第188話 ハイカーボンな食事

 「残りのはくはどうするの?」

 「これはロデムに渡して解析してもらおうと思って」

 『了解だよ、預かるよ』

 「でも、こんなに沢山は要らないんだろう? 残りはどうするの?」

 『キミ達も食べてみる?』

 「ええっ!?」

 「えっ、てゆーか、俺らでも食えるもんなの?」

 『多分、今のキミ達なら出来る筈だとは思うんだよね』


 エネルギーを食べると言っても、消化器官を通して栄養素の様に体に吸収する訳では無い。子供達が口から取り入れた様に見えるから食べると言う表現に成っただけで、実は口という開口部から体内のフィールド内に取り込み、その中でエネルギーを分解してはくに追加可能な状態に組み替え、魂魄の存在している脳の辺りの空間位置から吸収していたのだ。

 ロデムはそれを当然出来るし、ロデムの血も受け継いでいる子供達も教えなくても生まれつきそういう能力が備わっていた様なのだが、優輝とあきらはどうなのだろうか?


 「うーん、俺は出来る気がしないなー」

 「私も」

 『その内出来る様に成ると思うけどね』


 今更だが、二人共どんどん人間離れして行っているのが実感出来る出来事だった。その内、ロデムの様にそこら中にある小石でも泥でも何でも適当な質量をエネルギーに変えて、生命を維持出来る様に成ってしまうのだろうか。いや、そうなったら既に『生命』という存在では無い様な気もするが……


 「あー、そう言えばお腹空いたなー!」

 「そうね、食事の話しちゃったら、暫く何も食べていないのを忘れていたわ」


 あきらがくすりと笑った。

 あきら、優輝、ロデム、それと未来みらい永遠とわの五人は、国道沿いのファミレスへやって来た。

 今やお金持ちの優輝達は、さぞ豪華な食事ばかりしているのだろうと思われたのだが、結構そうでもないらしい。子供の頃から食べ慣れている食事は、そうそう変化するものでもない様だ。

 お金を稼ぎ出した頃は、高級フランス料理だの高級料亭だのに行って食べまくっていた様だが、一通り食べ尽くすと、もう知った味の料理の一つでしかなく、何度もリピートする程でもなくなってしまっていた。寧ろ正装したりお作法やマナーの面倒臭い、しかも料理の出て来る迄の時間がやたら長いそんな所へ行くよりも、一周回って家族皆でファミレスに行った方が気が楽だと思う様になっていたのだった。


 ただし、メニューの値段で料理を決めたりしないだけだったりする。多分、人が金持ちかどうかを自覚する瞬間とは、高いブランド品を持ったとか、高級車を乗り回したとか、そんな物を全部揃えてしまった先にある。つまり、日常の何気無い買い物で欲しい物を買う時に値札を見なくなった時なのではないかな、という気がする。


 「メニューのここからここまでを持って来て」


 優輝はサラダや肉料理よりも、ごはん物や麺類を中心に指を差して注文をした。オーダーを受けた店員が、そのあまりにもの量に目をパチクリとし、はっと気が付いて周囲を見回した。きっと何かのドッキリか何かで、撮影スタッフが何処かに潜んでいるかもと思ったのかも知れない。

 あきらは普通に肉料理を1人前とサラダとスープ、子供達はキッズメニューのお子様ランチをそれぞれ頼んだのだが、次々と運ばれてくる優輝の料理を乗せるとテーブルのスペースが無く成ってしまい、店員が急いで両隣のテーブルをくっ付けて広くしてくれた。


 「随分炭水化物ばかリ食べるのね」

 「うん、何だか矢鱈と米やパスタが食べたく成るんだ」

 「ふうん…… 体が炭素を欲しがっているのね。その内木炭でも齧り出すんじゃない?」

 「あ、それいいね! 食べる木炭とか有ったよな!」

 「冗談よね?」

 「冗談だよ」

 「一瞬本気にしたわ」

 「ちょっと良いアイデアかなとは思った」


 ロカボとは真反対の食事にあきらは呆れて見せた。

 あきらは、私の身体もその内こんな事に成るのかしらと少し不安になった。


 優輝の身体では今、大幅な構造変化が起こっているのだ。細胞表面に例のCNTカーボンナノチューブとダイヤモンドのネット構造が構築されて来ている他、骨や歯の主成分であるリン酸カルシウムハイドロキシアパタイト(水酸燐灰石)、髪の毛や爪等のケラチン等が全てが最強の原子結合である炭素の共有結合からなるCNTカーボンナノチューブとダイヤモンドの複合素材に取って換わろうとしているのだ。

 あきらは、インテリジェンス方向で、優輝はフィジカル方向で、それぞれ人間を大きく超越し始めていた。


 「ねー、パパとママは、いちゅ人間を止めゆの?」

 「やめないよぉ、モグモグ」

 「もう手遅れだと思ゆのよね」

 「あくまでも人の可能性の延長線上なんだから、止めている訳では無いよ」

 「ふうん?」

 「人よりも上なら、世界中のみんなに何でも言う事きかせられるよ?」

 「な、何を言い出すのこの子達は!?」


 悪意は無いのだろう。ただ無邪気に可能性の話をしているだけだとは思うが、いきなり怖い 事を言い出す我が子にあきらはちょっと吃驚びっくりした。


 「自分達が人間だと思っていれば、ずーっと人間さ。ちょっと人より何かが上手に出来るからと言って、威張ったり人を上から目線で見たりしてはいけないよ」

 「なんでー?」

 「そういう人の回りには誰も居なくなってしまうからさ」

 「居なく成ったら連れ戻せばいいよ。逃げるなって命令すればいいのに」

 「お友達にも命令するのかい? 命令された人は永遠とわの事を嫌いになるかもしれないよ?」

 「そしたらボクと仲良くしろって命令する!」

 「永遠とわは命令されたらその人を好きになれるかい? 人の気持ちってそんな簡単な物? よく考えてみよう」

 「んー、わかんない……」

 「パパやママよりも強く成ったらパパやママにも命令しちゃうのかい?」

 「……んー、しない」

 「だろう? 命令したりされる間柄は、友達じゃ無いんだよ」

 「友達いないと困る?」

 「だって、この宇宙の中で一人ぼっちで暮らすのは寂しいだろう?」

 「うーん…… そうなのかなー?」


 優輝はロデムの方をチラッと見た。ロデムは、何も言わずに静かに食事を楽しんでいた。しかし、口元は微かに微笑んでいる。


 「自分より弱い子が居たら、助けてあげる。そうすれば、その子は感謝して暖かい気持ちを返してくれるんだ。そうしたら友達になれる。自分が困った時に助けてくれるかもしれない」

 「むずかしいね」

 「後で寝る前によーく頭の中で考えてごらん。愛情って何かな? 友情って何かな? 暖かい気持ちって何かな? 一緒に居て嬉しい気持ちに成れる友達や家族の居る世界と、そうでない世界の違いをね」

 「わかったー!」

 「ボクも―!」


 あきらはそのやり取りを聞いて、私の夫はとても優しい人なんだと再確認した。

 優輝は優輝で、子供達の会話で受け答えを間違っていないかをドキドキしていたのだが、どっしりと構えているあきらを見て、俺の妻は凄い人なんだと誇らしく思った。ロデムは、お互いを思い遣るこの人達が更に大好きに成っていた。この人達と家族になれて本当に幸せを感じていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝。


 「ねえパパ―ママー!」

 「ロデムー!」

 「未来みらい永遠とわおはよう」


 子供達二人にはそれぞれ個室を用意する事になった。この年齢ならまだ親と一緒に寝ていた方が良いのかも知れないが、体は2歳児、頭脳は大人、実年齢は0歳、社会経験は1か月程度、情緒は乳幼児の子供をどう扱うのが正解なのか良く分からない。


 「昨日パパに言われた事を寝る前に1億2千万回シミュレーションしてみたー」

 「あたしは1億3千万回してみたー」


 未来みらいお姉ちゃんは負けず嫌い。


 「あ、う、うん。凄いね……」


 訂正、頭脳はスーパーコンピューターでした。


 「あら凄いのね、それで答えは出たの?」

 「えっ!?」


 優輝はあきらの方を見た。全く動じた様子の無いあきらが凄過ぎる。あきらにとっては想定の範囲内だった様だ。


 『集計の結果、嬉しい61293815回と嬉しくない58706185回で、友達が居た方が嬉しいという結果に成った』

 『あたしは、ハッピー62285641回とバッド56484250回、破滅エンド11230109回で、友達が居た方になったー』

 「やべえ、そんな僅差か、特に未来みらいの方の破滅エンドって何だ」

 「地球が破滅すゆの」

 「そ、そうか……」


 まだまだ長いセンテンスを話すには念話の方が楽らしい。

 二人の結果の違いは、シミュレーションに想定したパラメーターが若干違ったのかも知れない。だけど、永遠とわの嬉しくない58706185回の方は破滅はしないんだとあきらは思った。


 「まあ、子供達の未来は明るい…… わね!」


 めでたしめでたし。


 『ボクがちょっと未来を見て来ようか?』


 ロデムはきっと、算数のドリルで答えのページを先に見ちゃうタイプなのだなと優輝は思った。

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