第278話 迷子
入口と出口がぴったりと重なったのか、開けたドアの目の前には虹色のマーブル模様は消えて、客室ドアの廊下側の面が見えていた。勿論エントランスドアとはサイズが違うので、隙間からは虹色空間が少し見えてはいるが……
客室ドアのノブを掴み押すと、その向こうはユウキがいつも寝泊まりしている部屋になっていた。
「いやったーい!!」
「おお、おめ!」
無事D2Dを
ユウキはエントランスから直接自室へ戻る事が出来て上機嫌だ。なにしろ拡張空間通路と違って出口側の場所へ直接行ってドアを設置して来なくても良いのだから。とはいえ拡張空間とは違って、一度設置したら解除するまで永久にそこに存在するというものではなく、能力によってその都度行きたい場所を繋げなければならないので、自分だけしか使えない。一長一短ではある。
しかし入口側だけの操作で、行った事の無い場所へも行けると言うのはかなりのアドバンテージだ。しかもそのドアに出入りする機能が無くても良い。つまり絵でも、極端にはドアに見える様な図形でも良いのだ。要するにドアという概念がそこに在れば良いという事になる。ドロシーの作った空間転移能力は、一風変わった制約の下で機能しているらしい。
この成功に気を良くしたユウキは、この能力を日常使いし始めた。
例えば寝室のドアからバスルームへ直行したり、着替えてクローゼットのドアからエントランスへ出たり、かなりのものぐさに拍車が掛かっている。自分の脚で歩く歩数を、極限まで少なくしたい様だ。
拡張空間通路でもかなり便利だと思うのだが、目の前の適当なドアから何処へでも好きな所へ出られるというのはかなりヤバイ。これが地球なら、部屋から一歩も出ずドアツードアでコンビニへ行ったり学校へ行ったり出来てしまう。グータラ一直線の能力を手に入れた事になる。
「これとCドライブを組み合わせたら、そのうち足が退化しそう。ドロシーのグータラめ」
「何よ失礼ね! グータラな活用しているのはあなたでしょうがっ! 大体Cドライブって何よ?」
尤もな疑問である。ドロシーならその頭文字はDの筈だから。
「ドロCだからCドライブ」
「OSが入ってそうだから却下。そもそもドロCって何よ!? ドロAとドロBも居るっていうの? 私はこれをアルクビエレ・ドライブって呼んでます。略すならAドライブでしょう」
「えー、つまんなーい!」
「ネーミングに面白さを求めていません!」
「ブーブー」
「ブーブー言わないの!」
「じゃあさ、ACYドライブはどう? アルクビエレ・ドロC・ユウキ-ドライブ」
「何しれっと自分の名前も入れてるのよ。だったらシェスティン様も入れないと」
「ドロシーのオリジナルじゃなかったの?」
「まあ、私のこの形のはね…… シェスティン様の能力はドア要らないし……」
「ふうん、じゃあ、婆ちゃんも混ぜて、SACYドライブか」
「あ、シェスティン様の頭文字はKよ」
「そうなの? じゃあ、
「どうしてもドロCにしたいわけね、まあ、折れてあげるわよ。その方が語呂はいいかもね」
「決まり決まり! キャシードライブ!」
という訳で、ドロシーの飛行術は、キャシードライブに決まった。ユウキとしてはもうちょっと面白いネーミングにしたかった様だが、ドロシーが怒るのでこのへんで妥協したのだ。
そして案の定ユウキのグータラ生活が始まるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっとユウキ! 真面目に練習しなさい!」
「やってるよぅ」
ユウキは片肘着いて寝転がったままの姿勢でサンドイッチを食べたり、大きなあくびをしながらぼりぼりとスウェットの中に手を入れて腹を掻いたりと、だらしない格好で姿勢制御の練習をしている。それをドロシーが窘めたのだ。
だが、
実は脳は考えたり記憶を蓄えたり、視覚や聴覚といった五感からの情報を処理したり、筋肉や内臓などの身体を制御する為だけの器官ではないのではないか。確かに筋肉を動かしたり各臓器を動かしたりする制御は行っているのだろう。しかし、思考や記憶は本当に脳が行っているのだろうか? ドロシーはユウキを見ながらそう思わずにはいられなかった。
『アカシックレコード』、『アーカーシャ・クロニック』または『アカシアの記録』などと呼ばれる、宇宙創成の原初から未来に至るまでのあらゆる記憶が蓄えられている記録層があるという。脳とは、その記録層へ接続し、情報を引き出すための端末器官なのではないのか?
ファンタジーにおける超常現象を引き起こす魔法や、SFでの光の速さを超える宇宙船、過去や未来へ行く事の出来るタイムマシン等、人間の想像出来うる事は、全て実現可能であるという。これは、既にそれを実現した宇宙の記憶を断片的に読み込んでいるだけなのではないだろうか。
ドロシーがその考えに至ったのには訳がある。実は彼女もヴィヴィアンとの魂の融合により魂の絶対量を増やし得た人間の一人なのだから。自分の体験として思考速度、記憶容量、宇宙の法則、真理の看破等々、実際に以前の自分と比べて目覚ましい向上を果たしているのを実感していたのだから。
ユウキの魂のサイズは、シェスティンですら驚嘆する程のサイズになっているという。だとしたら、今この目の前でふざけているユウキは、本来の実力のほんの数パーセントしか使っていないのではないのか? だとしたら自分の研鑽を怠り、日々だらだらと暮らしているだけなのでは? 毎日一所懸命に努力をしているのに全くユウキに追い付けない自分は馬鹿みたいではないか。ドロシーは段々と腹が立ってきた。
「そのいつもヘラヘラとふざけている感じ、バチクソ腹が立つ! 犯したる!!」
「
1か月半の共同生活で、すっかり仲が良くなっている。ドロシーに追いかけられてユウキは笑いながら逃げる。建物の屋上まで飛んで逃げて、ペントハウスのドアノブに手を掛け、振り返って追いかけて来るドロシーに向かってベーっと下を出し、中へ逃げ込んだ。
「あっ! 待って!」
ドロシーはそう叫んだがユウキはドアの向こうへ消えてしまった。慌ててそのドアを開けるが既にユウキの姿は無い。D2Dで何処かへ移動してしまったのだ。
しかしドロシーは、一瞬の事だったので見間違いだったのかも知れないが、ドアの向こう側に出口が見えなかった様な気がした。
ユウキに逃げられたドロシーは、自室に戻ったのだが先程の事が気になって仕方が無い。そこでユウキを探しに部屋を出た。しかしユウキの寝泊まりしている部屋へ行ってみても居ない。建物内の各フロアの廊下で大声で呼んでみるのだが、全然みつからなかった。
最悪の事態を想像したドロシーは、もう一度屋上のペントハウスのドアの所までやって来た。そして、空間収納、ドロシー達はそれを『魔導倉庫』と呼んでいるそうだが、その術を念じてドアを開ける。
実はD2Dと魔導倉庫は同じ魔法の応用なのだ。五次元(ユウキの言う四次元)空間へアクセスする魔法だった。違いは、出口を用意するかしないかの違いでしかない。魔導倉庫へ放り込んだ物は魔法のマーカーが付けられていて、インデックスから自在に取り出せる仕組みになっている。
ドロシーは魔導倉庫の能力を使い、ドアを開けた。ドアの向こうは例の虹色の空間と黒い空間のマーブル模様の世界となっていた。
ドロシーは、望みは薄いと思いながらも中の空間に向かって『おーい!!!』と声の続く限り大声で呼んでみたのだが、その声は空間内に虚しく吸い込まれ、返事が返って来る事は無かった。
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