第8話 友達契約
「うわ、何かヤバそうな事言い始めた!」
「契約なんてしないわよ!」
『ええぇ……』
「いや、契約なんてしなくても友達には成れるよ?」
『そうなのかい? ボクの居た所では、友達契約というのがあったよ。色々とメリットがあると思うんだけどな。そもそもキミ達が安全地帯だと思っているここは、ボクの体内だよ?』
「契約しないとここを使わせてくれないの?」
『そういう訳でも無いんだけどね。色々とお互いにメリットが有るんだ』
「メリット? まさか、敢えて言わないデメリットが有ったりしないでしょうね!?」
ユウキとアキラは、契約という言葉に過剰反応した様だ。
無理も無い、日本というか向こうの世界では、内容も良く確認しないままに契約したりはまずしない。したとしたら大馬鹿者だからだ。
『良いよ、頭の中に情報を流し込もうか。キミ達の使う言語という物は、情報密度が低過ぎて伝達ミスが起こり易そうなんだ』
「じゃあそれで」
「ちょっと! その時洗脳なんてされないでしょうね!」
『しないよ』
「大丈夫だよ。ロデムから悪意は感じないし。信用出来ると思うんだ。何と無く勘だけどね」
「危なっかしいわね。ちょっとでも違和感を感じたら、すぐに止めて貰うわよ!」
『了解だよ』
その後お互いの合意の元、ロデムから俺達の脳へ直接情報が流れ込んで来た。これはテレパシーみたいな物なんだろうか。
それによると、契約というのは、書面による約束の事では無くて、魂同士の結びつきでお互いにそのリソースを共有する為の誓約の事だそうだ。
ロデムと契約するとその能力の一部を使う事が出来る様に成るとの事。
アキラ先輩が目を輝かせた内容の一つは、エネルギーの流れが見えるというもの。科学に携わる者にとって、垂涎の能力らしい。
例えば、化学反応も物理実験も、エネルギーの流れが見えるなら、成功を導き出すのが容易に成るからだ。
今までの様に何千何万という実験のトライアンドエラーを繰り返さなくても、エネルギーの流れさえ見えるなら、正解に辿り着ける確率は格段に上がるだろうと予想出来る。
スーパーコンピューターで計算するまでも無く、これこれこうすればこういう反応を起こせると目視出来てしまう、科学者にとってチート能力と言っても過言では無い。
ユウキにしてみれば、この場所をずっと使わせて貰えるだけで良かったのだが、ロデムの能力や知識を一部使えると言ってもあまりピンと来ていなかった。
反対に、対価としてロデムが欲しいのは、二人の知識と、話し相手としての友達と、少しばかりのエネルギーだそうだ。こちらへ来る度に一人につき2%程度のエネルギーが欲しいとの事。
「エネルギーって、生体エネルギーって事?」
『キミ達はエネルギーに名前を付ける様だね。生体エネルギー、電気エネルギー、核エネルギー…… でも、エネルギーに種類は無いよ』
「質量のエネルギーだとすると、体重50Kgの人なら1Kg相当か、結構持って行かれるのね」
『いや、物質を奪ったりはしないよ。くれるというなら貰うけど』
「一日に排泄物としてその位は出ているんじゃない?」
「スカトロマニアか! それはちょっと乙女として受け入れがたいわ!」
「アキラ先輩、今男じゃん」
「そうだけどー!」
『質量なら何でも良いよ。でもそれよりも、魂から余剰分を貰えると嬉しいな』
「え? 魂を少し齧られるの? それはそれで気持ち悪いんだけど」
『それなら心配は要らないよ。キミ達は既に通常より多くのエネルギーを持っているから。アキラは二倍、ユウキに至っては六倍の量を持っているよ』
「えっ? どういう事なの?」
『キミ達の脳をスキャンして得た知識で、キミ達に解り易い言葉で言うと、輪廻転生というのがある。魂のエネルギーは、生まれ変わる毎に一人分ずつ追加されるんだ。輪廻転生つまり生まれ変わりは、魂のエネルギー総量を増やして行く仕組みなんだよ』
「生まれ変わりを一回二回と重ねる毎に、魂の経験値が一人分二人分と増えて行くという事かな?」
『うん、大体そんな認識でも合ってるよ。でもこの場合は、輪廻転生のクイック版みたいな感じかな。キミ達がゲートを潜る度に体の質量はエネルギーに変換されて魂に加算される。そして渡った先で新たに体が再構築されているんだ。つまり、ゲートを潜る度にキミ達は輪廻転生している様なものなんだよ。アキラは一回、ユウキは五回潜っているので、今のその量に成っているね』
「マジか……」
『身体能力が上がったとか、頭の回転が良くなったとか、アキラはまだ実感は無いかも知れないけど、ユウキは何かしら自覚が有るんじゃないかな?』
「そういえば、神田君の精密検査の結果!」
アキラは、優輝の診断結果が軒並み通常値を上回っていたのを思い出した。
「性別が反転するのは?」
『魂には本来性別が無いので、輪廻転生する度に男女交互に生まれ変わるという説もあるそうだよ。ボクは初めて見たけどね』
「そうなのか?」
明確な答えは無くて、何かふわっとした答えだった。高次元生命体だからといって何でも知っている訳では無いのだろう。
どうやら向こうの世界では、
体の重心とか、筋肉量とか関節の可動域とか生理現象、細かい事を言うと物事の認識の仕方や情緒なんかも少し違ってくるみたいで、少しの間慣れる必要があるのかもしれない。
『じゃあ、契約成立って事で良い?』
「ちょっと待って、譲渡するエネルギーの上限を一人分までって決めてもらって良いかしら?」
「どういう事? 2%位ケチケチしなくても」
たった2%、全エネルギーの百分の二ぽっちなのに、ずいぶんとケチ臭い事を言うなと思ったからだ。
友達ならその位あげても良いんじゃないかと思ったのだ。
「2%という事は、魂の総量が百人分に達した所で私達は成長出来なくなるの」
「えーと?」
「つまり、行き帰りで二人分増えてるでしょう? でも、百人分に成った時点で譲渡されるエネルギーも二人分に成ってしまうから」
「そっか、百人分まで増えたら頭打ちになってしまうのか。それじゃ、結果的にロデムも損なんじゃないか?」
「そもそもあなたは何でエネルギーが必要なの?」
『ああ、それを説明して無かったね。何も永久に貰おうという訳じゃないんだ。ボクはこの世界へ来てから何万年という歳月の中で、魂のエネルギーのかなりの部分擦り減らしてしまっている。今ではもうこの場所から動けない程に衰弱してしまっているんだ。でも、ボクも何時かは元居た世界へ帰りたいと願っている。そこへ来たのがユウキさ。知的生命体の魂のエネルギー量は膨大だ。ボクはそれを分割譲渡してもらう事により、回復する事が出来るのさ。そうすれば、やがて自由に動き回れる様に成るし、最盛期の力を取り戻せれば、キミ達から貰わなくても自力で何とか出来る様に成るよ。そうなれば逆にボクの方からキミ達へフィードバックしてあげる事も出来る様に成るよ」
「ああ、そういう事なら……」
「ちょっと待って、ロデムの計算では何回位で完全回復出来そうなの?」
『そうだなー、一万回位かなー』
「毎日来たとしても27年掛かるんですけど!?」
「まあまあ、一日に何回も往復すれば良いじゃないか」
「ユウキは呑気すぎるわよ! 自転車操業よ! 貧乏生活一直線よ!」
「そうは成らないと思うんだけどなー。百人分で止まったとしても、百人分って凄い事だよ?」
「そ、それはそうなんだけど……」
『それと、ユウキの能力にも興味があってね。解析させて欲しいんだ」
「ユウキの世界を渡るゲートの能力ね」
『そう、キミ達からエネルギーを少しずつでも貰えれば、やがて自由に動き回れる様に成るだろう? そうすれば、そのうちユウキ達と一緒に世界を渡る事も出来るのかも知れない。ユウキ達とボクが力を合わせれば、やがて自由に世界を選んで移動出来る様にも成るかも知れない。そして何より嬉しいのは、友達と一緒に居れば独りぼっちの寂しさからは解放されるという事』
「あ、うん、エネルギーを取られるというのがどんなのか分からないけど、俺は良いかな。ロデムとは友達に成りたかったし。アキラ先輩もそれで良い?」
「ええ、仕方ない、ユウキが良いならそれで良いわよ」
『承認ありがとう! では開始するよ』
ロデムはユウキとアキラを球体の中に向かい合って立たせ、お互いに手を取って目を閉じて頭の中を空っぽにする様にお願いした。
そして、ロデムは契約の文言を唱える。
『ロデムとユウキとアキラは、魂の契約によって永劫の友人関係を結ぶ事をアカシックレコードへ記録する。この三人の心に永遠の友情を誓約しその証を刻み込まん……』
その瞬間、三つの生命体の魂は融合を果たした。ここに永遠の友人関係を結ぶ。
アキラは体の芯からほんのちょっとだけ何かが抜けるのを感じた。
「何だか結婚の誓いみたい。体の真ん中がヒューってなるね」
「そう? 俺は良く分からなかったな」
『やった! エネルギーが満ちてくるのが解る! ああ、気持ちいいー!!』
アキラはどうやら、ジェットコースターで下る時の様なヒュンッて成る感覚を味わった様だ。体の構造の違いだろうか。
ロデムは、何万年かぶりの食事というか充電というか、魂が満たされる様なそんな多幸感を得たらしい。
『ありがとう、こんな嬉しい事は無いよ。ボクを信じてくれたお礼に、もう一つプレゼントをあげるよ』
「何をくれるの?」
『キミ達、能力を拡張する小さなデバイスを持っているだろう?』
「能力拡張デバイス? そんな物持っていたっけ?」
ユウキとアキラは顔を見合わせた。二人の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる様だ。
その時、アキラが何かに気が付いた様だった。
「あっ、もしかして、これの事かな?」
「スマホ?」
『そうそれ、二人ともそれをちょっと見せて』
確かにスマホは人間の伝達能力とか知識とか記憶能力を補助拡張するデバイスだ。
目の前の黒い球体が波打つ様に少しぶるっと震えた後、表面からにゅーっと触手の様な物が伸びて二人が手に持ったスマホにちょんと触れた。
ただそれだけだった。特に何かが変わった様子は無い。
「これがプレゼント? スマホに何かしたの?」
「特に変わった様には…… あっ!」
「どうしたの?」
「バッテリー表示が、“∞”に成ってる! それから、アンテナやWi-Fi表示が消えて、ロデムクラウドって」
その他、ホーム画面を確認すると、見知らぬアイコンが幾つか追加されている。
「ちょっと、電話が繋がらなくなるのは困るわ! 他に消えたものは無いでしょうね!?」
『心配しなくても元々有った機能は無くなっていないよ。下層階位の仕組みは、ボクから見たら単純なものだからね。エネルギーパターンを見れば、どういう仕組みで動いているのか直ぐに理解した』
バッテリーで動いていた仕組みを改良して、バッテリーの質量エネルギーを直接電力に変換して動くように改良した。
厳密な意味では無限では無いのだが、機器が壊れるまでは問題無く電力を供給し続ける事が出来る。
電磁波を使って通信をしていた仕組みを改良して、高層階位のルート、つまりロデムの居る四次元を通して通信をする仕組みに改良した。
今まで使っていたアプリも電話もGPSも今まで通り使えるらしい。
『そのGPSという仕組みは不安定な部分も有るみたいなので、もっと精度の良い四次元側から三次元を測位した精密座標システムを組んでおいたよ』
「すごい……」
「ありがとう!!」
二人とも頭が千切れ飛ぶかと思う程激しく、ヘッドバンギングした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえユウキ」
「な、何ですか、アキラ先輩! いきなり名前呼び捨てなんて」
「いえね、こっちではそう呼び合わない? 性別逆なんだし、向こうとこっちでメリハリ付くでしょう?」
「んー…… ん? 良く分からないけど、まあ、否定する程でも無いので良いですよ。じゃあ、俺はアキラと呼べば良いですか」
「うん、ちょっとゾクゾクする」
(何だろ? 何かヤバい性癖でも持ってるのかな?)
「いやね、こっちにも人が居るかもしれないじゃない? だからさ、もし出会った時に備えて苗字無しの名前で呼び合おうって思ったのよ」
「ああ、ラノベに良く有る、苗字を持っているのは貴族だけってやつですか?」
「そう、それ! 他にも真名を隠したいという目的もあるのよ。真名を知られると操られるとかあるじゃない? 万が一誰かに目を付けられた場合の保険ね」
「あるじゃない? とか言われてもー」
オタクはアニメやラノベの常識が一般常識みたいに言うから困る。
「成るほど、RPGですね。成り切り演技ってやつ」
「それそれ!」
「じゃあ、アキラのその女言葉も止めた方が良いですよ。オカマっぽいから」
「お、おう、そうだな! 逆にユウキはもうちょと女っぽくしろよな!」
「ぷっ! ぎこちないっすよ。あはは」
二人は日が昇って来るまで、スマホを弄ったり、三人? で他愛もない会話をしながら過ごした。
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