第177話 治療

 ダークエルフの村へ出ると、住民の男達は一斉にユウキを見て、吃驚びっくりした顔をした。

 アキラ達が戻って来たからというのもあるが、元の健康体に戻すのは絶望的だと思われたユウキがピンピンしてそこに居るからだ。


 「一体どう成っているんだ? 命が助かるだけでも有難いと言う状態だったのに」

 「オロに感染して回復する方法が有ると言うのか!?」


 ダークエルフの男達はざわついた。そんな話は聞いた事が無いのだから。

 一度オロに感染してしまったら、何とか命だけは繋ぎとめる事だけが唯一の方法だと信じていた。例え自我を無くそうと命さえ助かれば子を産み、次世代へ命を繋ぐ事が出来る。そう信じて今迄戦って来ていたのだ。

 それが、完全回復出来る道が有るのだという事が信じられない思いなのだ。

 今迄シャーマンの言う通りにしないと命が消えてしまうと本気で信じていた。言う通りにすれば、命だけは助かるが生きた人形の様に成ってしまう。究極の二択だが、命さえ助かれば子を産む事が出来る。エルフの未来が細いながらも繋がる。

 苦渋の選択だがシャーマンの言う事に従うしか選択肢は無かったのだ。


 「あるよ。魂魄の内のはくへのダメージだから、薬なんかで治療は出来ないんだ」

 「嘘だろ!?」


 男達は愕然とした。そして、徐々に怒りが沸き起こって来た。


 「あんのやろうー!!」


 男達はそれぞれが怒りの表情を浮かべ、洞窟の奥へ走って行き、シャーマンの男を捕まえて来て頭を地面に押さえ付けた。


 「痛い! 何をする!」


 シャーマンは激しい抵抗をしたが、屈強な大勢の男達に囲まれ、二人に両腕を押さえられ、一人に頭を押さえ付けられているので口を動かす事しか出来ない。

 その時、頭を押さえ付けていた男が有る事に気が付いた。

 頭にかぶっていた羽の付いた飾りを取ると、耳が尖っていない。しかも、髪の中を見ると頭皮が白い。


 「こいつ、人間だ! 肌に色を塗って耳を隠して俺達を騙していやがったんだ!」

 「何だと!?」


 シャーマンを名乗っていた男は裸に剥かれ、別の小さな洞窟に造られた牢へぶち込まれた。この後激しい拷問が待っているのだろう。

 何故人間がダークエルフの村へ潜入していたのか、あの薬の正体は何だったのか、何処から来たのか、オロについて何を知っているのか、聞き出したい事は山ほど有る。彼等の怒りは推し量る事すら出来ない。


 「頼む! 治療法を教えてくれ! いや、教えてください!!」


 ダークエルフ達はユウキ達の方へ向き直り土下座をして懇願した。


 「その土下座止めてください。恐いから!」


 ダークエルフ式の土下座は、地面に額を何度も叩き付けるというもの。額が割れ、血が飛び散る。出血量が多い程、誠意が多く込められているという事らしい。

 それを止められてしまったものだから、願いを聞き入れて貰えないものと勘違いし、男達は泣き伏してしまった。


 「お願いだぁぁ! 礼はお前達が望むものなら何でもやるから!」

 「わかった! わかったから!」

 「本当か!?」


 アキラは、涙と鼻水とよだれでぐしょぐしょに成った男達に纏わり付かれ、渋々了承してしまった。


 「ただ、喜んでいる所申し訳ないのだけど、必ず回復するとは限らないよ。感染してから時間の経っている人は難しいかもしれないし……」

 「ありがてえ! 恩にきる!」


 その言葉を聞いたエルフ達は、言質を得たとばかりに喜んだ。アキラが全部を言い終わらないうちに、気が変わって断られない様にと言葉を被せて来る。必死なのは伝わって来た。


 実はアキラは、あまり拠点の方に他人を連れて行きたくないなとは思っていた。だから、症状の軽い者数名だけを受け入れようかなと思っていたのだ。それを伝える前にさえぎられてしまったわけだが……

 というのも、あそこはこちらの世界でのマイホームみたいなもので、ロデムとアキラとユウキと赤ちゃん達の五人のプライベートな空間であり、ロデムと最初に出会った大切な場所でもあるからなのだ。

 サマンサやビベランが時々やって来るので、ちょっと騒がしくなってしまっているが、それはまだ許容の範囲だった。

 見ず知らずの人間を無条件に入れるのには少し抵抗があるのだが、今回は事情が事情なので止むを得ないとも考えていた。


 「うーん、それじゃあ……」

 『ちょっと待って!』


 アキラが返事をしようとしたその時、アキラの手に持っているスマホからロデムの声がした。


 『ボクはここに赤の他人を招き入れるのは反対』

 「でも、人の命が掛かっている事だから、ロデム、折れてくれない?」

 『ボクはこの場所を大事にしたい。赤ちゃんも居るし、外界の人間とあまり触れさせたくないんだ。どうしてもと言うなら治療はね、アキラが出来るよ』

 「俺が!? やった事無いよ?」

 『大丈夫。アキラは目の使い方に習熟している。アキラなら出来るよ』

 「うーん…… あんまり自信は無いけど……」

 『ボクが遠隔でサポートするからやってみて』

 「わかったよ、やってみる」


 ロデムとアキラの会話は日本語で行われていた為、スーザンやダークエルフ達には理解出来なかった様だ。

 会話を終え、通話を切ってからアキラはダークエルフ達の方へ向き直った。

 「俺が治療します。ここへ患者を連れて来てください」


 ダークエルフの男達は一瞬怪訝そうな顔をした。何処かに医者が居て、そこへ連れて行くのかと思っていたからだ。それを目の前のチャラそうな若い男が治療するという。

 この様な若造に本当に治療が出来るのか? 疑問は絶えないがやらせてみるしかない。

 事実、目の前に元気に回復した実例が有るではないか。この症状は治せるのだ。

 やらせてみて駄目だったら、それはその時に考えればよい。どうせこれ以上悪化する事は無いのだから。


 皆が一瞬でそう判断し、ダークエルフの男達は一斉に走った。あるものは洞窟の奥へ、あるものは他の洞窟へ。

 そして、それぞれが若い女を抱えて戻って来た。全部で八人のダークエルフの女がアキラの目の前へ運び込まれた。

 女達はどれも寝起きの様な虚ろな目をして、言葉も喋れずにアヒル座りでペタンと座り込んで、焦点の合わない目で虚空を見つめている。


 「これで全員なの?」

 「いや、まだ居るが、感染後あまり時間が経っていない者を集めて来た。さっきそう言っていただろう?」


 確かに言った。責付せっつかれて咄嗟に言ってしまった言葉なので、自分の中に残っていなかった様だ。

 気を取り直して、アキラは一番手前の少女に向き直った。尤も、少女と言っても若く見えるだけでアキラよりもずっと年上なのだろうけれど。


 ダークエルフは性的に奔放な種族だとは聞いていたが、確かに外見からしてエロフだと思った。スリムで手足はすらっと細く長いのに胸やお尻が大きく、腰がくびれている。明らかに白エルフの女とは体形が違うのだ。こんなのアニメかフィギュアでしか見た事が無い。

 エロさで言えば白エルフのあの女達も大概だとは思ったが、あちらはマインドがぶっ壊れているだけで、体の方はアキラの食指が動く程ではなかった。だが、この女達が彼女らに匹敵する感性を持っているとしたら自分を抑えられる自信は無いかもしれない。

 かろうじて自分を保ち、スーザンの方に目をやると、呆然として鼻血を流していた。


 「お前は結婚したばかりだろうが!」

 「いや…… ごめん」


 アキラは今ここにアリエルが居なくて本当に良かったと胸を撫で下ろした。まあ、アキラの方も側でユウキが見ていなかったら、ちょっとヤバかったかも知れない。


 アキラは、スマホを片手に右手をエロフもとい、ダークエルフの少女の額に右手を当てた。


 『じゃあ、開始するよ』

 「わ、わかった」


 意識を集中し、まずは薬物で機能障害を負った脳の修復から取り掛かる。

 ロデムのサポートにより、誘導され最適化されたアキラの目の能力が高まる。

 視界が歪み、ロデムの四次元的視覚を共有している様だ。まるで魚眼レンズで覗いている様に、真後ろで覗いているユウキやスーザンの姿も見える。全周囲が一つの視野の中に納まっているのだ。

 そして、立体感もなんだかおかしい。いや、立体感だけじゃない。遠近感も何もかもが異常で、エルフの少女の後頭部側、つまり死角に成っている部分まで全部見えている。そして、自分の姿も第三者視点で見ている。確か、薬物中毒に成るとこんな風に見えるとか聞いた事が有るが、正にそんな感じなのだ。

 アキラは、酔いそうに成るのを必死に堪え、今治療しようとしている少女に集中しようとした。

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