第176話 マッドな科学者達

 「ちょっとロデム助けて!」

 『ボクもちょっと興味あるな』

 「うそでしょー!?」


 もしも骨ごと砕かれたとしても元通りに修復出来るとはいえ、痛いものは痛いのだ。骨折の激痛なんて誰でも体験したくはないだろう。


 「はいこれ」

 「もが!?」


 あきらは割り箸に布巾を巻き付けた物を優輝の口に咥えさせ、ストレージからハンマーを取り出してアリエスに手渡した。

 なんとそれは、大工さんが使うトンカチみたいな物ではなく、工事現場などで使う様なスレッジハンマーだった。

 何であきらはそんな物を持っているのだ!?

 優輝は絶望した。ここには味方は一人も居ない。

 床に、肩と手首をあきらとデクスターに押さえ付けられ、アリエスがスレッジハンマーを振りかぶる。

 ロデムだけは味方だと思っていたのに、傍で腕を組んで興味深そうに眺めているだけだ。


 今の優輝の力なら押さえ付けている二人を跳ね飛ばす位は造作もない事なのだが、女性にそんな事をしたら大怪我をさせてしまいかねない。

 優輝は諦めて目を閉じた。


 「てぇーい!!」


 アリエスは渾身の力を込めて、優輝の肘と手首の間辺りを目掛けてスレッジハンマーを振り下ろした。


 ガキーン!!!


 金属がぶつかる様な音がして、スレッジハンマーは跳ね返された。

 優輝の腕はなんとも無い。ハンマーの当たった場所にちょっと擦った様な汚れが付いただけだった。


 「あれ? 全然痛くない……」

 「やっぱりね。もしかして弾丸も跳ね返すんじゃないかしら?」

 「止めてくれ! 冗談だろ!?」

 「流石にそこまではしないわよ。でも、どこまで耐えるのか興味は尽きないわ。日本じゃ銃は撃てないし」

 「日本ではね」


 優輝は背筋に冷たい物が走った。


 「そんなの調べなくたって、バリアが有るんだからいいだろ!」

 「まあ、そうなんだけどさ、科学的興味をそそられるじゃない」


 科学的興味の前には夫の身の安全なんて何とも思わないのか。優輝は絶望した。


 「なんとも思わない訳じゃないわよ。絶対に大丈夫だと確信していたからやってみただけで」

 「そうそう」


 あきらがそう言うと、デクスターは同調して頷いている。その横でアリエスとロデムも頷いている。

 どうやらここにはマッドなサイエンティストしか居ない様だ。優輝は絶望した。


 「それにしても、俺の体って一体どうなっちゃってんだろ? ダイヤモンドって衝撃には弱いイメージが有るけどな」

 「それは結晶のダイヤモンドね。鉱物には劈開へきかいといって、一定方向へ割れ易い性質があるのだけど、優輝の体のダイヤは最小単位のダイヤモンドだから、それ以上は割れないの」

 「そして多層に重なったネットによってダイラタンシー効果が生まれ、衝撃は分散され、CNTのネットへ流れて吸収される」

 「これが人工的に再現出来るなら、柔らかく柔軟性に富み、布の様に薄くて軽いアーマーが作れるんだけどな」

 「金の匂いしかしないわね」

 「ロデム助けて」


 セリフ割りで解説しながら、瞳を円とドルマークにしてあきらとデクスターがにじり寄ってくる。

 優輝はロデムの後ろへ逃げて隠れた。


 『まあまあ二人とも。優輝が本気で嫌がっているみたいだから勘弁してあげて』

 「だってこんな研究素材、二度とお目に掛かれないかも知れないのに!」


 研究素材…… 素材と言い切りやがった。


 『でも、速度は遅いけど、あきらの方にも似た様な現象は起こり始めているんじゃない?』

 「そうだぞ! 研究するならあきらにしろ!」


 ロデムと優輝のその一言で、アリエスとデクスターはあきらの方を見た。


 「え? ……ちょっと、うそでしょ?」

 「未だ変化途中のあきらの方が、研究素材としては有用性が高いぞー。それに、まだ注射針も刺さると思うよ」

 「優輝!?」


 思わぬ反撃に、あきらは後ずさりした。


 「あきら君、ちょっと研究所ラボの方へ行かないか? 血は1リットル位抜いても大丈夫よね?」

 「えっと、血液量は体重の13分の1で、その20%で失血性ショック、30%で命の危険があるそうです」

 「命の危険のギリギリなんですけど!?」

 「大丈夫大丈夫。あなた達死なないそうじゃない」

 「え? ちょっと待って! 優輝!?」

 「行ってらっしゃーい」

 「うそでしょー!?」


 アリエスとデクスターに両脇を抱えられ、あきらはラボの方へ消えて行った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 半日後、あきらは、まるで乱暴でもされたみたいにボロボロに成って帰って来た。


 「そんなに成るまで協力してあげたんだ。嫌ならバリア使えば良かったのに」

 「元々フューマスの研究所には私の事は好きに研究して良いって言ってあったのよね」

 「でも嫌なら断る事だって出来るんだろ?」

 「出来るわけないでしょ。優輝にやらせといて自分だけ逃げるなんて」

 「馬鹿真面目だなぁ」

 「なによ、他に言う事無いの?」

 「愛してる」

 「私も」


 その後二人はめちゃくちゃ食いまくった。

 一体どれだけの血を抜かれたのだろうか。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「準備万端! 今度こそオロにリベンジだよ!」


 数日後、体力も回復したので再び大陸のダークエルフの村へ行く事にした。

 優輝、あきら、デクスター、アリエスの四人は、オロにリベンジしに行く為に再度御神堂家のリビングへ集まった。

 今度は優輝のスマホにも絶対障壁のアプリをインストールしてある。


 「それにしても、この絶対障壁とかいうエネルギーバリアが呪詛攻撃にこれ程効果があるとは意外だったね」

 「元々魔法使いが作ったバリアだから、寧ろ魔法を防ぐ方が本来の用途なのだわ」

 「その魔法の道具を作った人物に是非とも会ってみたいものね」

 「まあそのうち会えるんじゃないかしら。今は何処にいるのか分からないけれど」

 「ふうん……」


 魔法の道具を作った謎の監視者。

 あきらや優輝と似た様な理念を持った謎の人物に何時かは会えるのだろうか?


 三人はオロに対抗するために考えられる、ありとあらゆる対策を用意して来た。

 あきらと優輝は、スマホのストレージが有るので幾らでも物を持ち運べるのだが、デクスターはそういった手段を持っていない。なので、あきらはデクスターのバトルスーツ、これは変身術で変形させる服の方では無く、オリジナルに仕立てた物なのだが、それの両脇腹と腿の両側と脛の両脚の側面、そして胸に小さな拡張空間の入り口をセットし、そこに物を収納出来るように細工をしたのだった。

 両脇腹の物は、ポケットの様に取り出せる様に、それの大容量版。両脚の物は、カーゴパンツのポケットの様に、そして胸の物は、開口部が大きく長い物を仕舞える様に、奥行きがやや深めに作ってある。あまり広く深く作ってしまうと、手を突っ込んで取り出せなくなるかもしれないからだ。


 これは、以前にサマンサが同様の事をやっていたのを思い出してやってみたのだが、ロデム謹製の拡張空間は、他の拡張空間の中に入ってもゲートを潜って世界間を移動しても外れる事は無いという事実が判明し、デクスターの為に特別な一張羅を仕立てたのだった。ただし、男物なので向こうの世界へ行ってから着替える必要が有る。


 四人とロデムに抱かれた二人の赤ちゃんは装備と持ち物を確認し、ゲートを潜ってロデム空間の拠点へ移動した。


 「じゃあ、打ち合わせ通りに、ロデムとアリエルはここでお留守番ね」

 「あーあ、わたくしも御一緒したかったですわ」

 「仕方無いよ、あの呪詛攻撃は女性の方がダメージが大きいらしいから」

 「ユウキでも一発で昏睡しちゃったんだから、そんな危険な目には合わせられないよ。大人しくここでロデムと一緒に赤ちゃん達の面倒見ててね」

 「分かりましたわ。ロデム様、宜しくお願い致します」

 『よろしくね、アリエル』

 『よろしくね、おねえちゃん』

 『おねえちゃん、おっぱいでる?』

 「で、出ませんわ! ……まだ」 


 ユウキとアキラとスーザンの三人は、くすりと笑い、ダークエルフの村の在る洞窟へと移動した。

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