ拡張空間通路の中間に、広大なスペースの研究施設が設置され、機械の搬入等も行われて取り敢えずの研究環境は整った。

 未だ完成とは言えないが、日米から選ばれた研究員達も入り、建設と同時に研究も開始され始めた。


 「このシリコンダイに印刷された極小の魔法式にですね、5V0.2Aの電流を流すと、この様に前方に空間の揺らぎが観測されたのです!」


 アメリカ人科学者の一人の青年が、嬉しそうにその計測結果のグラフを見せてくれた。

 ICチップを作る装置を流用し、シリコンの円盤に魔法式のパターンが印刷されている。

 それを切り分けたダイに電極を繋ぎ、電流を流すと魔法が発動する仕組みに成っているのだ。

 魔法式のグラデーションの部分は、電気抵抗をグラデーション状に作り、電流の流れる量を制御し、分岐する部分にはダイオードやトランジスターの仕組みを応用して、綺麗に電流の流れだけで魔法式が描かれる様に工夫されている。

 それを各研究員へ配り、それぞれがアイデアを出し合い、様々な計測機器を駆使して研究を続けていた。


 「この中心の図形が空間の縦横高さの大きさを表し、外周の図形が座標を表していると考えられます」

 「ここのパターンを変化させる事により、空間の形を変更出来る様です」

 「これをそのまま大型化すればどうでしょう?」


 魔法式のシリコンダイは、作動原理の解明に役立っている様だ。

 ただ、実用に足る性能を引き出すには、エネルギー量が全く足りない。

 そのまま大型化したらどうなのかという意見により、ベークライトの基盤に銅箔のプリントパターンで描いた直径12cmの魔法式が作成された。


 しかし、これでも大電流を流せば焼き切れてしまう。

 では、銅より電気抵抗の小さい物質で作れば良いのか?

 最も電気抵抗の小さい物質は銀だが、超高圧大電流の前では誤差程度の差しかない。おそらくそれでも無理だろう。

 それなら超電導素材ならどうだと、学者達は頭を悩ませていた。


 「うーん、研究の方向性は合っていると思うのだけど、詰まらない所で袋小路に嵌り込んで行っている様な気がする」


 あきらは頭を冷やす為に一旦自宅へ帰る事にした。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「ふう、ただいまー」

 「おかえり、あきらちゃん」

 『お帰り、あきら

 「お帰りー。研究進んでる?」

 「それがねー…… あら、あなたは確か」


 あきらは自宅へ帰りリビングへ顔を出すと、四人に出迎えられた。

 優輝とロデムの他、花子お婆ちゃんと御崎桜みさきさくらだ。


 「御崎桜みさきさくらです! これからどうぞよろしくお願いします!」

 「今、桜ちゃんの入社をお祝いしていたんだよ」

 「そうなのね、アルバイト期間は一週間程度で正社員昇格しちゃったのよね。とっても優秀だって聞いているわ。こちらこそよろしく」


 リビングのテーブルの上には、沢山の料理とケーキや飲み物が並んでいる。

 あきらは、水割りの入ったグラスを一つ取ると、ソファーの上に身を投げ出すように座った。


 「どうしたの? うまくいってない?」


 ケーキの小皿を持った優輝があきらの隣へ腰を掛け、ケーキをあきらの目の前のテーブルへ置いた。


 「うん、ちょっと行き詰まった」

 『詳しく話してくれるかい?』


 そんな話をしていると、花子お婆ちゃんも御崎桜みさきさくらも集まって来た。

 丁度良いので皆の意見を聞いてみようとあきらは紙に魔法式を描いて、今どういう実験をしているのかを説明した。


 確か日米の話し合いで最高機密扱いに成って居た様な、家族でも話しちゃいけなかった様な気もするけど、軽くアルコールが回って来ていたので、『ま、いいか』という気分に成ってしまっていた。


 本来ならエネルギーの流れを制御して魔法を発動するところなのだが、今の人間に使えるエネルギーと言ったら電力しか無い訳で、電気エネルギーを使って魔法を発動させようと言う実験をしていると説明した。


 本来は、ある操作をしたエネルギー流がある現象を起こす際に、偶々複雑なエネルギーの流れが干渉縞と言う形で模様と成って見えるのだが、それを逆に干渉縞模様を意図的に作る事によって、その図形に制御されたエネルギー流が現象を引き起こす事を魔法と呼んでいる。

 その干渉縞模様を魔法式、魔法円、または魔法陣と呼ぶ。


 「これが一番簡単なマジックミサイルの魔法式なんだけど、これに電流を流しても上手く魔法が発動してくれないのよね」

 「流す電力が足りないとかは?」

 「そう思って大きめの物を作って試してみたのだけど、魔法が発動する前に焼き切れてしまうの。大きくすればそれだけ電力も多く必要に成るし、大電流を流せる様に超電導になんてしたら、それこそ持ち歩けるサイズでは無く成ってしまうわ」

 「ふーん…… アメさん的には多少大きくても船や潜水艦に積んで防御に使えれば御の字なんだろうけどね。あきらは、個人携帯用を目指している訳だろう?」

 「うん、設計思想から利用目的迄噛み合っていないのよねー……」

 「あたしゃ何が何やらチンプンカンプンだよ」

 「あのー……」


 花子お婆ちゃんは、既に自ら戦力外宣言をしてしまった。

 その時、御崎桜みさきさくらがおずおずと手を上げた。


 「あの、素人考えなんですけど……」

 「良いわよ、何でも言って頂戴」

 「あのですね、あの、こう向こうに向って魔法を撃つ訳ですよね、ゲームみたいに」

 「そうよ」

 「その時にですね、こう、目の前にこの模様が見える、と」

 「そう……」


 御崎桜みさきさくらは身振り手振りで空中に丸を描きながら、素人ながらも一所懸命に考えを伝えようとしていた。


 「だとすると、エネルギーというか、電流の流れる方向っていうんですか? それが違うんじゃないかなって」

 「あ、それだっ!!」

 『それだね』

 「桜ちゃんでかした! ボーナス弾むからね!」


 あきらはガバッと身を起こすと、空間ドアを開けて走り込んで行ってしまった。

 どういう事なのかと整理すると、あきらは魔法式のパターンをプリントした導体に電極を付けて、端から端へ電流を流して実験をしていた。

 だが、御崎桜みさきさくらが指摘した様に、本来のエネルギーの流れる方向は、裏から表方向なのだ。魔法式の図形に対して垂直の方向へ流さなければ成らなかったのだ。

 その事に気付かされ、あきらは研究所へ取って返した。


 魔法式の図形の端から端へ電流を流した場合、各部に流れる電流にバラツキが生じてしまう。また、魔法式のマイナス極からプラス極へ電子流が走る都合上、大電流を流そうと図形を大きくすればする程、電極間の電子の流れる速さのタイムラグがより大きく成ってしまう。

 極小のシリコンダイの時は、なんとか現象が観測されたのに、図形を大きくする程上手く行かないのは、電流のエネルギー量の問題以外にそういった問題も有ったのだ。


 電流は光速で流れるのだが、電子の移動速度と言うのは意外と遅いのだ。

 聞くところによると、電子の移動速度はカタツムリよりも遅いのだとか。

 電流は光速で流れるのに、電子の移動速度は遅いとはこれいかに、と、お思いに成られるかも知れないが、実は導体の中にぎっしりと詰まった電子が、玉突き状態の様に押し出されて全体が動くのが電流であって、電子の流れる速さとは関係が無い。


 それは、蛇口を捻った瞬間に水が出て来るのと同じ事だ。

 水道管のパイプの中に水が詰まっているので順に押し出されて出て来るのであって、蛇口捻った瞬間に浄水場から水が飛んで来て家の蛇口から出て来る訳では無い事は誰でも分かる事だと思う。

 電流も同じ事だ。


 魔法式は複雑な図形をしている為に、電子の流れる本流メインストリームと端の方の細部でエネルギーの伝達速度のバラツキが生じてしまっていた。

 つまり、魔法式には同時に全体に均等にエネルギーを掛けて、全領域で全く寸分の時間差も無く同時に現象を起こしてやらなければ成らなかったのだ。


 あきらは早速研究施設へ戻り、試作を開始した。

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