第186話 のんびりクエスト
「えーっ!? 逃がしちゃったのー?」
「誠に申し訳ない。見張っていた牢番はきつく叱責の上罰を与えますゆえ!」
「あ、その必要は無いです。私が牢番にお願いしてたのだから」
ユウキのその言葉に、一同は皆吃驚した。わざと逃がしたというのだろうか?
「それは一体どういう事なのでしょうか?」
「奴等の拠点がこの近くに在る筈だからそこを潰したいし、本国へ逃げ帰ってくれればそこも叩いておきたい」
困惑する村長に、ユウキはケロッとした表情でそう答えた。
「だからね、私の言い付けを守ってくれた牢番には罰どころかご褒美をあげたいの」
ユウキ達の前へ連れて来られた牢番の顔には青あざが付いていた。恐らく逃がした罪を問われ、殴られたのだろう。
「ごめんね、私のせいで……」
ユウキが牢番の男の顔を両手で包み込む様に優しく触れ、そっと手を放すと青あざも腫れも全て消えていた。
「あ、あれっ? 痛みが消えた」
「こいつ、それならそうと言えよ」
村長がバツが悪そうに男を叱った。
「村の大恩人が、魔法も碌に使えねえ、牢を見張るしか能のねえ俺にだけそっと与えてくれた任務だからな、言える訳ねえよ」
なんだよただの義理堅い勇者じゃないか、これは特別な褒美を与えなければならないなと、その時ユウキは思った。
さて、何をあげたらここの人達は喜ぶのだろう? お金…… は違うよなと、色々考えてみたのだが、なかなか良い物が思い付かない。男はやっぱり武器かな? ナイフならミスリルナイフが有るけれど、あれは多少でも脳から手元へのエネルギーラインが伸びていないと使えない。それは、魔法を使う時のエネルギー回路と同じで、魔法を碌に使えないという事は、この男はその回路が発達していない事を意味する。
ユウキは、その目で男の身体を走るエネルギーラインを見てみたのだが、結果は壊滅的だった。ユウキの力で多少弄ってあげた所で使い物に成るとは思えない感じだった。簡単に言うなら、才能無し。
そもそもだが、
「うーん、困ったなどうしよう。あ、そうだ!」
「何か閃いたの?」
「うん、こんなに真面目に言い付けを守ってくれた彼に、何かお礼をしたいと思っていたんだけど、良い物を思い付いた!」
ユウキは、ストレージからククリナイフを取り出した。それは、ユウキがこちらの世界に最初に持ち込んだアイテムで、今ではミスリルナイフやマチェットを多用する事に成ってしまってストレージの奥へ死蔵していた物だった。
同時期に購入した剣鉈は、鍛冶屋のオヤジが神剣だとか言って高く買ってくれたのだが、ククリも剣鉈も、貧乏学生時代の貯金を崩して購入した物で、お世辞にも良い品という訳では無かった。しかし、世界間を行き来する内に、物にも何かエネルギーの様な物が蓄積して行く様で、切れ味とか耐久性とかがとんでもない事に成っていたのだ。それを鍛冶屋のオヤジは神剣だと言った。
剣鉈を売ったあの頃はまだ数回の異世界渡航だったのだが、ククリの方はユウキのお気に入りで手放さなかったので、ずっと使う機会も無いままストレージの中で眠っていた。今のユウキ達の渡航回数を考えたら、一体どんな事になってしまっているのだろうか?
ユウキはおそるおそるストレージからククリナイフを取り出してみた。
「あ、これはヤバいやつだ……」
もう、見ただけで分かる。
周囲を取り囲んで見ていた男達が、一様に金銀財宝でも見る様に生唾を飲み込んだ。ユウキは一瞬、『えっ? これ、ヤバいやつ?』とは思ったのだが、他にあげられる物も思い付かなかったので、そのククリを見て茫然としている男の手を取って、『はいどうぞ』と手渡してしまった。
(ちょ、ちょっとユウキ! 見張り番の報酬としては価値が過剰過ぎるって!)
(え? そうかな、通販で買えるククリナイフの中じゃ割と安物だよ?)
(付加価値付いちゃってるし、皆の顔見てみなよ)
周囲の男達、村長までもが羨望の眼差しで男の受け取ったククリを見ている。あ、じゃあ取り返そうかと思った時には時すでに遅し、受け取った男はユウキの前へ跪き、ククリを捧げ持って頭を下げていた。
「勿体無くもこの様な至宝を承り、恐悦至極」
ユウキは、もう取り返せないなと諦めた。
「あ、うん、コホン。剣術を磨き、精進しなさい」
その光景を見ていたオロ退治に同行した五人も、何だか物欲しそうにこちらを見ている。
「お前達は駄目! 特に真ん中のお前! ユウキのテントへ夜這いを仕掛けようとしただろ! 連帯責任で報酬は無し!」
アキラが一喝したものだから、五人はあからさまにガッカリした表情を浮かべた。しかし、オロを退治した上に女不足問題も解決してあげようっていうのに、それ以上を望むなんて、図々しいったらありゃしない。
「ところで、逃げたあいつらを直ぐに追わなくて良いの?」
「まあ、数日は泳がせておきましょ」
ユウキは、GPSタグをぶら下げてアキラとスーザンに見せた。
「ああ、連中の荷物にそれ仕込んだんだ」
「それ何?」
「GPSタグだよ。スマホに現在の位置情報と移動軌跡が記録されてるの」
ユウキはスマホの画面を二人に見せた。そこにはこの大陸の航空写真と、タグの現在位置、それから移動した経路がブルーの線で記録されている。
「それ、見つかったら捨てられちゃうんじゃ…… ああ、あいつらにはこれが何なのか分からないか」
「そう、何か価値の有りそうな物に見えるから、きっとずっと大事に持ってると思うよ。ふふふ」
そう、慌てて追いかけなくても良いのだ。海へ出るまでに結構日数は掛かるだろうし、途中に中継基地でも在ればそこで仲間と合流して休んでいるかも知れない。
ユウキ達は自分の家に帰ってコーヒーでも飲みながら時々連中の位置情報をチェックしていれば良いのだ。
まあ、そんな訳で三人は一旦帰宅する事にした。
勿論、残りの女達の治療も出来るだけやって、手が回らなかった人は今度来た時にという約束をして帰った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「
ユウキは拠点に帰る早々、
「ロデム、ただいま」
『二人共お疲れ様』
「ハニー! 今帰ったよー!」
「お帰りなさいダーリン!」
アキラとロデムは既に業務連絡っぽい淡白さだが、スーザンとアリエルのバカップルっぷりは更に磨きが掛かっている様だ。というか、アメリカ人だとこんなの当たり前らしい。人目も憚らず大袈裟に抱き合ってチュッチュしている。
早速皆でゲートを潜り、ユウキとアキラの自宅のリビングに入った。
「ディディー、何か気が付かない?」
「何だっけ? あ! 何か変わったって言ってたっけ?」
デクスターは部屋の中をキョロキョロと見回した。しかし、これといって変わった様子は無い。強いて言えば壁面に窓が追加されているというか、天井から床までのガラスの壁に変更されていて、外の景色の映像が見えている位だ。
「あの窓の事? 窓型のスクリーンに外の景色の映像を映しているんでしょう? まあ、それでも閉塞感は幾分和らぐけど、やっぱり本物の景色の空気とはちが…… う…… ?」
デクスターは、壁際へ寄り、窓を開けてみた。その開け放された窓からは涼しい空気が入って来る。それは、紛れも無い澄んだ高原の空気の匂いだった。
「え? うそでしょ?」
デクスターは窓の外へ出て、素足で高原の大地の感触を直に味わった。
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