第185話 エルフ村の建設

 皆が立ち去った後、岩場の陰に一匹の魚が打ち上げられた。

 その魚は全身が真っ黒に変色し腐って溶けかかっていた。既に死んで何日も経っている様に見えるが、何故かピクピクと動いている。

 その体は、内部に腐敗ガスが充満しているのか、鞠の様にぱんぱんに膨らんでいる。そして、エラ蓋がパカッと開くと、噴出するガスに出口の溶けかかった肉が震え、音を鳴らし始めた。


 「ォロロ……」


 その時、その魚の近くを何者かの足が通った。魚は生き物の気配を察知すると、呪詛を込めたひと際大きな声で鳴こうとしたその時、魚の頭の上から何かヘドロの様なモノが降り掛かり、魚の口と言うか開口部を全て塞いでしまった。別の場所に開口部を開けようと試みるのだが、ヘドロは体を伝って新たに開けた開口部にも入り込み塞いでしまう。

 それだけならまだしも、シュウシュウと音を立てながら煙を上げている。強酸性の何かが体を焼いているのだ。

 魚は驚き、もがき苦しみ、その口を塞いでいる『何か』を取り除こうと暴れるが、その物体は意志を持った様に口の回りに纏わり付き、あろうことか体内へ侵入しようとして来る。周囲の組織を全て焼きながら、どんどんと体内の奥へと向かって移動して来るのだ。

 その魚を動かしていたのは、体内に巣食う無数の線虫なのだが、これが何百匹何千匹と集まり、筋組織の様に振る舞い、宿主の体を操っていたのだ。最も、宿主にされた動物は、既に生命活動を停止し、自らの意思で動く事は無いのだが……

 やがて、魚の体は抵抗虚しく体内の全ての虫諸共、その強酸性のヘドロに内部から焼かれて息絶えて行った。


 「見て見て! やっぱりブロブの方が強いよ!」

 「強いと言うか相性かな。耳が無いからオロの攻撃は何一つ効かないし、生息域も食性も丸かぶりなんだよね」

 「こいつを解き放ったら、天敵として生態系の連環が完成して安定しないかな?」

 「キラービーに対するオオスズメバチみたいに、とんでもない事に成るよ」

 「それに、ブロブとオロのビオトープなんて、ゾッとしない」


 ユウキ、アキラ、スーザンの3人はその光景を想像して身震いした。ユウキは、無言で消石灰20kg入りの袋を取り出すと、オロとブロブの上に一袋全てをぶちまけ、小山の様にしてその場を立ち去った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「丁度この辺りは爆風で木が薙ぎ倒されてるから、村作るのに丁度良くない?」

 「本当にオロは完全に駆除出来たのかなー? 卵一個でも残ってたら怖いんだけど」

 「ああいう虫とかって完全駆除は本当に難しいんだよね」


 ユウキは例のエルフの女達を移住させる村を作りたいらしい。でも、スーザンは本当に駆除出来たのか心配な様だ。というのも、この先の高原に自分の別荘を作る夢は未だに捨てていない様なのだ。


 「その点なら大丈夫! ……しらんけど」

 「ちょっと、止めてくれ。この辺りに別荘作りたいのに!」

 「ごめんごめん、本当に大丈夫。俺の目には卵の反応も一切見えないから」

 「本当に本当? 信じるよ!?」

 「信じてくれて大丈夫だよ ……多分」

 「もうっ!!」

 「なんかもう、二人は親友だよね」


 アキラとスーザンの仲良さそうな掛け合いに、ユウキは旧友みたいだなと思った。超常の科学者同士、同じ目線の高さで語り合える歳の近い同性の友達は居なかったのかも知れない。


 「でもさ、村はエルフ達に勝手に造らせれば良いけど、別荘はどうやって作る? 業者連れて来れないよ?」

 「向こうで予め作ったのを持って来て置いたら?」

 「どうやって?」

 「あなた達のストレージに入れて」


 スーザンが結構図々しいお願いをして来た。


 「家は完成品を持って来れたとしても、こっちを整地したり基礎を作ったりするのに、やはり工事業者が必要になるんじゃない?」

 「うーん……」

 「でもさ、それ作れたら素敵だよね。うちの別荘も作りたいし」

 「よし、ちょっと考えてみよう」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「ちょっと聞いて! こんなのどうかな?」

 「聞きましょう」

 「適当な所に立方体を置きます」

 「ああ、成る程ね」


 ユウキとアキラの話は終了してしまった。


 「ちょっとまって、僕にも分かる様に話してよ」


 ユウキとアキラはツーカーなので、相手が何を考えているのか直ぐに分かってしまう様だが、スーザンにはチンプンカンプンだった。


 「あのね、スーザンにも分かる様に説明すると、ここに立方体を置くの」

 「だから、それが何なのって聞いてるんだけど」

 「材質は何でも良い、頑丈な立方体を置きます。コンクリートでも石でも鉄でも構わない。とにかく、攻撃されても壊れなければ何でも良い。そうだな、取り敢えず一辺3m角位で良いかな」

 「そしてね、その立方体の六面を全てを同一空間への入り口にするの」

 「入口のプロパティは、内から外への映像の素通し。入出権限は自分及び許可した人間だけ」

 「ははあ、何となく分かったよ。拡張空間の扉を貼り付ける土台って訳か。でもそれだとここに別荘を建てる意味が無いんだよなー」

 「ここの景色とか空気を感じたいって事でしょう?」

 「そう、それだとあなた達の家のリビングや共同研究所と同じで、ただの広い空間でしか無いよね? 外との繋がりが無いのだから。それはある意味メリットだけど、別荘としてはデメリットだ。例えば、何処かのドーム球場か埠頭の大型倉庫でも買収して中に家を建てたとして、外界との繋がりの無いそれを別荘にする意味は無いでしょう?」

 「壁に外の景色をプロジェクターで投影したら?」

 「そういう事じゃないんだよなー」

 「うん、言ってみただけ」


 ユウキとアキラは顔を見合わせて笑った。ユウキは、人差し指を立てて左右に振り、『チッチッチ』と舌を鳴らした。


 「今度、うちへ来た時、よーく部屋を見てごらん」

 「え? 何か変わった所有ったかな……」


 スーザンはリビングの中を思い出してみても、思い浮かばなかった様だ。


 「まあ、今度来た時のお楽しみにね」

 「取り敢えず、この辺りにドアを設置して、エルフ達を連れて来てここを見てもらおう」

 「そうだね」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「まあ素敵! 湖畔の森と湖!」

 「うひょー! 別嬪さんばかりだなー!」


 白エルフの女達にはこの土地が、すこぶる評判が良かった。気候風土的にも北海道と近いのかも知れない。敢えて白エルフと呼んだのは、黒エルフに対して同列に扱うため。白が上で黒が下とか、またはその逆とかの序列の意味は有りません。念の為。

 黒エルフ達は、初めて見る白エルフの女達に夢中の様だ。


 危険な生物は居るのかと聞かれたので、居たけど根絶やしにしたと言ったら、じゃあ移住すると言うので、村を建設する事になった。


 「話がトントン拍子に進むなー」

 「何か落とし穴が有りそうな気がしてならない」


 ユウキは喜んでいるが、アキラは何か上手く行き過ぎている感じがしてならない様だ。

 ユウキもそれはちょっと思ったりしたのだが、どうせ考えても今時点分からない事を悩むだけ時間の無駄だ。取り敢えずやってみて、問題が起こった時に対処すれば良いのだ。

 よく、二択でしかないのに長々と悩む人がいるけれど、ああいうのは時間の無駄だとユウキは考えるタイプだった。

 ユウキは、人生全てに於いてそういうやり方をして来た。それで今の所大した問題は起こっていない。アキラとは大体逆の性格なのだが、そのお陰で今の出会いや生活を手に入れている。人生の歩き方は人それぞれで良いじゃないか、という事なのだろう。


 「念の為にこの村で何かトラブルが起こった時、例えばドメスティックバイオレンスDVとかハラスメントとかね、そういうのが起こった場合、直ぐに逃げられる様に王国への空間通路は残しておきます。通れるのは女達だけ」

 「ありがとうー! 至れり尽くせりね」

 「男達側もダークエルフの村へ通ずる同じ仕様の通路を作っておくので、仲良く協力して村を建設してください」

 「ありがてえ! 感謝する!」


 ちなみに、完全に移住しても良いし、元の国から通うのもOKだ。

 村の建設に関しては白黒エルフ達に丸投げでユウキ達は黒エルフの村へ報告の為に戻る事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る