第184話 シン魔法操作質量元気的爆轟

 湖畔に近づくにつれ、臭いはどんどん酷く成って来ている様だった。

 バリアをオンにしているユウキとアキラには殆ど感じないのだが、スーザンの表情からそれは見て取れた。目的地が近いことが伺える。


 ついに森が途切れ、湖が見える湖畔の広場へ出た。オロのこの臭いさえ無ければ絶好のロケーションなのだが、誠に残念だ。

 目を凝らすと、水辺の辺りの湿地帯に点々と盛り上がった大小の黒い物体が見える。全部で百以上はありそうだ。


 「あれ、全部オロなのか?」

 「だろうね、ここからじゃ黒い土饅頭にしか見えないけど。臭いと言い、誰かの墓かと勘違いしそうだ」

 「あれにうっかり近づくと襲われるわけだ」


 スーザンと三人でそんな会話をしていると、ダークエルフの男達が話しかけてきた。


 「まずいぞ、あんなに居るとは思わなかった。持って来た油じゃ全部を焼くのは無理だ。出直そう」


 確かに、一体のオロを焼くのに袋一杯の油を使い、念入りに焼却していた。男達が持って来た分を全部使っても、あと二体か三体を焼くのが精々だろう。


 「火を通せば良いんだろう? 僕の魔法の赤い球体ロテ・クーゲルで焼いちゃえばいい」

 「爆発系はダメだよ。寄生虫が飛び散る」

 「じゃあ、マイクロウェーブで焼くか」

 「一体ずつか? その間に他のオロが大人しくしていてくれれば良いが」


 一回だけしか見ていないが、スーザンの魔法の赤い球体ロテ・クーゲルというのは、圧縮した超高温の空気の塊で、対象に当たった時に圧力が開放されて爆発する様な魔法だったはずだ。それだと、アキラが言う様に、まだ死んでいない寄生虫が周囲に飛び散る懸念が有る。

 赤い球体ロテ・クーゲルにしろ、マイクロウェーブにしろ、攻撃範囲が狭くてここにいるオロを一網打尽にするのは無理そうだ。


 「じゃあさ、マジックデトネーションの熱線で一気に焼くか」

 「それ、どんな魔法なの?」


 ユウキの言葉にスーザンが訊ねた。スーザンはサマンサの所でシン・魔導書を見た筈なのだが、魔法自体は見た事が無かった。


 「純粋核爆発、的なー……」

 「正確には質量をダイレクトにエネルギー流に変換しているから、核反応では無いけどね、核は反応してないし」

 「あなた達、そんな事が出来るの!?」


 スーザンは酷く驚いた様子だった。純粋水爆どころの話ではない。世界のパワーバランスが崩壊する。まあ…… 良く考えたらこの二人の存在でとっくに崩壊している訳だが。

 この二人が世界に対して喧嘩を吹っ掛けたらきっと手が付けられなくなるだろう。尤も、二人はそんな事を考える様な人間では…… 人間? もとい、では無いのは知っている。なにしろ、その超技術を使ってやっている事と言えば、農業ばかりなのだから。


 「別に俺達が考えた魔法じゃないよ。エルフの魔法なんだ。そうだ、あんたのカミさんも使えるはずだよ」

 「えっ、マジかよ」


 そう、シン・マジックデトネーションは、サマンサもアリエルも使える筈だ。ただ、多分実際には未だ使った事は無いかもしれない。何故なら、シン〇〇の方の魔法は、魔法式というか干渉縞模様が複雑過ぎて、魔法式を覚えられない様なのだ。図形を見ながらやっても本来の性能の数パーセントの威力しか出せていなかったのだから。元々の簡略化した魔法式を使ってさえ、近距離で撃つ魔法では無いのだ。確か魔導書にもそう書いて有ったと思うのだが、アホのサマンサは撃とうとしていたっけ。もしも撃っていたら術者本人もただでは済んでいなかっただろうけど……

 防御魔法を習得するまでは、あれだけは絶対に使うなとアキラがきつく釘を刺しているのだから。あの魔法は威力の制御が難しいのだ。


 「えーと、確か1gの質量が100%エネルギーに変わったとすると、90テラジュールTJだから…… えーと、うん! リトルボーイの1.4倍。却下!」


 リトルボーイとは、広島へ投下された原爆の事である。その核出力は、約63テラジュールTJ。地上600mの上空で装置は作動し、爆発時の中心温度は数万度、地表近くでも4000度もの高温となったそうだ。それは、鉄の溶ける温度1500度を遥かに超えている。その時民家の屋根瓦の表面は溶けて沸騰したという。そして、急激に熱せられた空気は音速を越える速度で膨張し、衝撃波と成って地上の建物を破壊し尽くしたそうだ。その時の圧力は、1平米当たり19tにもなったと言われている。


 「この高々300m四方程度の範囲を焼くのにはオーバーキル過ぎるし、環境破壊もとんでもない事になりそう」

 「でもさ、核反応ではないから放射性降下物、所謂いわゆる死の灰は降らないし中性子線も放出しないよ?」

 「でも、衝撃波は出ちゃうでしょ」

 「うーん、それは…… 出るかも」


 熱線でオロを焼く事が目的なのだから、熱を出す前提がある以上衝撃波の発生は防ぎ様が無い。


 「じゃあ、千分の一グラムならどうかな? 高度100mにして。被害を最小に抑えよう」

 「でもさ、空気の1mmgってどの位の体積なのかな?」

 「大体1立方センチ位らしい。標準温度湿度気圧で」


 アキラがスマホで検索しながらそう答えた。


 「じゃあ、それでやってみよう。アキラが爆発係。私はバリアで皆を守るね。エルフ達、こっちに固まってー。スーザンもこっち来て」


 スーザンの絶対障壁では物理的な力である衝撃波や超強力な熱線を防げるのかどうか少々不安が有ったので、ユウキはスーザンも呼んだ。

 ダークエルフの男達五人とスーザンがユウキの周りに集まって来て、ユウキを取り囲んだのを見たアキラは、露骨に嫌そうな顔をした。


 「ちょっと待って! やっぱり起爆はユウキがやって、皆の保護は俺がやる!」

 「いや、私じゃアキラみたいに精密な操作出来ないし、魔法式も暗記していないから」

 「そうだぞ。心配するな、僕がちゃんと見ていてあげるから」

 「チッ」


 スーザンがユウキに抱き付いたのを見てアキラは舌打ちをした。役割分担を変更出来無いのが悔しかった様だ。スーザンが見ていてくれると言うが、それでも他の男にユウキを任せるのが嫌なんだよと心の中で思った。アキラはどうも独占欲が強いみたいだ。

 ユウキがスマホを操作して、バリアの範囲を全員を取り囲む様に拡大して、アキラへ合図を送った。


 「それじゃいくよ! 3,2,1! シン・マジックデトネーション!!」


 その時地上約100mの上空に小さな太陽が出現した。

 上は長波以上の波長から下はガンマ線以下の波長まで、つまり全ての波長の電磁波が、一気に放出された。

 当然、超強力なマイクロウェーブと赤外線領域の電磁波の照射は熱線として、可視光線領域は光として、紫外線以下、X線やガンマ線は物質に化学的反応を及ぼす危険な放射線として、それら全てを含んだ強力な光線レイが、災害級の暴力で地上を殴り付ける。

 熱線の照射はほんのコンマ数秒で終わり、遅れて衝撃波が地表を叩く。地面に衝突した衝撃波は横方向へ向きを変え、周囲の木々を爆心から放射状になぎ倒した。

 更に熱せられた灼熱の空気が襲い掛かり、近くの全てを蒸し焼きにして行く。

 地面に反射した衝撃波と熱い空気は上昇気流と成り、所謂いわゆるきのこ雲を形成した。


 「お仕置きだべ~」


 この一帯のオロは全滅した。

 ユウキは勝利のポーズを決めていたが、魔法を撃ったのはアキラだ。スーザンはある程度は覚悟はしていた様だが、核爆発をこんな間近で見たのは初めてなので、口をあんぐりと開けて固まっていた。ダークエルフ達は腰が抜けて失禁していた。


 「えんがちょー!」


 ユウキ達三人はダークエルフ達から距離を取った。


 「早く洗ってきなさい!」

 「アチチアチチ……」


 アキラに一喝され、ダークエルフ達は湖の方へ駆けて行ったが、未だ地面が熱を持っていて、靴を履いているとはいえ下からの熱気が凄い様だ。

 地面は溶けて固まり、ガラス化している。湿地帯は乾燥してひび割れ、そこに生えていた植物は全て炭化してしまい、オロも全て地面の黒いシミと成った。湖面は煮えたぎり、そこかしこから白い水蒸気を上げている。

 しかし、水の温度は直ぐに下がった様だ。沸騰していたのは水面のごく浅い部分だけで、その下の冷たい水と混ざれば直ぐに冷える。

 爆心から200m程度の範囲内で、湖岸から浅瀬までに居た生物は死に絶えてしまっただろうが、深い所に潜っていた魚までには熱線は届かなかっただろう。

 ダークエルフ達は、岸近くの温い水でズボンを洗っていた。


 「オロが水中に卵を産む性質じゃなければ良いけどね」

 「そういうフラグ立てないの!」

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