第127話 先読み能力
「サマンサ―! 出発するから40秒で支度しな!」
「ぎゃー! 本当に来た! いやだー!!」
「大丈夫よ。何かあったら私達が守るし、借金は私が払ってあげるから」
「本当? ほんとね!
「絶対に裏切らないから安心して」
サマンサは本当に40秒で支度して来た。
尤も、ミニマリストみたいな人だから、家の中にもあまり荷物は無かったし、この前殆どの物が吹き飛んでしまったので持って行く物などあまり無いのだろう。
余所行きの黒いコートと魔女っぽいとんがり帽子だけを持って来た。
バッグとかの荷物は一切持って来なかった。
「ひょっとして、収納魔法でも持ってるの?」
「あるよ」
コートの裏地の所に取り出し口が有るとの事。
大体金目の物はその中に入っているので、必要な物が有れば旅の途中で買えば良いという主義らしい。
「それ、拡張空間じゃん!」
「その魔法は?」
「あー…… えーーと……」
当然覚えていないらしい。
「ポンコツだったー」
「失礼ね!」
「やっぱり連れて行くしか無いんじゃん!」
拡張空間はその張り付けた物体が移動すると一緒に移動して行く。
前に言った様にバスのボディに入り口を付ければ、バスと一緒に移動していくのだ。
だから衣服の表面に小さな取り出し口を付ければ一緒に旅をする事も出来る。
だがしかし!
「前に、拡張空間の中に拡張空間を入れ子にする事は出来ないって言って無かったっけ?」
「拡張空間じゃなくて、魔法空間はでしょ! 出来が荒いとか汚いとか言って無かった? どうなの? ロデム」
『出来なくは無いよ。でも、規格もサイズも違う同士をくっつけるみたいに面倒臭いってだけ。だから、そのコートの空間も使えなく成ってると思うよ』
「え!? うそっ!?」
サマンサは、コートの裏に手を突っ込んで一所懸命に探しているのだが、取り出し口を見つけられないでいた。
「私の…… 全財産が! うそでしょー!」
物凄く慌てている。
入り口が消えただけなのか、中身毎消滅してしまったのか?
「ここに住んで何百年か知らないけど、その間一度も確認しなかったの?」
「確認して無かったー! ここに入れて置けば安心だと思ってたー!」
「何入れてたの?」
「家に入りきらなかった魔導書や金貨なんかの財産や親の形見とか色々……」
「うーん、形見とかは可哀想だなー。ロデム、何とか成らない?」
『そうだな、他に入り口は作っていなかったのかい?』
「取り出し口を複数作れるなんて知らなかったわ」
『じゃあ、ここの空間を最初に作った場所は覚えてるかい?』
「その山道へ出る門の外よ」
『じゃあ、そこに落ちてるかも』
拡張空間を張り付けた物体を他の拡張空間へ持ち込もうとする時、稀に外れてその場に落ちる事があるらしい。
勝手に閉じる事は無い筈なので、ずっとそこに落ちたままに成っている可能性がある。
四人は門の外へ出て、道の周辺を探してみた。
とはいえ、外れた拡張空間を見つける事の出来る人はこの場にはロデムしか居ないのだ。
門を出た直ぐの場所で、ロデムは地面を見つめながら周囲を慎重に歩いて探してみている。
『ママ。ママの足元に在るよ』
またお腹の赤ちゃんの声が聞こえた。
ロデムが直ぐにやって来て、どれどれとその場所をじっと見つめると、言われた通りに見つかった様だ。
『凄いな、本当に砂漠に落ちた砂粒を探すみたいな作業なんだ。それをこんなに簡単に見つけてしまうなんて、僕達の子供は凄過ぎるよ』
「どうもありがとう、赤ちゃん」
『うん、もうねる……』
ユウキのお腹の赤ちゃんは、また眠りに就いた様だ。
『ボクでも座標を特定出来なければ、広大な空間の中の一点を見つけるなんて出来ないんだよね。幸い、今回はこの辺りだと見当が付いていたのと赤ちゃんのお陰で見つけられた訳だけど』
「どうもありがとう御座います! ユウキ様、ロデム様!」
サマンサはハエがやるみたいに両手をスリスリしていた。
ロデムはその入り口の外れてしまった空間へ新たな入り口を接続し、そのドアを門の正面に在った岩へ取り付けた。
『服に取り付けると、また外れて落ちる危険が有るからね。こうやって動かない物に入り口を作って置けば、今度からは服の方のが外れても再び付け直す事が出来るよ。入出権限は、サマンサのみ』
ロデムはそう言うと、サマンサのコートの裏地へもう一つのドアを設置してあげた。
入出権限は、魂の存在する生物に対してのみ設定出来るもので、実は物は通過出来ないのだそうだ。権限を与えられた人が持ち込んだ物に関してのみ通過出来るのだと言う。
ただ、そのままだと換気出来なくて窒息してしまうので、空気は特別に通過出来る様にロデムがプログラムを組んであるらしい。
結構複雑な事をしているみたいだった。
「じゃあ早速出発しましょう」
「あ」
「あ」
『あ』
サマンサが無造作に庭に入る門を潜ってしまった。
コートの裏に付けた入り口が外れるかと思ったが、流石にロデムの作った入り口は大丈夫だった。
でも、ロデムも心配だったらしくて思わず声が出た様だ。
『でも、何時でも大丈夫とは限らないから慎重にね』
「あ、うん、気を付けます」
「結構粗忽な性格なのね」
「場所はもう門前の岩に固定してあるんだから、外れてもまた付け直せるよ」
「そ、そうね……」
こう成ると、ストレージの有難味が良く分かる。
四人は、ロデム空間の方へ移動して、壁の一部に屈斜路湖へ通じる通路を設置した。
サマンサの庭で設置しても良かったのだが、やはり、スムーズに繋がらない可能性が有るので念の為だ。
なので、一旦ロデム空間の方へ移動し、屈斜路湖へ飛んだ。
「ふわー、凄いわね。魔法空間にこんな使い方が有ったなんて」
「私達は魔法空間じゃなくて拡張空間って呼んでるけどね」
「行く先々で空間を設置して回れば、どこへでも自由に行ける様に成るよ。最初の一回だけは自力で行く必要が有るけどね」
『それで、エルフの国へ行く扉はこの近くなのかい?』
「んー…… ここじゃないわね。湖の近くではあるのだけど、この湖じゃないわ」
「よし、じゃあ次は摩周湖」
四人は今度は摩周湖の近くへ設置した空間から出た。
「ああ、ここも違う。こんな山の上じゃなくて、もっと深い森の中だもの」
「となると、やっぱり阿寒湖の方のペンケトーかパンケトーだね。私の勘は当たりくさい!」
四人は今度は日本での双湖台に当たる位置に設置した空間から出た。
「あれじゃない?」
「おお! あれよ、あれっ! 間違い無いわ!」
「私の勘は冴えてるなー」
『それもね、勘というよりもユウキの能力の一つなんだよ』
「えっ? そうなの?」
『アカシックレコードに何と無くふわっとアクセスしているみたいだね。事象の先読みが出来るんだよ』
「えっ? 何それ凄いじゃん!」
「えー! ねえ、俺は!?」
『ボク達三人は、魂の半分ずつを共有しているから、理論上は出来る筈なんだけど、まだそれは出来ていないみたい』
「なんだー、がっかり」
『がっかりする事は無いよ。その内出来る様に成るから』
「そうなんだ! やった!」
「私だけ疎外感が半端無いです」
サマンサだけが何か除け者の様な感じがしていた。
他の仲良しグループに偶々混ぜて貰って遊びに行った時等、自分の知らない共通の話題で盛り上がられたりすると、そんな疎外感を感じてしまう、友達の友達と遊んだ時あるあるだ。
ユウキの勘というか先読み能力は、アカシックレコードには過去現在未来のあらゆる事象現象が書き込まれているのだから、それを読めるならこれから起こる事だって何でも分かっちゃうよね、という話だった。
ロデムはそれを自由自在に読める存在な訳だけど、ユウキとアキラと共に生きるのなら、不確定な未来を楽しむ、という事を彼らの思考から学び、敢えて読みに行くことは成るべくせずに一緒に人生を楽しもうと考える様に成っていた。
未来を安易に知る事をしないという事は、これから起こる未来の可能性を一緒に驚き楽しめるという事なのだから。
ロデムは生まれてから初めて、生きる事が楽しいと思い始めていた。
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