第126話 ペンケトー

 「あー、もう! あなた達と行動を共にしてたら忘れてた冒険心に火が点いてしまって、自分の今までの生活が酷く詰まらない物の様に感じてしまうわ!」

 「成功者の癖に、何か贅沢な事言い出した」


 ビベランは、ユウキとアキラがあちこち飛び回って生活しているのが羨ましく成ってしまった様だ。

 そして、今度は誰も行った事の無いエルフの国へ行こうとしている。

 

 「こんなん、絶対面白いやつじゃん! 金の匂いしかしない」


 エルフの国の珍しい物品や食事等、興味が尽きない。

 だが、それはアデーラが許さなかった。


 「社長、スケジュールが押しています。早急に仕事にお戻りください!」


 アデーラは名残惜しそうにするビベランを引っ張ってアサ国へ帰って行った。

 それを見送り、アキラはサマンサの方へ向き直った。


 「さあ、エルフの国へ行きましょう!」

 「正直逃げたい」

 「逃がしません」


 サマンサは凄く嫌そうだ。

 だけど、エルフの国の場所を知っているのはサマンサだけなのだから仕方が無い。無理矢理にでも連れて行くしか無いのだ。


 「で? 入り口は何処に在るの?」

 「……うーんとー…… 北の方」

 「北の方? センギ辺り?」

 「んー…… もっと北の方」

 「なんか、もやっとした言い方だな。具体的な目印は無いのか?」

 「海を渡った先の大きな火山の跡がある所」

 「なんかロデムみたいな事言い出した。ドラゴンでも住んで居るのかな?」

 「よし分かった! 屈斜路カルデラだ!」


 九州の姶良カルデラへ行く時にちらっと名前が出た所だ。

 屈斜路湖は日本最大のカルデラで、今は湖に成っている。

 実は、日本国内で湖に成っているカルデラというのは意外と沢山在って、屈斜路湖の隣の摩周湖もそうだし阿寒湖もそうだ。摩周湖なんて横に水の溜まっていない小さな噴火口跡が付いているし、阿寒湖はパンケトーとペンケトーという湖を含めた大きな湖の真ん中に雄阿寒岳おあかんだけが盛り上がって分割された形なのが航空写真を見れば分かる。

 更に、もっと札幌寄りだと、支笏湖も洞爺湖も倶多楽湖もカルデラ湖だ。

 東北では、恐山の宇曽利山湖もそうだし、十和田湖も田沢湖もカルデラ湖。

 航空写真で見て、丸っこい湖は大体カルデラ湖の可能性が高い。

 福島の猪苗代湖は違うみたいですけど。

 箱根の芦ノ湖は、大きな箱根カルデラ内の一部に水が溜まったものなので、円形では無いし火口湖でも無いが一応カルデラ湖。


 「屈斜路湖って言ったらクッシーだよね!」

 「あれもこっちの世界の何か大型獣でも見えたのかも?」

 「摩周湖や阿寒湖の辺りも怪しい気がするんだよね」

 「まあ、実際に行って調査してみれば良いでしょう」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 サマンサには後日迎えに来る事を約束して別れ、ユウキとアキラは日本側へ渡って移動する事にした。

 優輝のナイフ販売の仕事で設置したドアが、都合良く釧路空港に在ったのでそこまではショートカット出来るのだが、そこからは車移動するしか無い。


 二人は釧路空港から愛車のベンツを飛ばし、釧路湿原を経由して摩周湖方面へ向かった。


 「観光しながら行くのも良いよね」

 「そうね、道路も真っすぐで運転し易いわ」


 あきらは途中釧路湿原展望台で車を停め、登ってみた。


 「タンチョウいるかなー? 見えないわね」


 あきらはどうしてもタンチョウが見たかった様だ。

 ちなみに、タンチョウというのはアイヌ語で鶴の意味なのだそうで、タンチョウヅルと言うと意味が重複してしまう。

 サハラ砂漠のサハラが砂漠と言う意味みたいなもので、『砂漠砂漠』に成ってしまう。

 ナイル川もナイルは川と言う意味だし、フラダンスのフラもダンスと言う意味なので『川川』で『ダンスダンス』だ。


 「でも、“地平線”が見られるのは貴重な体験だよね」


 二人は再び車を飛ばして摩周湖へ向かう。


 「摩周湖ってさ、世界で二番目に水の透明度が高いらしいよ。一番だった事も有るそうだけど、今はバイカル湖が一番なんだって」

 「透明度が高いという事は、不純物が含まれないという事よね。生物が棲んで居ないという事かしら? 微生物なんかも居ないのかな? 水温が低すぎるとか、酸性だとか? ……」

 「何かブツブツ言い始めた」


 割と文系の人と限定してしまうと語弊はあると思うが、要するに記憶系の学問を主体に勉強して来た人、と定義させていただくと『これはこういうものです』と言われれば『はいそうですか』と素直に受け入れてしまう人が多い様に思われる。

 教科書に載っているから、先生が言っていたから、テレビで偉い学者が言っていたから、本に書いてあったから、とそのまま信じる人が多いのではないだろうか?

 しかし、思考系の勉強をして来た人は、そこに『何故?』が付くのだ。

 悪く言えば疑り深い、良く言えば探究心が旺盛、となる。


 『摩周湖は日本で一番透明度が高いんですよ』という投げかけに対して、『そうなんだ覚えておこう』と成るか、『何故? どういった理由で?』が気に成って仕方が無いかの二通りの人間に分かれる。

 それは性格も有るのだろうが、それ故そういう性格の人は理系へ進み、それは間違い無く学者の思考パターンなのだろう。


 子供の純粋な疑問である『なぜ?』『どうして?』と言う質問に、大人は面倒臭がって『そういうものだから』と頭ごなしに片付けてしまう事はまあまあ有るのではないだろうか?

 それをやられると子供は考える事を止めてしまう。考える力を伸ばせなくなってしまうのだ。その場では分からなくても、『あとで一緒に調べてみようね』位は言ってあげて欲しいと是非に願う。


 「スマホで調べてみたら、アキラの言う通り、水温が低いのと栄養が少ないので植物プランクトンが発生し難いからみたいだよ」

 「やはり…… にやり」


 運転中だけど、あきらは知識欲が満足したのか、何か嬉しそうなので良いでしょう。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そうこうしている内に、摩周湖へ到着した。

 大体釧路空港を出発してから三時間のドライブというところか。

 異世界側の地図と照らし合わせながら、ゲートを開くのに都合の良い場所を選定し、その近くへ拡張空間のドアも設置する。

 ゲートを潜って向こう側の世界の状態も確認し、ドアも設置する。


 そして再び日本側へ戻り、車を走らせて今度は屈斜路湖へ行き、同様にゲートポイントを探してドアも両方の世界に設置する。


 「んーと、何と無くなんだけど、この辺りじゃない気がする」

 「優輝が最初に言っていた様に阿寒湖にも行きましょう」


 車を走らせ、阿寒湖にも同様にゲートポイントを探し、両方の世界にドアを設置する。


 「勘なんだけど言って良い? 根拠は無いんだけど」

 「良いわよ、理詰めで行くばかりが正解とは限らないもの。勘も大事」

 「ペンケトーが怪しい気がするんだよね。本当に勘なんだけど」


 ペンケトーは、古阿寒湖が雄阿寒岳おあかんだけの噴出物によって三分割されたものの内の一つだ。

 アイヌ語で『上の湖』という意味で、パンケトーは下の湖という意味。

 以前は交通困難地に指定されていたのだが、現在でもそこへ至る道は無く、陸路でそこへ到達するのは非常に困難である。

 また、原生林保護の為に立ち入りは禁止されており、ヒグマの生息地でもあるために勝手に侵入するのは大変危険なのだ。

 そんな到達困難な場所にまでアイヌ語の名前が付いているなんて、昔のアイヌ人の行動力には驚くばかりだ。


 「うん、すっごく怪しいけど、そこへ行ってドアを設置するのは難しいわね」

 「一旦戻って、サマンサを連れてもう一度来てみよう」

 「そうね」


 二人は、ペンケトーの辺りの可能性も考えて、少し道を戻り双湖台というペンケトーを見下ろせる施設の近くにもドアを設置して、一旦ロデムポイントへ戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る