第9話 金塊
「ちょっとアキラせんぱ…… アキラ、これ見て! 凄いよ!」
「そこは女の子らしく、すごいわ! と言って欲しい」
「いやもー、現実で『何々だわ』とか女言葉使う女子は今時居ませんって」
「わた、お、俺は使ってたのに。まあいいわ、ぜ。で、何が凄いの?」
「これです、この【Rodemsストレージ】ってアイコンのアプリ」
ユウキが指差すそのアイコンは、ロデム御謹製のアプリだ。アキラは自分のスマホを見ると、同じアプリがインストールされていた。
「これって、写真ストレージのメモリー残量を見るアプリなんじゃないの?」
「それが違うんですよ。ちょっと見ててください」
ユウキは、そのアプリをタップして起動すると、画面に[格納]と[取り出し]というボタンが表示された。
格納ボタンをタップすると、『アプリがカメラへアクセスする許可を求めています』という表示が現れ、OKタップすると、カメラが起動する。
カメラをリュックへ向けると、認識機能が働きリュックの輪郭がハイライトしている。
「これでシャッターボタンを押すとですね」
カシャッという音と共にリュックがパッと消えた。
「あれっ!? リュックは?」
「この中ですよ」
ユウキはスマホをひらひらと片手で振って見せた。
先程のストレージのアプリを再びタップし、今度は取り出しボタンの方をタップすると、そこにはサムネイル化したリュックの写真が入っていた。
「これ、普通のフォトギャラリーと何が違うの? え? まさか!」
「そのまさか、ですよ」
勘の良いアキラはそれが何を意味しているかを察した。
ユウキがリュックのサムネイルをタップすると、カメラのレンズを向けた先にリュックがパッと出現した。
「なにこれすごい!」
「これからは荷物を持ち歩かなくても、全部スマホに入りますよ」
『正確には荷物はボクの居る空間にやって来るんだよ。スマホのサムネイルはインデックスなんだ』
「それでも十分凄すぎる機能だわ、ぜ! ロデム大好き」
『ボクもアキラが大好きさ』
他にも幾つかのアプリが追加されていた。
【Rodems空間拡張】これ、すごく気に成る。
多分、文字通り空間を拡張するアプリなんだろうけど、“こっちの世界”という広大な空間を手に入れた今となってはあまり意味が無い様にも思えた。
日の出までまだまだ時間が有りそうなので、この安全地帯と呼んでいたロデムの体内を探検する事にした。
花畑や水場の綺麗な緑の苔を踏み荒らすのを躊躇ったが、悪意を持って意図的に傷つけたりしない限りは歩いた程度では直ぐに再生する事が分かった。
歩き回ってみると意外と広い。
野球場位の広さはありそうだ。
「あのね、私、拠点をここに移そうと思うの」
アキラがキョトンとした顔でユウキをじっと見つめ、ぼそっと一言漏らした。
「いい……」
「な、何だよ! 結構恥ずかしいんだぞ! それにあんまり慣れ過ぎてついうっかり向こうで出ちゃったら人生終わる! もう止める!!」
「いやごめんて、あまりにも可愛かったからつい。止めないでー!」
浅い小川の中に入り、向こう側へ渡ろうとした時に、アキラは水の中にキラリと光る物を見付けた。
「あっ、これっ!! やっぱりそうだ! 見て!」
水の中からそれを拾い、興奮した様子でそれをユウキの方へ差し出した。
それは砂金ならぬ小石金だった。
「あっ! こっちにもある! あっちにも!」
アキラは目の色を変えて拾いまくった。
『あーそれ、ボクの老廃物なんだ。ちょっと恥ずかしな』
「胆石とか尿管結石みたいなもの?」
「どっちかというと、う〇こ?」
アキラはポロっと金を落とした。
「えっ? じゃあ、この川って……」
深く追及するのは止めようとアキラは思った。
正確な意味ではそうではないのだが、ユウキの言ったその言葉に思わず金を川に捨ててしまった。
しかし、
「体内だ排泄物だ何だって言うから反射的に捨てちゃったけど、金は金なのよ。この川だって、成分を分析してみないと正確には分からないけど、普通に透明度の高い清流だよね。臭いも無いし。」
『排泄物じゃなくて老廃物って言ったんだけどな』
「ユウキがう〇ことか言うから悪いんじゃない!」
「逆に考えよう。この金がロデムの老廃物だと言うのなら、いくら拾っても無く成らないって事なんだよ? 私達大金持ちって事じゃん」
「そ、そうだよね!」
二人で欲の皮を突っ張らせて拾い集める事一時間、一人片手一杯程もの小石金を集める事が出来た。
「ふう、一人1kg位拾ったかな?」
「そうだね、今の時価での金の買取価格を調べると、う~ん……」
「どれどれ? 760万円! う~ん……」
ユウキがスマホで買取価格を調べて目を回し、アキラもそのスマホを覗き込んでユウキの隣にわざとらしく倒れ込んだ。
「あはは、俺達大金持ちじゃん。時給760万円」
「うふふ、そうね。あ、私達言葉が戻ってる」
金はアキラが後で向こうで換金する事になり、アキラのストレージへ格納した。
「そう言えばさっき、拠点をこっちに移すとか言ってたじゃない?」
「あ、そうそう。向こうのアパートを引き払って、こっちに住んじゃおうかなって思って」
「えっ? 大学はどうするの?」
「ここから通おうかなって思ってる。アパートよりこっちの方が近いんだよ」
「近いって言ったって、途中怪物も出るっていうのに」
「でもさ、月7万円の家賃が浮くと思えば」
「そうだけど…」
アキラは大学のすぐ近くにアパートを借りているので、近さで言えばアパートの方が近い。
でも、ユウキがここに引っ越すというのであればともちょっと思ったのだが、今はそれは保留という事にした。
「だってそれ同棲じゃん」
「え? 何?」
ユウキの後ろを歩きながら思わず独り言が口から出たが、ユウキには良く聞こえていなかったみたいでアキラはホッとして真っ赤になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日が昇り、森の中が明るく成るにつれ、色々な事が分かって来た。
まず、二人が安全地帯と呼んでいるロデムの体内だが、外側に出て見ると左右奥行き共に3m位しか無いのだ。これは四次元構造の不思議だ。
それと、小さな小川が森の奥から流れて来ていて、ロデムの中を通り抜けて反対側へ流れて行っている。その先はちょっとした淵に成っていた。
ユウキはそれを見て、暗闇の中で水へ落ちなかった事に胸を撫で下ろした。
怪物に追われて落水しなかったのはのは本当に幸運だった。
そして、ロデムの体内に偶然逃げ込み、彼(彼女?)に出会えた事を今は神に感謝した。特に特定の神に信心が有る訳では無いのだが、とにかく名も知らぬ運命の神に感謝した。
多分、その時に重症を負ったユウキを治療し、五日間もの間看病していたという事実が、命の恩人のロデムへの警戒心を解いている理由だろう。
「取り敢えず今日の仕事は、ゲートまでの道を整備する事」
「了解。要するに草刈りね」
ユウキとアキラは、それぞれ手に持ったククリと剣鉈を使って、幅1m位の幅で藪を切り開きながら進んだ。
来る時に軽く人一人分位の幅で払って来てはいるのだけど、もうちょっと荷物を運びやすく…… これは予期せずに手に入った格納アプリのお陰で必要無くなってしまったのだけど、もう少し歩き易くしたいなという事で道を整備しようと考えたのだ。
しかし、道の半分も来ない内に二人とも音を上げる事になる。700mの距離を草刈りしながら進むのは、普通に考えてかなりの重労働だからだ。
「これは…… 無理」
「うん、半分の幅にしても何日もかかるかも」
二人は近くに在った岩に腰を掛けて作戦を考える事にした。
「いっそ除草剤撒いちゃう? それとも向こうで草刈り機を買って来ようか?」
「そうだなー、除草剤が現実的かな? 何時でも好きな時間に行き来出来ると良いんだけどなー お昼過ぎちゃったから一旦戻ろう」
「そうだね」
二人は立ち上がり、ロデムの元へ戻ろうとした。
そのまま歩き出そうとするアキラをユウキが止めた。
「何? どうしたの?」
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