第189話 画伯

 「ハロー! 優輝ー、あきらー、ちょっと来れるー?」


 デクスターがあきらのスマホに電話を掛けて来た。


 「あら、電話なんて珍しい。いつも行き成り来るのにどうしたの?」

 「家が完成したから、運んで欲しいんだ」


 あれから1か月程度しか経っていないのにもう出来たのか、早過ぎない? とは思ったのだが、登記とか税金関係とか、届け出書類関係が一切必要無いのだから、工期が短縮出来たのかも知れない。


 「とは言え早過ぎない?」

 「すげえでかいな」

 「我がウィッチクラフト社が総力を上げて建設したのよ」

 「その会社名初めて聞くんだけど」

 「ああ、マギアテクニカの系列子会社なの。モノ造り専門会社なのよ」

 「ふうん、随分会社を細分化しているみたいね」

 「税金対策よ。あなたの所はしていないの?」

 「あー、うん、何もしていなかったわ」


 あきらはもとより、優輝も節税など全然考えていなかった。請求されるだけ全額払っていたのだから。会社も異世界堂本舗一本で、社内で農業部門だけ分けてあるだけだった。

 異世界堂本舗は稼いでいる規模がでかすぎて、例えその70%を税金で持って行かれたとしても残り30%がそこいらの旧財閥系コンツェルンと同等かそれ以上に成っているかも知れない。なにしろ、収入に対して支出が異常な程少ない会社なのだ。ラーメン屋で例えれば、仕入れや水道光熱費、家賃、人件費等の必要経費が全く掛かってなく、一杯800円の売り上げがほぼ全額収入に成っているみたいなものなのだから。

 本気で節税するなら、赤字法人をわざと作ったり買い取ったりと色々裏技が在るという話は聞いた事がある。まあ、そういう事は神管の方に丸投げで、適当にやってくれているのだろう、きっと。


 「呆れた。まったく危なっかしい人達ね。悪い人に騙されない様にしなさいよ」

 「一応、信頼している人達に任せておりますので」


 デクスターの別荘は、何か巨大な建屋の中に建てられていた。なんというか、イメージ的にはハウスメーカーが地震の耐久試験をする為に、建物の中に家を建てているみたいな見た目だ。


 「内見してみる?」

 「うん! ぜひぜひ!」


 住宅展示場の中を見学する時みたいにワクワクする。あきらは、自分達の別荘を作るのに参考にさせて頂こうと、細部に至るまで目を皿の様にして見て回った。


 「なんという事でしょう。広々とした使い易そうなアイランドキッチン。お友達を何十人も呼んでホームパーティーの出来そうなダイニングルームとリビング。そして、スーパー銭湯かと思う程の広さのバスルーム、屋上にはプールまで!」

 「でもさ、これって使用人を何十人も常駐させないと維持管理出来なくない?」

 「その点ならご心配無く。家のメンテナンスから家事全般、全部AIとロボットがやってくれるわ」

 「「なんという事でしょう!」」


 あきらはその別荘をストレージへ格納しようとしたのだが、ある重大な事に今更気が付いた。


 「あ、駄目だわ」

 「え? どうしたの?」

 「私達未だ地面から垂直に扉を立てる事に成功していない」

 「ああ、なんということでしょう……」


 デクスターは天を仰いて額に手を当てた。


 「あ、でも、アリエスの空間魔法なら門を立てられるのでは?」

 「エルフのあの魔法では、門は不可視だし、空間内に窓も作れない」

 「その魔法、あなたの能力で改造出来ない?」

 「うーん…… 難しいわね。門と門のデザイン、そして空間の仕様も込みでワンセットの魔法だから」

 「門だけ取り出して加工するって訳にはいかないのね」


 さて、どうしたものか。優輝とあきらは、腕を組んで考え込んでしまった。それを心配そうに見詰めるデクスターとアリエス夫妻。


 「ちょっと待って! 1日の猶予を頂戴。練習してみるわ!」

 「え? たった1日の特訓で出来ちゃうの? まるで昭和のアニメか特撮ヒーローね」


 何でデクスターがそんなの知っているんだよというツッコミは置いといて、あきらは何と無く出来るような予感がしていたのだ。それにはスマホのアプリ頼りではなく、あきら自身で魔法を発動出来なければならない。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そんなわけであきらは自宅前の空き地(休耕地)で、ロデム監修の元に拡張空間の自力設置の訓練を開始した。ロデムは未来みらいを、優輝は永遠とわを抱っこしている。


 『優輝はやらないのかい?』

 「俺は、出来る気がミジンコもしないからパス」

 『能力は同じなんだから、やれば出来ると思うんだけどな―』


 多分、あきらと優輝では能力に対する強い興味とか、もっと掘り下げて知りたいという欲求度合いが違うのだろう。同じ授業を聴いていても人によって成績が違ってくるのと同じだ。所謂『好きこそものの上手なれ』というやつだ。


 「じゃあ、上達しない俺は『下手の横好き』ってやつか」

 『下手でも興味を失わずに続けていれば、いつか必ず出来る時は来るよ。上達速度は人それぞれ」

 「そっか」


 優輝は能力に関してはあきらに少し劣等感を感じていたのだが、ロデムの言葉に少し安心した様だった。

 習い事でもスポーツでも、自分が出来る時には頭の中に完成イメージが明確に見える時がある。何かをしようとした時に、ああしてこうしてと完成までのフローチャートが瞬時に思い浮かび、その通りにすればすんなりと出来る。逆に出来ない物事に遭遇した時には、頭の中にもやが掛かったみたいに完成予想どころか第一歩のステップすら見えない。大体第一印象で出来るか出来ないかは分かってしまうものなのだ。


 あきらは今、拡張空間を自力で構成しようとしていた。

 しかしそれだとあきらしか使えない能力に成ってしまう。広く普及させるには、どうしてもアプリの形に落とし込みたいところではあるのだが……


 「どうしてもスマホの単眼カメラだと物体を平面でしか捉えられないのよね」


 複眼のレンズの付いたスマホは多数ある。しかし、複数あるレンズはそれぞれ望遠だったり広角だったりして、人の目の様に同じカメラが二つ付いたスマホというのはちょっと思い当たらない。


 「アプリの方は置いといて、扉は作れるの?」

 「うん、まあね。えいっ! どうだ!」


 目の前の畑の真ん中に、簡素なデザインの扉がデーンと立った。その扉は、まるで絵心が無い人が描いた様な、フリーハンドで描いた様なただの四角形にドアノブの位置に丸が描いてあるだけの、ドアという記号の様な形をしているのだが、確かに地面から垂直に立ち上がっている。


 「画伯……」

 「それ以上言わないで!」


 あきらは、絵心が無かった。


 『上出来だと思うよ。最初からこれだけ出来れば』


 ロデムはその隣にゴシック様式の立派な扉を出現させた。


 『まず、扉を作る事が出来れば、デザインは後からスマホからでも変更可能だよ』

 「わーい、あたしもちゅくゆー!」

 「ボクもー!」


その両隣に、バロック様式とロココ様式の扉が出現した。ユウキは、この三つの様式の違いが全く分からなかった。

 あきらは両膝から崩れ落ち、がっくりorzのポーズをした。優輝は、それで落ち込まれたら、何も出来ない俺はどうすりゃ良いのと思った。

 ところで、何故ゴスロリはあるのにバロロリやロコロリは無いのだろう? よく分かりません。


 「スマホのアプリでね、単眼のカメラでも3Dに出来るアプリが有るよ」

 「どゆこと?」

 「多分、角度を変えて写した写真を合成するみたい」

 「ああ、成る程、何も同時に写さなくても良い訳ね…… 閃いた!」

 「通報しました」

 「パノラマ写真の時みたいに、カメラを横に平行移動させて写せば良いんだ!」

 「それで視差を作って画像を合成する訳か」


 アイデアがどんどん膨らむ。


 「ロデム、手伝って! アプリを改造しましょう!」


 あきらはロデムの腕を引っ張ると、家の中へ急ぎ足で入って行った。

 その後を追って歩こうとした優輝のスマホが鳴った。


 「あ、優輝、畑の扉消して置いて」


 優輝は、やれやれというポーズをした。

 ロココ、バロック、ゴシックの豪華な扉を消し、残った歪な四角形のドアをじっと見つめ、消すのを躊躇っていると、スマホのメッセージに着信があり『消して!』の文字が浮かんだ。

 優輝は、下手でも子供の描いてくれた絵を大事に思うのと同じ心境に成っていたのだが、本人はきっと恥ずかしいのだろうと思い、止む無く消してあげる事にした。

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