第17話 フルーツバスケット

 「久堂先輩聞きましたぁ? 昨日うちとこの先輩が派手に事故っちゃって、病院へ担ぎ込まれたそうなんですよ」


 午前の一般教養の英語の授業に出ると、隣に座った医学部の後輩女子からそう聞かされた。


 「でも酔っ払い運転は駄目ですよねーぇ、お気の毒に」

 「あらそうなの? 後で教授に確かめに行ってみます」


 ここから午後のゼミまで暇になるので、あきらは優輝と連絡を取って学食で落ち合う事にした。


 「聞いた? 昨日あの先輩、自動車で衝突事故を起こして病院へ担ぎ込まれたそうなんだけど」

 「ああ、そう。俺達を殺す気満々で突っ込んで来やがったんだから。自業自得だよ」

 「私、一応お見舞いに行こうと思ってるんだけど」

 「行く事無いだろう。あんな奴」


 優輝は吐き捨てる様に言った。

 しかし、あきらは一応自分に関わってあんな事に成ったという思いから、多少の憐憫の情を覚えていた。


 「じゃあ良いです。ただし、俺も一緒に付いて行きますからね」

 「ありがとう」


 こうして優輝は、行きたくも無いクズ野郎のお見舞いに行く事に成った。

 ゼミの終わりに軽く漫研の部室に顔を出し、一旦あきらのアパートへ寄って荷物を置いてからお見舞いへ行く事にした。


 「あ、ちょっと待って、入る前に…… 1、2、3、4、5、6、7つ、と。また増えてるわ」

 「何やってるんです?」

 「ああ、盗聴器や盗撮器が毎回仕掛けられてるのよ。それを無効化してるの」

 「ええっ! 何時の間にそんな事が出来る様になってんですか!」


 あきらは、前は直接触って機能を停止したりしていたのだが、最近になると慣れたもので、部屋のドアの前からでも出来る様に成っていた。


 「どれどれ、うーん…… あ、本当だ、有りますね」

 「えっ? 機能止めたのに見えるの?」

 「うん、見えます…… ね。盗聴器4つにカメラ3つですね」

 「凄いわね、私と少し能力が違うのかしら?」

 「きっと、力と技の違いですよ」

 「仮面ライダーか!」


 二人は部屋に入り、ちゃんと止まっているのを確認する。


 「取り外さないでこのままにするんですか?」

 「そう。私たちの能力については内緒にしたいから、何故か毎回偶然に全部が故障した風を装っておきたいのよね」

 「見知らぬ誰かが侵入してて気持ち悪くないんですか?」

 「まあ、私も近い内にここを引き払うつもりだし、大事な物は全部ストレージへ仕舞ってあるから」

 「そっか」


 あきらは、外出着に着替えると優輝と一緒に電車に乗った。

 例の先輩は父親の経営する病院へ入院しているとの事で、その最寄り駅で降りると、駅の近くの果物屋でお見舞い用のセットを買い、それを持って病室を訪ねる。

 優輝は、あんな奴に勿体無いと思ったのだが、あきらがそうしたいと言うなら何も言う気は無かった。


 病室のドアをノックし、入室した二人を見たそいつは、幽霊でも見たかの様に血の気が引き、硬直したままガタガタと震え出した。


 「先輩、ずいぶんと高そうな個室に入っているんですね。どうせエアバッグが作動して軽傷なんでしょうに」


 所謂差額ベッドというやつで、一日当たりの入院費がバカ高いやつだ。飛行機で言う所のファーストクラス、ホテルで言うスイートルームみたいなもので、病院の大事な収益源の一つに成っている。

 身内なんかに使って塞いでたら儲からないでしょうにと優輝は思った。


 「これはお見舞いの品です。昨日の事はこちらの彼がきちんとビデオで録画してくれていましたので、今後二度とこの様な事はされません様に。もし間違って警察にでも渡って前科でも付いてしまったら、どこにも就職出来なく成ってしますものね。どうかご自分の人生を一時の感情で台無しになさらない様に願い申し上げます」


 あきらはお見舞い用に買ったフルーツバスケットをそいつの腹の上にドンと置いた。ぐえっと変な声が聞こえたが、敢えて無視した。

 物静かな口調とは裏腹に、ものすごく怒っている様子が窺える。喋っている途中から怒りのボルテージが上がって行くのが分かる。

 優輝はまるでスーパーサイヤ人みたいに怒りのオーラがあきらの体から噴出しているのが肉眼で見える様な気がした。


 優輝がビデオで撮っていたというのはもちろん嘘なのだけど、名も知らぬ先輩の男は終始あわあわ言っているだけで、まともに声を発する事が出来なかった。あきらの迫力に気圧けおされていたのだろう。

 優輝にはその感情が手に取る様に分かる分、あ、この人怒らせたらアカンやつや、と思った。

 あきらは、一旦上昇した怒りのボルテージが病院を出てからも収まらない様で、ちょっと銀座へ出て美味しい物でも食べようと言って来た。


 「腹が立つと無茶食いするタイプなのね」

 「良いから付き合いなさい! 先輩命令です!」


 あきらは、駅に向かってスタスタと歩いて行く。優輝はその後を追いかけた。


 「でもあきら先輩、あれだけで許しちゃうなんて優しいですね」

 「はぁ? もちろん許してないわよ。ちょこっと神経ラインを切っちゃいました」

 「ええー、どこの?」

 「二度とこんな事が出来なく成る様な部分」

 「うわぁー」


 何処かはぼやかしていたけれど、大体想像は付いた。

 男性の機能に関する何処かだろう。


 「マジで怒らせたらアカン人だったよ」

 「あら、バレなきゃ問題無しよ。多分、事故の後遺症とか、精神的なショックとかの診断に成るんじゃない?」


 仮にあきらの仕業だと気が付いた所で証明する術は無いし、本気で謝罪しに来るならその時は考えてやらなくもないとあきらは考えていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 電車に乗って二人は銀座に降り立った。


 「確か、有名な高級フルーツ屋があったわよね」

 「万疋屋フルーツパーラーでございましょうか?」


 マップで場所を確かめ、あきらは躊躇無く店内へ入って行く。

 テーブルへ案内され、差し出されたメニューの値段を見て優輝は凍り付いた。

 しかし、あきらはというと、臆する事無く一番高そうなパフェを注文していた。


 「あ、あきらさん、支払いは大丈夫なんですか?」

 「何言ってるの? 金の売却代金が有るじゃないの」

 「あそうか、貧乏学生気分が染みついちゃってて」


 お金はあきらに預けっぱなしに成っていたので、うっかり忘れていた様だ。

 それならという事で、優輝もフルーツの盛り合わせを注文する。

 出て来た皿を見て、優輝は愕然とする。


 「うわぁー、これであの値段なのかー……」

 「そういう事は気にしたら負けよ」


 大き目の白い皿の端にちょこっとフルーツが積んであって、反対側には二種のアイスクリームが置かれ、何か赤い色のソースがフルーツやアイス以外の部分にまで大雑把に撒かれているという印象の一品だった。


 パーラーを出た後は、あきらはバッグから名刺を取り出して眺めていた。


 「それは?」

 「うん、新宿で換金した店の本店がこっちにあるみたいなのよ。本店の社長さんが謝罪に来た時にこの名刺を置いて行ったの」


 次からは本店で対応しますという事で、菓子折りと名刺を渡されたらしい。

 あきらは、スマホを取り出すと、名刺に書かれた番号へ電話し、これから来店する事を伝えた。


 「何だか上得意様みたいですね」

 「来店する前に連絡する様に言われたのよね」


 店に着くと、社長直々に出迎えられ、応接室へ通された。

 優輝は、店頭のカウンターで買取手続きが完了するものと思っていたのに、何だかVIP待遇みたいな厚遇に戸惑った。

 あきらは、新宿店の時も鑑定に時間がかかるとかで応接室に通された事を優輝に説明した。


 「ねえ、纏まったお金が貯まったら土地を買わない?」

 「土地、ですか?」

 「そう、良い事思いついちゃったの。それはね……」

 「失礼します」


 と、そこまで話した所で応接室のドアがノックされ、現金を積んだワゴンを押した社長が入って来た。


 「実に質の良い金をお持ち頂いて、有難う御座います。こちらが鑑定書の写し、それと売買契約書となります」

 「ありがとう」


 優輝は初めて見る札束に動揺が隠せない様子だったが、あきらはこういうのには慣れているのか、堂々としたものだった。

 手続きの全てはあきらが滞り無く行い、慣れた手付きで現金の束を鞄に収める。

 優輝はそれをただ眺めているだけだった。


 (あきら先輩って、結構良いとこのお嬢さんだったりするのかな?)


 学生の内は富裕層も一般家庭の子も一緒のキャンパスで学んでいるし普通に遊んだりしているので、家庭の経済格差というのはあまり感じる事は無いのだけれど、一旦大学外で友人の家へ遊びに行ったりすると、地元の有名会社の令嬢令息だったり、物凄い豪邸だったりして驚かされる事が時々ある。

 優輝は今それをヒシヒシと感じていた。

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