第10話 駅の改札問題

 「居る。あいつらが近くに!」


 何がと聞くまでも無く、アキラにはそれが分かった。

 ユウキの勘を信じたというより、何か分かってしまったのだ。


 「走れ!」


 二人は全力で元来た道を引き返す。幸い、半分も来ていなかったので300m程度の距離だ。

 その時、横の藪を突き抜けて三体の子供位の背丈の緑色の怪物アレが現れた。


 「ゴブリン!」


 アキラはその怪物を知っている様だ。


 「ゴブリンなら、雑魚モンスターでしょ」


 立ち止まって迎え撃とうとするのをユウキは止めた。


 「駄目だ! 強い!」

 「そんな」


 アキラはゲームや漫画の常識でそんな事を言ったのだが、実際の野生動物が人間より弱い訳が無い。

 例えば、チンパンジーやオランウータンはこいつらと同じ位の大きさだが、チンパンジーの成体の握力は300Kgとも言われているし、オランウータンは、人間がスパナできつく締めた檻のボルトを指先で簡単に回して外してしまう程だ。これは実際に飼育現場の人から聞いたので、本当の話だ。

 野生動物が強いというよりも、人間の方が貧弱過ぎるのだ。筋肉の質そのものが全く違う。人間はどんなに鍛えた人でも、握力300Kgなんて出ないだろう。人間の筋肉は退化し過ぎているのだ。


 ゴブリンはそれに加え、棍棒等の武器を扱う程度の知能も有る。何の訓練もしていない人間が勝てる道理が無い。

 現にユウキは前回に腕をへし折られ、瀕死の重傷を負わされた。


 いったいゴブリンが雑魚だなんて何処のどいつが言ったんだ! 某国民的有名ゲームに引っ張られすぎだろ!

 ユウキは日本人にそれを常識として植え付けた奴を小一時間問い詰めたいと、今心の底から思った。


 アキラが立ち止まってしまったせいで、ゴブリン達に追い付かれてしまった。

 アキラの頭部目掛けて振り下ろされる殺意の篭った棍棒に、一般女子(元)が反応出来る訳も無く、棒立ちに成っている。

 ユウキは、アキラを守る為にその間に割って入り、ククリの幅広のブレードを平に構え、下に左腕を添えて盾代わりにして打撃を受けた。

 打撃の瞬間、ユウキはまた左腕折れたなと覚悟したが、運良く斜めに当たったらしく、上手い具合に衝撃を受け流す事が出来た。

 そのまま体制を崩したゴブリンの棍棒を払い落そうと、持っている手にククリで切り付けた。


 棍棒は、ゴブリンの指と共に、大根でも切るかの如く軽い手応えで切断された。

 これにはユウキもびっくりしたが、今はそんな場合じゃない。呆けて棒立ちに成っているアキラの手を引いて走り出した。


 怪我をしたゴブリンは痛みに蹲っているが、残りの二体は後を追って来る。

 あとちょっとで追い付かれるというタイミングで、ユウキとアキラはロデムの中へ逃げ込む事に成功した。

 ゴブリンは、中までは追って来なかった。


 座り込んで息を切らせた二人は外へ目を向けると、ロデムの体内と外との境界面を前に立ち尽くすゴブリンの姿を見た。

 ゴブリンは暫くキョロキョロと辺りを見回した後、怪訝な表情で立ち去ってしまった。

 ユウキはあの時もこんな具合に助かったのかなと思った。


 「連中、ここが見えてない?」

 「見えないというよりも、視界には入っていても認識出来ないのかも」


 二人は安堵し、その場にへたり込んでしまった。


 「ふう、ゲートがもっと近くに開けば良いのにね」

 「うーん、ここに住むと言っても、行き帰りが結構危険なんだよなー」


 『頑張れば開けるんじゃないかな?』

 「どう頑張れば良いのか分かりませぬ」


 ロデムが気楽に言って来るけど、頑張るにしてもその方法が皆目見当も付かない。


 「まあ、追々考えていきましょう。私、いや俺も一緒に考えるからさ」

 「だな。ゲートが任意の場所に開けるなら最高なんだけど、今は開く時間を何とかしたいよ」

 「そうねぇ、毎回深夜に森の中を700mも移動するのは危険だものね」

 「それに、駅の構内に入らなければ成らないっていうのも、毎回料金が掛って煩わしい」

 「それも含めて後で対策会議を開きましょう」


 「さて、と、じゃあ終電の時間まで何してようか」

 「取り敢えずタープを張る」

 「あ、やっぱり張るんだ」


 二人は、ロデムの影の近くにタープを張り、その前にキャンプ用テーブルを組み立てて置いた。

 タープの下には、寝袋を出す。

 普通は地面にマットを敷くのだけど、地面は全く冷たさを感じないし、草原なのでクッション性も良いので寝袋はそのまま草の上に出した。


 「封筒型寝袋は、中で寝返りが出来るので楽なんだよね」

 「いいなー」

 「でも、ここに来て思ったんだけど、空調が完璧なので寝袋すら要らない気がする。そのまま草の上に寝転ぶだけで全然快適なんだけど」

 「私も思った。ロデムの体内、ヤバい位快適」


 二人は暫く横に成って喋っていたが、いつの間にか二人共スースーと寝息を立てていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「アキラ先輩、アキラ!」


 アキラは、はっと目を覚ました。いつの間にか眠ってしまっていた様だ。

 この空間はあまりにも快適過ぎる。


 「そろそろ終電の時間に成るから服を交換しないと」

 「あ、そうだね、わた、俺はまだ良いけど、ユウキが社会的に死んでしまうからね」


 アキラは起き抜けに冗談を言える程頭の回転が良いみたいだ。流石にリケジョは違う。

 ユウキがぱぱっと服を脱いで渡すと、アキラは何故かモジモジしている。

 そして、ユウキの方をチラチラ見ながらしゃがみ込んでしまった。


 「どうしたの?」

 「あ、そのう…… 下着は後でいい? 今はズボンとシャツだけで」

 「? どうかしたの?」

 「と、とにかく、お願い!」


 ユウキは察したのか、下着を再び着けてシャツとズボンだけを交換する事にした。

 アキラはモジモジと後ろを向いて着替えている。


 「早く早く! 終電が来ちゃう!」

 「わ、分かってるってば!」


 「それじゃロデム、また来るからね!」

 『また来てねー』

 「ロデムって、そこはかとなく可愛いよね」


 着替え終わり、ロデムにまた来る事を約束して二人は走った。

 またゴブリンと遭遇するのを避けたいという気持ちも有るが、アキラが着替えに戸惑ったせいで時間が押してしまったからだ。

 ゲートが開く地点の目印のロープの所へ辿り着いたのは本当にギリギリで、直ぐにゲートが開いた。

 二人はそこへ飛び込んだ。


 「あぶな! これ逃したらまた明日に成る所だったわ」

 「実はまだもう一関門あるんですよ」

 「え? どういう事?」


 優輝はうんざりという表情で言った。

 あきらは直ぐにそれが何かを知る事になった。


 「入場時間が昨日になってますよ。あっ! また君かい! そっちも?」


 二人して入った時間と出る時間の記録が合わないと、ちょっとした騒ぎに成りかけてしまった。

 結局、あきらも優輝もすっとぼける事で事その場を切り抜ける事にした。

 改札の機械の故障なのかスマホの故障なのか判明しないのを口実に、優輝は定期だったのでそのまま通過させてもらい、あきらは同じ駅を利用したという優輝の証言を信用してもらい、一区間分の料金を支払って出る事が出来た。


 「毎回このトラブルは起こせないわね。何か考え有るの?」

 「それなんだよなー。ゲートの開く条件さえ解れば良いんだけど」

 「ちょっとウチ来ない? どうせもう終電無いんだし、作戦会議を開きましょう」


 「ごく普通に家に呼んでるけど、俺が異性だという事を完全に忘れて居るよね」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「さあ、上がって上がって、コーヒーで良い?」

 「うん、じゃあ……」

 「ブラックでしょ、分かってるって」


 あきらは、アパートに着くとすぐにコーヒーミルをガリガリやりだした。

 豆から挽いて淹れると流石に香りが良い。

 コーヒーが入ったら、テーブルに向かい合って座り、今後の方針を話し合う。


 「もう、私抜きは無しだからね。既にロデムとの契約もしてしまってるし」

 「分かってますって」


 偶然異世界へ紛れ込んでしまい、少なくとも一万年以上も独りぼっちでずっと過ごしていたロデムの事を考えると、今更ハイさようならって事は考えられない。

 友達契約した時に流れ込んで来たロデムの嬉しそうな感情を裏切るなんて、優輝は到底不可能だと感じていた。それはあきらだって同じ筈だ。

 筈だというか、同じ気持ちなのは分っていた。

 どういう事かと言うと、三人で友達契約をした時に、ロデムと優輝、ロデムとあきらの個別契約ではなくて、三人の魂の融合契約だったからなのだ。

 つまり、優輝とあきらの魂も一部融合している。だから、お互いの気持ちは言葉を介さなくても通じてしまうのだ。


 これ、夫婦よりも強い絆なんじゃないかと優輝は思った。

 あきらの方を見ると、びっくりした様な顔をして顔を真っ赤にしている。


 優輝は、(あ、これはお互いに一生隠し事の出来ない関係になってしまったんだ)と感じた。

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