第7話 性別反転

 「あれっ? 神田君、その顔……」


 あきらは優輝に顔を近づけてまじまじと眺めるとそう言った。優輝は照れて顔を背けてしまう。


 「えっ? ああ、こっちに来るとなんかちょっと若返るみたいなんだよね」

 「いやいやいや、これは若返ってるとか、そんなのじゃなくて…… 女の子になってない? 可愛いんだけど」

 「はあ!?」


 真顔でそんな事を言うあきらの顔を逆に見つめてしまう。


 「…… ってあれ? 逆にあきら先輩ってそんな精悍な顔つきしてましたっけ? 体もほんのちょっと大きくなっている様な」

 「え? うそっ!」


 「「いやいやいやいや、そんな」」


 それぞれが自分の胸を触って確かめる。


 「無い!」

 「ある! ……ほんのちょっとだけ」

 「じゃあ、下は……」


 ズボンの中に手を入れてみる。


 「あ、ある!」

 「な、無い!! うそん!」


 二人とも性が反転していた。一体これはどういう事なのだろう?

 優輝は広場の真ん中に浮かんでいる黒い球体の所まで走って行き、その上の空間に向かって叫んだ。


 「これは、あんたがやったのか!?」


 優輝が急に走り出したのを見て、後から追って来たあきらが追い付いて来た。

 やや間があって、その空間の何処からともなく声が響いて来た。


 『違うよ』


 「え? これ喋るの?」


 優輝は黙って頷く。


 『キミの怪我は直したが、それ以外の事はしていないよ。キミは初めてここに来た時からその姿だった。隣のキミもね』

 「そういやそうか、じゃあ一体どうして……」


 考え込む優輝の袖を引っ張り、あきらが小声で囁いた。


 「神田君、あの、服、交換しない?」

 「え!? 何で?」


 あきらの方を振り向くと、何かモジモジしている。どこかがキツかったりユルかったりしているのかもしれない。

 言われてみれば、優輝もちょっとあちこち納まりが悪い感じがする。


 「あ、うん、そうしよう」


 あきらは上着がきつかったのか、ぱぱっとシャツを脱いでこちらへ差し出して来た。

 優輝は何故かあきらの細マッチョな体付きにちょっと頬を赤くして、自分も上を脱いであきらに手渡した。あきらも優輝の体をチラッと見て真っ赤になり、視線を逸らした。


 「下着もね」

 「えっ!? 下着もっすか?」


 ちょっと声が裏返った。


 「納まりが悪いのよ!」

 「何が……」


 『何がどう?』と言いかけたが、あの体に女性物のショーツはキツイだろうなとは直ぐに想像出来た。

 下も脱いで交換する。

 あきら先輩は他人の下着を身に着ける事に抵抗は無いのだろうか。

 もたもたと着替える優輝だったが、あきらのショーツを穿いた途端、『おおっ!』という感嘆が口から出てしまった。なんというフィット感なのだろう。これは男じゃ絶対に分からない感覚だ。


 あきらの方を見ると、既に着替え終わっており、『なんて解放感、ずるい!』とか言っている。

 優輝はもう一つあるパンツみたいな物を持って不思議そうに見ていると、見兼ねたあきらがそれを取り助言してくれた。


 「これはスポーツブラだから、Tシャツみたいに上からかぶるだけよ。はい、万歳して」

 「これも着けなきゃ駄目ですか?」

 「擦れるのよ」

 「なに…… そっすか」


 疑問は尽きないが、きっと必要なのだろう。

 あきらは優輝を万歳させて、子供に服を着せる時みたいにブラを付けてくれた。顔は終始真っ赤だ。

 その上から交換したシャツを着るのだが、ボタンが左前なので少し手間取った。


 着替えが終わって少し動いてみる。

 二人とも大体似たような背丈だったので、服のサイズはピッタリだった。


 「帰る前にまた交換しないと、向こうで騒ぎに成りかねないというか、俺の社会的生命が終わるので絶対に忘れ無いで下さい」

 「わかったわ。今度来る時はお互いに着替えを持って来ましょう」


 優輝は、あきらが当然の様にまた来るつもりでいる事にちょっと驚いた。

 自分だけの秘密のキャンプの筈だったのになと思っていたからだ。


 『キミ達なかなか面白いね』




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 謎の黒い球体の周りを回って観察していたあきらが口を開いた。


 「これは、影ね」

 「やっぱりそうですか。でも、立体の?」

 「そう、私達よりも高次元の生物の影よ」


 『正解だよ。か…… キミ達中々知的レベルが高くてボクは嬉しいよ』

 「今、下等生物て言おうとしなかった?」

 『違うよ、下層階位と言おうとしたんだ』

 「そうか、ごめんな」

 『良いよ』


 下層階位というのは、四次元から見た三次元世界の事を言っているのだろう。

 ある次元の断面は、その一個下の次元の形に成る。

 例えば、直線の一次元の断面は“点”のゼロ次元に成るし、平面の二次元の断面は“線”の一次元、我々の居る三次元の断面は“平面”の二次元という具合だ。

 だから、四次元の断面は立体の三次元と成る理屈だ。


 同様の考えで、二次元の影は線の一次元だし、三次元の影は平面なので二次元、順当に推測すれば四次元の影は立体と成るはず。


 「じゃあ、これが影だとして、その本体は?」

 「神田君も何と無く分かってるんじゃない? さっきから影の上の方に話しかけてるでしょう?」


 優輝は何となく勘でこれは影だと認識し、影ならばその本体は影の上に在るはずだと思い上の方に話しかけていただけで、特に根拠が有ってそうしていた訳では無いのだ。

 あきらは推測を続けた。


 「この影の本体は、上では無くてね、この明るい空間全体が本体なんじゃないかしら」

 「やっぱりそうか、つまり俺らはこの四次元生物の体内に居るって事ですね? だとすると、体内に影がある事になりません?」

 「そうね、でも四次元生物側から見たら不思議でも何でも無いかもしれない」

 「どゆことですか?」


 例えば、次元を一個ずつ下げて考えてみる。二次元人から見た影は、平面の物体の縁に沿った線に成る筈なのに、そこに“面の影”が存在するとしたら異常事態な訳だ。

 だが、三次元人である我々が二次元平面上に落とす影は、二次元人にとっての地面(線)の位置に囚われない、空中の位置に出来る“面”と成ってしまう事がある。


 どういう事かと言うと、想像してみて欲しい、目の前に真っ白な壁が在り、そこが二次元人の住む二次元空間だとする。

 壁から離れた位置にいるあなたの姿は、厚みの概念の存在しない二次元人には認識出来ない。

 そこで、あなたは壁(二次元平面)に手を着いたとする。二次元人には、その手と壁の接触面しか見えない為、空中に浮いた不定形の面を三次元人だと認識するだろう。


 両手を着けば、小さな二つの面に分裂した様に見えるだろうし、両膝も着けば四つに、べたっと全身を着ければ大きな一つの体に見えるだろう。姿勢を変えれば面に接触する部分が変化するので、刻一刻と面積の変化する不定形生物に見える事だろう。


 影も二次元人の認識出来ない厚み方向から照らされた光によって、二次元人の認識する地面とは違う場所に落ちた影を不思議に思う事に成るだろう。


 では、三次元の我々から四次元人を見たならばどう見えるのだろう。四次元人が姿勢を変える度に三次元空間に接触する部位や体積が刻々と変化するので、多分小さな幾つもの立体だったり、大きな一つの塊で、スライムの様にブニブニと常に変形している様に見える筈だ。


 では、影が体の内側にある様に見えるのは? という疑問だが、我々が壁に体を密着させて背後から太陽の光が当たっていると仮定すると、二次元人からは体と影が重なっている様に見えるだろう。

 それの四次元版が体内に在る影だ。


 あきらの説明が一通り終わると、謎の声が答えた。


 『正解だよ、そっちのキミは中々賢いね』

 「アキラよ」

 『そうか、アキラは賢いね。ユウキもね』

 「そりゃどうも」

 『二人共よろしくね。ボクはローディアニウムブレイアンストルアルマーニクス……』

 「そっか、長いから君の事はロデムと呼ぶよ」

 『長いのかい? ボクの居た世界ではこれでも短い方だったんだけどな。三次元と四次元の情報量の違いだね。ボクはキミ達がボクをロデムと呼ぶのを受け入れるよ。キミ達を歓迎する』


 ロデムの話によると、もうかれこれ一万年以上前からここに居るのだそうだ。

 正確には一万年あたりから数えるのが面倒になったので、十万年かもしれないし、百万年経ってるのかも知れないという。

 とにかく、意思の疎通出来そうな生物がやって来るまで長く眠ったり偶に起きたりしていたので、正確には分からない程昔から居るとのこと。


 『ボクは元々この世界の住人では無いんだ』

 「奇遇だね!? 俺等と一緒じゃん!」

 『えっ? そうなの!? これは僥倖だ!』


 ロデムは自分の身の上を話し出した。

 それによると、遥か昔に世界を渡るゲートが開いて偶然そこへ入ってしまったのだそうだ。

 そのまま帰る手立てを見付けられずに、ずっとここで独りぼっちで居たのだという。


 「ほらみなさい! ゲートが開いたからって浮かれて飛び込むんじゃないわよ。運良く帰れたから良かったものの」

 「ごめん。でも、帰れるというか行き来出来る自信はあったので……」

 「何時でもゲートが開くという確証は無いわよね?」

 「おっしゃる通りです」


 『あはは、キミ達面白いね。でもユウキのゲートを開く能力は本物だと思うよ』

 「えっ? そうなの?」

 「あれって神田君の能力だったの?」

 『分からなかった? そうだな、キミ達はエネルギーの流れは見えて無さそうだもんね。そうだ、ボクと契約して友達になってよ! キミ達の願いを叶えてあげるよ』

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