第187話 ウインドウず

 「ちょっと待って、これどう成っているの?」


 振り返ると、美しい白樺の林が在るだけだった。その木と木の間の何も無い空間からあきらがスッと現れた。続いて優輝も出て来た。


 「ここは八ヶ岳の辺りの白樺林よ」

 「いや、場所の説明じゃなくて…… ああそうか、拡張空間通路の応用?」

 「大正解。扉は張り付ける対象からはみ出して設置出来る事が分かったのよ。以前に金網に扉を張り付けられたので、もしやと思ってやってみたら出来た」

 「それは、何処か一か所が何かに接触していれば設置可能って事?」

 「そう、設置座標を確定する為に張り付ける物体の座標を親とするから、何処か端の一か所でも接していれば設置可能だったのだわ。逆に離れてしまうと途端に難易度が跳ね上がるのよね。なんか、それも頑張れば出来そうな気もしなくはないのだけれど……」


 頑張れば出来そうな気がするというのは、全く根拠が無い訳では無かった。実際にロデムや子供達はそれをやってのけているのだから。

 ただ、あきらや優輝の場合は、スマホのアプリからそれを行っているせいで、カメラのレンズを通した世界は二次元としか認識されない為、平面に張り付ける事しか出来ていなかっただけなのだ。あきらの目は四次元を認識するに至った訳だが、はたして平面から飛び出した位置へ扉を設置する事が出来る様になったのだろうか、それは未だ分からない。


 窓に使う為に設置した扉には、環境を壊さない様に向こう側からは見えない様に設定してある。自然の中に人工物が見えない様に配慮した…… と言うのは建前で、実は、その土地の使用許可を取っていないからなのだ。つまり、黙って勝手に使っているのだ。個人的利用だし、見て空気を感じるだけなら良いじゃないかとも思うのだが、不可視とはいえ勝手に何かを設置しているのは、何か何処かから怒られそうな気もするので、この件は内緒だ。

 多分、これを罰する様な法律は存在しないと思われるのだが、ユウキが寝室に設置しているプレジデントウィルソンホテルの屋根みたいに、他人の所有物に勝手にくっつけてあるのはどうなのか、気分的にちょっとドキドキしながら使っている次第ではある。


 「今の所、うちのリビングや寝室では世界の中で人のあまり来ない名勝地なんかに窓を設定しているわ」

 「えー、いいなーそれ。あなた達の能力、羨まし過ぎるんだけど」

 「秘密にしてくれるなら、あなたの別荘にも設置してあげても良いわよ」

 「え、マジで!? やったー! 絶対に誰にも言わないわ!」


 現金なモノである。


 「それでね、向こうの世界での別荘の話なんだけど……」

 「全部の面に、これと同じドアを貼り付けたキューブを置くって話でしょう? 私、分かっちゃった」

 「そうそう、中からだけ外が見えるなんて、まるでマジックミ…… あいた!」


 優輝は、あきらにお尻をつねられた。

 つまり、外からは見えないけれど、中からは素通しの空間を作って、その中に完成品の別荘を置くという構想の様だ。立方体キューブは、そのドアを貼り付ける為の土台という訳だ。


 「あら、だったら、土台のキューブは無くたって、地面からドアを直接生やしたら良いのでは? サマンサの所へ行く門みたいに」

 「私達の能力ではそれが難しいからこそのキューブのアイデアなんだけど」

 「あれ、誰が作ったの?」

 「あれもエルフの魔法なのよねー。その点に関しては私達の物より、ある意味優れているというか……」

 「門の部分だけな」


 優輝がちょっと不機嫌そうに言った。優輝達のアプリの方が完全に上位互換だと言い切れない部分なのだ。

 空間同士を繋げられないとか、通路としての利用が出来ないとか、色々問題点は有るのだけど、何も無い空間に門を作れるという一点において、スマホアプリよりも優れていると言わざるを得ない。その一点に関してのみであるが。


 「だけどそれが出来たとして、入り口を不可視にしちゃったら、外出した時目印が無くて帰れなくなるんじゃない?」

 「だから、不可視にしなければ良いでしょう?」

 「え? あ…… そっか」


 一つのアイデアに凝り固まっていると、時々こうして他人からツッコミが入る事がある。

 誰も居ない異世界の高原のど真ん中にコンクリートのキューブが在ろうと扉だけがポツンと在ろうと、よく考えてみれば大自然の中に不自然な人工物がポツンと在るという状態に大した違いは無かった。

 そもそも、コンクリートの立方体キューブを置く事を考えたのは、扉を張り付ける土台と言う意味も有るのだが、例えば何か力の強い豪角熊の様なモンスターがやって来たとしても、容易に破壊されない様にとの考えだった。だけど、地面を土台として垂直に扉を立てた場合、扉自体は次元境界面に貼り付けたスキンでしかないので、そもそもが物理的に破壊出来る代物ではなかったのだ。

 何だか難しくゴチャゴチャ考えたけど、結局エルフ王国とかサマンサの庭と同じ構造に落ち着くのだった。一つだけ入り口用の扉を可視状態にして設置して、外の景色を眺める窓は不可視にしておけば良いだけだったのだから。


 という訳で、デクスターとアリエスはアメリカへ帰って行った。早速豪華な別荘を建てるそうだ。エネルギーとしてあきらから300億円もする無限電源装置インフィニティリアクターを一つポンと買って行った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「さあ、未来みらい永遠とわ、お土産」

 『わあい、なになに?』

 『あれね、私には分かるわ』

 「エルフ達の治療をした時に削り取った、はくのエネルギーでーす!」

 『わあい、やったー!』

 『やっぱりね』


 永遠とわは子供らしく無邪気に喜んでいるが、お姉ちゃん(こっちの世界では)の未来みらいは、訳知り顔だ。

 ユウキのはくから削り取ったエネルギーの塊をトワが食べてしまって1歳児程度まで成長してしまい、未だ赤ん坊の未来みらいとは体の成長度合いに差が生まれてしまった。お姉ちゃんの未来みらいが乳児のままなのに弟の永遠とわだけ立って歩ける事にかなり不満が有る様だ。

 なので、はくのエネルギーには、かなり執着している様子なのだ。アキラがダークエルフ達の治療をしているのを知って、当然、お土産としてそのエネルギーを持って帰って来てくれる筈と思っていたらしい。


 「じゃあ、未来みらいには2個、永遠とわには1個ね」

 『えー? ずるいー!』

 『なんでよ! あなたは前に1個食べたでしょ!』


 未来みらいに2個、永遠とわに1個で、数の上では平等な筈なのだが、子供にとっては不公平感があるらしい。


 「まだ幾つもあるんだろう? それも分けてあげたらどうなんだ?」

 「だーめ! 優輝は甘いんだから。それに、そんなに早く成長して欲しくないのよ」

 「そうだな、子供は急いで成長する必要は無いか」


 子供は早く成長したい、だけど親は出来るだけ長く子供時代を愛でたいものなのだ。

 約束通りはくから削り取った呪詛に侵された部分のエネルギー体を、未来みらい永遠とわへ渡すと、二人は早速パクリと食べてしまった。すると、二人の身体が光り輝き、光が収まると二人は共に2歳児程度の身体に成長していた。未来みらいは、『やった、やったー!』と、ピョンピョン跳ねて喜んでいる。一時いっときでも弟に抜かされていたのが余程悔しかったのだろう。


 「こえでもー、大きな顔はしゃせないのよ」

 「ちぇーっ」


 二人共、やっと声で喋る事が出来る様に成った様だ。幼児カタコトだが。念話なら流暢に喋るのに、やはり未発達な発声器官を使って言葉を喋るというのは結構難しい事らしい。


 その時、遠方奈良に在る石上神宮いそのかみじんぐうでは、ある異変が起ころうとしていた。


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