第144話 新入社員

 「あ、向こうへ行く前にオーノさんに頼まれた買い出しに行ってから……」

 「はい、お手伝いします!」


 返事はすこぶる良いのだが、優輝には一つ懸念材料が有った。

 既に向こうへ行く気満々の様なのだが、優輝は稲作のアドバイザーとして、こっちの世界で知恵を貸して欲しいと考えていたのだった。


 「あのさ、親御さんには了承取ってるの?」

 「秘密です!」

 「それは駄目だなー。きみ、まだ未成年だし」

 「そんなぁー!」

 「せめて成人しているか、就職して自活出来ているか、それで自分の事は自分で責任を取れる人でないと、無暗に向こうへ連れて行くのは、その、危ない気がするんだよね」

 「でも、私向こうの世界に一年以上も住んで居たんですよ! 私以上に向こうの世界を知っている人は居ないと思います!」

 「それは、そうだなー…… 俺達よりも長いんだよなー」

 「でしょう!?」

 「でも、未成年の女の子を連れ回すのは、倫理的にマズい気が……」

 「だったら! もうすぐ卒業だし、私を異世界堂本舗で雇ってください! それなら社員なんだから問題無いでしょう?」

 「う、うん、それなら、まあ…… ちょっと待て! うっかり言いくるめられそうに成ったけど、きみ、一年休学しているんだから、単位足りなくて卒業は未だ先なんじゃないのか!?」

 「ちっ」


 あ、こいつ、舌打ちしやがった。

 口の立つ女の子ヤベー。


 「あのね、意地悪で言っているんじゃ無いんだよ。きみを雇うのは大歓迎なんだけど、その前に色々と解決しなければ成らない問題が有るだろう? うちに就職するにしろ何にしろ、親御さんとちゃんと話し合って解決してからにして欲しいんだ。秘密は絶対にダメ!」

 「……わかりました」

 「今は内定という事で我慢してくれないか? それまでは、稲作の知恵を出してくれるアドバイザーとして、アルバイト契約をしよう。時給は二千円からでどう?」

 「わかりました! それでお願いします! 絶対に親を説得して見せます!」

 「うん、期待しているからね。じゃあ、現場の写真を送るから、稲作のマニュアルの作成を頼めるかな」


 その後、御崎桜みさきさくらに案内してもらって百均ショップを回り、白い食器と百円ライターを買いまくった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ザオ国へ戻ると、オーノ・ヒロミさんとホダカお爺ちゃんとミバルお婆さんがお茶飲みながら楽しそうに歓談していた。


 ホダカお爺ちゃんは、この世界初の稲作についてオーノ・ヒロミさんと意気投合し、ミバルお婆さんは、その件に付いての業務提携と人材の派遣なんかを取り決めていた様だった。


 「ただいまー! 何か楽しそうだね。はいこれご注文の食器とライター」


 ストレージからそれらを出すと、ミバルお婆さんは百円ライターに興味を示していた。


 「これ、うちにも卸してくれないかい? こんな便利な物が有るなら、早く教えとくれよ」

 「うーん、何故か思い付かなかったな。お婆ちゃんの所では着火用の道具が売ってたからかな?」

 「うちの道具よりも何倍も便利だよこれ」


 ミバルお婆さんは、百円ライターをシュボシュボと点けたり消したりしながらそう言った。


 「これね、この中に入っている液体が無く成ると使えなくなる使い捨ての道具だけど大丈夫?」

 「へえ、勿体無いね。でも、構やしないよ、使えなく成ったらまた売れるって事だろう?」


 流石に商売人だ。ホダカお爺ちゃんにデレデレに見えて、商売人の目は失っていない。


 「それで、そっちは何か決まったの?」

 「ああ、オーノさんの所と稲作の共同研究をする事に成ったよ。人手を貸してくれるってさ」

 「上手く行ったら、ザオでも稲作を導入したいのです。こっちでご飯を食べられる様に成るなんて夢の様です」

 「米とかいうのは、そんなに美味しいのかい? 食べてみたいもんだねぇ」

 「「「そりゃあもう!」」」


 日本人三人の眼光が鋭い。

 唯一の異世界人のミバルお婆さんはその迫力にちょっと引いていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ノグリ農園に戻った優輝は、農場周辺や川の位置なんかを写真に撮りまくり、周囲の詳細な地形図と、日本での同一位置の航空写真も添付して、データ一式を御崎桜みさきさくらへ送信した。

 すると、一週間もしない内に異世界言語に翻訳された詳細なマニュアルが帰って来た。


 「ええー、この子凄過ぎない? 学校の勉強はちゃんとやってるのかな」

 「これはかなり凄いよー。逸材見つけたねぇ」


 御崎桜みさきさくらから送られて来たマニュアルを紙に印刷して、日本語版を花子お婆ちゃんに見せたらすごく驚いていた。


 「これ、時給二千円じゃ安いよ。絶対に欲しい人材だよ!」


 花子お婆ちゃんにそう言わしめる程の出来だそうだ。

 異世界へ行きたいと言う情熱が、そこまでのポテンシャルを彼女から引き出したのだろうか。


 取り敢えず、異世界翻訳版を二部印刷して、ミバルお婆さんとオーノ・ヒロミさんへ手渡してみた。

 すると、凄い凄いの絶賛の嵐で、直ぐに製本して販売したい程だと言う。

 優輝は、その事を御崎桜みさきさくらへ伝え、臨時ボーナスも弾む事にした。

 すると翌日、御崎桜みさきさくらから電話が掛かって来た。


 「両親のOKが出ました!」

 「うそでしょー!?」

 「本当ですって! こんなに給料の良い所に内定しているのだったら、高校中退でも構わないだろうって」

 「マジでか。ご両親、達観してるな」


 最低でも一年位のスパンで考えていたのに、たった一週間で結論を出して来た。本当に間違い無いのかを一度ご両親と会って確認しないといけないだろう。

 農業部門の話なので、人事権は花子お婆ちゃんに有るのだけど、御崎桜みさきさくらのご両親に会いに行くのにもう一人付けたい。

 優輝はこのお腹なのであまり人前に出たくは無いし、あきらはアメリカとの交渉で手が離せない。どうしよう……


 『ボクが行っても良いよ』


 ロデムが行くと言い出した。

 面接とか雇用契約とか大丈夫なのだろうか?

 お婆ちゃんは既に何人か雇っている訳だし、一人でも大丈夫だとは思うけど、未成年の大事な娘さんを預かる訳だし、ご両親を納得させる為にもちゃんとしておきたいと考えている。

 ちゃんと日本の法律に則って雇用関係を結ぶ訳だから、書類もきちんと用意して行かなければ成らない。


 「そういう手続きとか分かる?」

 『朝飯前のお安い御用だよ』


 優輝はちょっと不安を覚えた。

 花子お婆ちゃんは、自分がしっかりしないといけないなと気を引き締めた。


 先方には、雇用契約を結ぶにあたって、住民票記載事項証明書の原紙と給料振り込み口座確認の為の通帳のコピー等、諸々必要な書類を予め用意しておく様に伝え、約束の日に花子お婆ちゃんとロデムは御崎桜みさきさくらの家へ出かけて行った。


 と、思ったら、一時間位で帰って来た。


 「どうしたの? 交渉決裂?」

 「いやぁ、物凄くスムーズに済んだよぉ。ロデムちゃんがね、弁護士さんみたいな手際なの」

 『日本の法律も全部覚えたよ』

 「これからどうぞよろしくお願いします!」


 御崎桜みさきさくらも一緒に来てた。

 こんなに早く話が纏まったのは、寧ろご両親の方が乗り気だったせいなのだそうだ。

 というのも、田舎の女子高生は卒業して大学に進学するにしても就職するにしても、東京に出るなら一人暮らしをするしかないわけで、それが心配の種だった。

 東京で一人暮らしすれば、そこで男を見つけて結婚してしまうのだろうし、そうなると東京にそのまま居着いてしまうか、男の実家の在る更に遠い県へ行ってしまうかも知れない。それは寂しい。

 田舎で就職するにしても賃金は安いだろうし、家業の米農家を継いでもらうとするなら、婿養子を取るしかないが、今のご時世それも難しそう。


 一人娘の宿命とはいえ、行方不明から戻って来たばかりでもうちょっと親元に居て欲しいと願うのは、親の我儘だろうか……

 そんな時にこの話だ。

 お給料が物凄く良い。加えて農業の技術職だ、願っても無い。

 しかも、最大のメリットは、自宅から通えると言う事だ。

 高校中退で最終学歴が中卒だ? それが何だ! 高校を卒業したからと言って、これより良い条件の所へ就職出来る保証は無い、幸運の女神には前髪しか無い、チャンスの女神には後ろ髪が無いとも言う。それは、どんなヘアースタイルだ!

 通り過ぎた後に追い掛けて行って髪を掴もうとしても、後ろ側に髪は無いという例えだ。そんなヘアースタイルの女神様可哀想。

 本当は、時の神カイロスという男性神が元なんだそうです。


 まあ、そんなこんなでご両親の方がグイグイ来るので、雇用契約はあっという間に済んでしまったそうです。

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