第16話 鷲の台ゲートから帰還

 「困ったな」

 「どうしたの?」

 「ゲートの位置が高いんだ」


 そう、ゲートの開いた位置が高くて入れないのだ。

 あの飲み会の居酒屋が在った辺りは、台風等の大雨が降ると頻繁に水没する地域だった。

 線路のガードが在った事から分かる様に、線路部分は盛り土をして結構高い位置に敷かれている。つまり、元々の地形は窪地とか谷地形、多分近くに小さな川がある事から渓谷だったのだろうと推察出来る。

 なので、地盤の嵩上げ工事が過去数回行われていた地域なのだ。


 ユウキとアキラが落下した高さを考えると凡そ1.7m程、元の地面の高さから嵩上げされていた様だ。二人の身長程の高さの位置にゲートがある。

 しかも下はぬかるんだ湿地なので膝位の位置まで泥に沈み込んでいる。実質ゲートの高さは2m位の高さとも言える。

 アキラだけを肩車して、何とかゲートに押し込む事は出来るかもしれないが、その提案はアキラによって却下された。こちらの世界では二人一緒に行動しなければ駄目だと決めてあるそうだ。


 「とにかく、この泥濘ぬかるみから早く脱出しましょう」

 「賛成。でも、どっちへ行けば良いのか、この暗闇じゃ良く分からないな」

 「あ、そうだ、スマホのマップで分からないかな?」


 スマホのマップアプリを起動すると、元の自分達の世界の地図が表示される。だが、ロデム謹製アプリは特別だ。

 マップ表示をこっちの世界の物へと切り替える事が出来る。

 表示を切り替えると、すぐ側を川が流れているのが分かる。自分が向いている方向も分かるので、そのマップを頼りに川から離れる方角に向かってそろそろと進み始めた。

 数メートルをお互いの手を引っ張りながら何とか進むと、やっと固い地面の在る位置まで辿り着く事が出来た。

 靴は両足共に泥濘に取られて何時の間にか脱げて無くなってしまっていた。


 「ふう、何でこんな目に遭わなきゃ成らないんだ」

 「ごめんなさい……」

 「いや、アキラのせいじゃ無いよ。全部あの医学部の馬鹿野郎のせいだ」

 「そうね、あんな人が何年か後に医療に従事するのかと思うと、空恐ろしいものがあるわね」


 「取り敢えず着替えない? ドロドロなんだけど」

 「そうね、濡れたままだと冷えるし、靴も履かないと。あーあ、あの靴お気に入りだったのに」


 アキラはストレージから着替え用のテントを取り出した。


 「じゃあ、アキラから先にどうぞ」

 「いえ、これを使うのはあなたよ」

 「俺は外でも全然大丈夫だけど」

 「私の方が駄目なの!」

 「あ、さいですか……」


 ユウキはテントの中にスマホを吊るし、ライトをオンにすると、ストレージから着替えとこちらでの作業用にと買って置いた安全靴を取り出して着替えた。ドロドロの服はストレージへ仕舞う。

 テントから出ると、アキラは既に着替え終わっており、顔を赤くしている。


 「どうしたの?」

 「あのね、テントの中で明かり付けないでよ。シルエットがエロいわ」

 「すまん、それは気が付かなかった」


 テントは折り畳み式のワンタッチテントだが、ストレージへ入れるのにわざわざ折り畳む必要も無いのでそのまま格納。

 剣鉈を取り出し、それをアキラへ手渡す。


 「マップで確認すると、ロデムの位置はほぼ真北。距離にして約2.5kmってとこかな」

 「直ぐに移動開始しましょう。もう眠くてしょうがないわ」

 「だな、急げば鷲の台駅の終電に間に合うかも」


 しかし、舗装道路を歩くのとは違い、藪を払いながら夜の森の中を進むのは意外と大変な事で、ロデムの所へ辿り着くまでに四時間はたっぷりかかってしまった。

 安全地帯に入ると二人は直ぐに眠りに就いてしまった。

 余程疲れていたのだろう、ロデムは二人のその寝顔を見ながら、今回はエネルギーを貰うのは止めておこうと思った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝目を覚ました二人は、髪や顔等の見える所に付いて乾いて固まった泥を小川で落とした。


 「大体三時間位は寝れたかな?」

 「そうね、ここは温度も最適だし下もふかふかなので熟睡出来たわ。あっ! 砂金みっけ!」

 「俺も!」


 二人はまた砂金収集に夢中に成り、前回同様に一人1kg程度の量を小一時間で拾った。


 「今まで終電に拘ってたけどさ、ひょっとして終電以外でもゲート開くんじゃないかな?」

 「それも検証してみましょう」


 「じゃあロデム、どうもありがとう。今回エネルギーまだだったでしょう? どうぞ取って」

 『良いのかい? 疲れている時は無理しなくて良いんだよ』

 「大丈夫よ、遠慮無くどうぞ」

 『ありがとう! じゃあ、お言葉に甘えて』


 「おーう……」


 アキラは、たまひゅん感覚がちょっと癖に成って来たみたいだった。

 帰る前にユウキは、テントを出して男物の服に着替えた。

 アキラも女物の服に着替えるのだが、下着はトランクスのままだ。どうやら、男の体の時に女物のパンツは色々な意味でキツイらしい。

 女の体の時に男物のトランクスは全然問題無いのだけど、その逆はどうにも無理なんだそうだ。

 ユウキの場合は男の体の時に女物のパンツを身に着ける場面が無いので、その事実は初めて知った。


 「いっそ、向こうに居る時もずっとトランクス穿いてようかしら」

 「いや、それだけはやめて。夢が壊れるから」

 「夢?」


 二人はそれを想像して噴出した。

 あの先輩もあきらが男物のトランクスを穿いているのを見たら、きっと襲われる事も無かっただろうなと思ったからだ。


 「この時間だと始発電車が入って来る頃に間に合うかも。じゃあロデム、一旦帰るね」

 『また来てね』

 「じゃあね」


 二人は鷲の台ゲート(ユウキ命名)に到着し、始発電車が入って来る時間を待った。


 「今だ!」



 ユウキの掛け声と共に、二人はホームに降り立った。


 「やったね! 時間は関係無いんだわ!」

 「うん、それが確認出来たのは大きいな」


 でも、やっぱり改札ではトラブってしまう。

 入場記録が二人とも無いのだから当たり前だ。

 駅員はしきりに首を捻っていたが、昨日の夜の降車駅と同じだと告げると、その料金を引いて通してくれた。


 「駅の構内に入らないでなんとかゲートを開きたいものね。ホームセンター最寄り駅の時みたいに、線路脇の側道で行けないかしら?」

 「それなんだけどね、ここの駅に関しては、地面を削って線路を敷設しているみたいなんだ。だから、奇跡的にホームと向こうの地面の高さが一緒なんだよ。側道からだとゲートを潜った時に今度は埋もれてしまう」

 「リアル『いしのなかにいる』状態になってしまうかもしれない訳ね」

 「造成工事されていないであろう辺りまで行ってみようか」

 「そうね」


 二人は線路に沿って暫く歩いて行く。

 十分位歩いた所で、線路の反対側の地面と線路とこちら側がほぼ同じ位の高さの位置を見付けた。


 「ここなら良さそう、だけど……」

 「うん、駅から大分離れちゃってるから、ブレーキ音は聞こえ無さそうね」

 「それにロデムの場所から反対方向へ離れちゃってるしなー。理想的にはロデムの位置にゲート開きたいよね」

 「じゃあ、そっちへ行ってみましょうよ」


 スマホのマップを開き、今度はポイントしてあるロデムの場所へ向かって歩き出した。


 「この辺りかな?」

 「住宅街ね」

 「住宅街は怖いな。造成して地盤を嵩上げしてある可能性がある」

 「でも、古い家も在るわよ? 新興住宅地と違って昔の家ってそのままの地面に建ってる事多くない?」

 「それもそうか」


 二人は、人通りの多そうな車道を避け、昔ながらの家屋の建つ農家の近くの路地に入った。


 「ここなんて良さそう」

 「そうね、後はブレーキ音か…… じゃあお互いに手分けして、色々な音のサンプルを録って学校終わりに合流しましょう」

 「了解」

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