第190話 ボノボっぽい

 ユウキとアキラ、スーザンとアリエルの四人は、エルフ達の村から少し離れた見晴らしの良い高原に立っていた。


 「ジャーン! ロデムズ拡張空間アプリ、バージョン1.01!」

 「地味なバージョンアップだな」

 「カメラの空間認識性能をちょっと弄っただけだからね」

 「てっきりアキラがその魔法を使うのかと思ってたんだけど」


 アキラはスーザンから視線をそらせた。


 「ま、まあいいじゃない。アプリならその内皆が使える様に成るかも知れないんだし」

 「ふうん……」


 アキラは、魔法の行使自体に問題は無かった。ただ一点、絵心以外は。アプリは、アキラのアイデアを元にロデムが手直しをしたもので、従来のアプリに立体認識カメラモードを追加しただけのマイナーバージョンアップなので、この数字なのだ。


 「では、4つ扉を建てます」


 アキラがスマホを立てて持ち、横にスッと動かすと、扉が一つ出現した。見事なゴシック様式の扉が地面から垂直に立っている。次にとびらのプロパティを弄り、横50m、高さ10mに変更。折角のゴシック様式の扉が、横方向に引き伸ばされて訳が分からなく成ってしまった。

 次にスキンを変更。内と外との映像の透過と扉の不可視化、入出権限はスーザンとその知り合いと空気のみ。それ以外の者は扉に触れる事が出来ない。中の様子が見えるのみ。


 アキラはその扉の端まで歩き、端を合わせて90度向きを変えた、同じ設定の扉を追加する。それをもう2回繰り替えす。つまり、横50m高さ10mの壁に囲まれた正方形の区画を作ったのだ。それから、その一辺50mで囲まれた区画内の地面に上向きの扉を作る。合計5つの扉で囲まれた空間が出来た。


 一つの壁から拡張空間の中に入ると、そこには外と同じ一辺50m四方、高さ10mの広大な空間が存在した。

 壁、天井とも外の空間が素通しの窓となっているので、外の景色も風も感じる事が出来る。しかし、天井だけは映像の透過だけだ。何故なら、天井の窓だけは入れるようにすると、その領域に侵入した人や動物が10m落下してしまう事になり、危険なのでそうしている。

 

 「これで中に別荘を置けば完了よ。無駄にでかいよね」

 「ありがとう。ほぼ僕の希望通りだよ」


 何故こんな分かり難い面倒臭い構造にしたのかと言うと、整地や土台基礎の工事の為にこの大自然を破壊したくない、手を加えたくないという思いが有るからなのだ。

 つまり、基礎工事が出来ないので、外の扉で囲まれた空間のサイズと中の拡張空間のサイズを同じにして、映像や風を素通しにする事によって、あたかもその位置に内部空間が存在している様に錯覚させている。外からの見た目の位置と内部空間の位置を感覚的に位置合わせした、というわけだ。

 そして、別荘は平らな拡張空間内に置く事によって、基礎工事を不要とした。


 スーザンの希望で中の別荘から外の景色を満喫したい、風を感じたい夜空を見たいという要望の他、外からもこの素晴らしい大自然の景色の中に建っている自分の別荘を眺めたいという、我儘も全部を満たすためにこうなったのだった。


 スーザンとアリエルの別荘を中に設置して、今度はアキラとユウキの別荘だ。

 そこから200m位離れた丘の上に、アキラとユウキの別荘は設置する事にした。といってもこちらは至って簡単に、丘の上にゴシック調のドアがポツンと立っているだけで、スーザン夫婦みたいに外から建物が見えないと嫌だなんて事は言わない。

 寧ろ二人の希望としては、見えない方が良いと考えている。ただし、場所が分からなくなると困るので、可視化した扉が一つだけ、草原のど真ん中に立っている形に成っている。別荘の目印はこれだけだ。

 扉の中へ入ると、拡張空間で壁を作って区切ったりフロアを追加したりして、空間自体が居住空間に成っている。勿論四方の壁と天井は窓に成っているので、中からは外の景色は満喫出来る。


 こちらの別荘も気に成るのか、暫くしてスーザンとアリエル夫妻が訪ねて来た。


 「ふうん、中から見ると、フィリップ・ジョンソンのグラスハウスみたいな感じなんだね」

 「これも素敵!」

 「でも、ちょっと露出狂っぽくない?」

 「なんだよ。外からは見えないんだから良いだろ!」

 「寝室はともかく、トイレやバスルームもこれって落ち着かなくない?」

 「意外と解放感? 偶に来る別荘だしね、慣れれば癖に成ったりして」

 「うーん…… そういうものなのか?」


 ここは滅多に人が来ない上に外からは中が見えない仕組みに成っているから良いが、世界中にあるガラスの家(日本にもある)って、住んで居る人はどういう心境なんだろう? ユウキは大学で建築学部を専攻していたのだけど、そこはいつも疑問に思っていたのだった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「別荘の件はもう済んだから、そろそろ脱走犯でも追い掛ける?」

 「GPSタグのルート記録情報を見ると、今は海岸の近くに居るみたい。途中の二か所にそれぞれ二~三日滞在しているね」

 「前線基地というか、侵略拠点みたいな場所が途中に在るのかもね」

 「行って見るか」

 「行くって、どうやって?」


 アキラがいとも簡単に行くと言うので、スーザンはまた歩いて追い掛けるのかと思ってうんざりした声を上げた。


 「車で行くよ、もちろん。今更徒歩で追い付く訳無いからね」

 「車って、オフロード車でも持ってるの?」


 スーザンの疑問ももっともだ。道が整備されてもいないこんな異世界の山岳地帯を抜けるのには、4駆のオフロード車でもないと無理だと思ったからだ。


 「いや、普通車…… ああ!」


 向こうとこちらの世界をいとも簡単に行き来しているユウキとアキラにとっては、道路を整備されている自分達の世界側を自動車で移動して、目的地付近でゲートを開いて異世界へ渡るというのは極普通にやっていて当たり前に成っていたのだが、それを知らないスーザンは、異世界を車で移動すると思った様だった。それを説明すると、成る程とポンと手を叩いた。考えてみればその通りなのだが、ちょっとした盲点だった様だ。


 「じゃあちょっとエルフの新村へ顔を出してから、戻ろう」

 「じゃあ、ここから新村への通路を繋げるよ。一か月ぶりだよね」


 通路を通って新村へ行って見ると、ツリーハウスが幾つか出来ているのが見えた。建設中の家も幾つかある様だ。簡素な造りなので、材料さえ有れば半月で1軒位簡単に造れてしまうそうだ。黒エルフ達が張り切って家造りをしている様だった。

 その様子を見ていると、ある一つの家から白黒エルフのカップルが下りて来て木の下で別れ、それぞれが別の異性の所へ行くと、その新しいカップルが別の家の中へ消えて行く。

 んんっ? と思って見ていると、どうやら他のエルフ達も似た様な行動をしている様だった。


 「ちょっと待って、ものすごーく風紀が乱れている様なんだけど……」

 「そういう人達同士を引き合わせたのだから、想定の範囲内でしょ」

 「全く想定していなかったと言えば嘘に成るけどさー、人数が足りれば普通になるものと思ってたよ」


 普通というのは何だろう? それもまたキリスト教圏の常識で、後天的教育による思い込みなのでは無いだろうか?

 四人がそんな会話をしながら茫然と突っ立って居たら、一人の黒エルフがアリエルを目ざとく見つけ、近寄って来た。


 「よう、そこのお嬢さん、今度は俺とどう?」

 「きゃあっ!!」

 「寄るな! 僕の妻だ!」

 「えっ? 妻? 何を言って…… あ! あんた達は!」


 声を掛けて来た黒エルフは、やっと恩人のアキラとその一行だという事に気が付いた様だった。


 「やあ、これは済まなかったな。あんたらだったのか」

 「ちょっと聞きたいんだけどさ」

 「何だい? 俺で分かる事なら何でも聞いてくれ」


 モラルが無くなったのかと思いきや、男の言動は至って理性的なのだ。しかもガツガツとした様子でも無く、怠惰で堕落した様な陰鬱な様子も無く、非常に穏やかな雰囲気でのんびりと幸せそうに暮らしている感じが伺える。

 村の中の様子も無法地帯化している様でも無く、争いや怒号も聞こえないし破壊の痕跡もゴミなどで汚れている様子も見られない。寧ろ逆なのだ。とても和やかで皆笑顔だし、村の中も清潔に保たれている。最初に言った様に、破壊どころか逆に建設途中なのだ。これはいったいどういう事なのだろう?


 「ああ、ボノボの社会だ」

 「えっ? ボノボって、あの猿の? 昔ピグミーチンパンジーって呼んでた?」

 「そう、そのボノボ」


 ユウキの言葉にアキラが確認する様に聞き返していた。

 正確には違うのかも知れないが、かなり近い文化形態に成ってしまっている様に見える。というか、新しい文化を創造してしまったのかも知れない。エルフなのに……

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