第277話 D2D
次の日からは変身術の特訓が始まった。勿論ドアツードアの習得と並行してだ。ドロシーはドアツードアの使用を隠す事なく、寧ろ積極的にユウキの目の前で披露してくれるようになった。
実は今まで、ドロシーは意地悪をして教えなかった訳では無いのだ。ぶっちゃけると教えられなかったと言う方が正確だろう。他人は出来ないが自分は普通に出来てしまう、という様な事を他人に教えるというのは非常に困難なのだから。天才バッターにホームランの打ち方を教えてと聞く様なものだ。言葉を介するとどうしても100%の情報を相手に伝える事が出来ない。言語というものの情報伝達性能が低過ぎるため、ニュアンス的な部分がどうしても伝えられない。ドロシーは結構イライラしている。
これが魔法であれば魔法式が図形化しているためその図形を覚えるだけで済むのだが、そういった手掛かりが無いとすると習得難易度は爆上がりなのだ。
ドロシーは、ユウキの習得を手伝う事は出来ないが、早く覚えてもらいたい気持ちは山々なのだ。しかし直接教える事は試験のルールに抵触するし、かといって今のこの状況からはとっとと脱出したい。更に教えたくても教える方法が見つからないという、
今までの一連の事件と会話から、ドロシーはユウキが相手の脳内を流れる信号のパターンを目視出来、それを再現出来るらしいという情報を得て、教えるのではなく見て覚えろ、早く覚えろ、寧ろ積極的に見せてやるからマッハで覚えろという風に思考が切り替わったのだった。
変身術の方は、ドロシーの能力ではなく魔法の道具で発動する、ごく普通の魔法なので魔法円を丸暗記する事に終始すれば良い。とはいえ、魔法円の図形はとんでもなく複雑で微細だ。ユウキはアキラみたいな瞬間映像記憶を持っていないのでなかなか難航しそうなのだ。自分のスマホさえあれば写真に写していつでも見られるのになと思ったのだが、それは駄目だとドロシーは言う。
「現代人は、スマホという便利なガジェットのせいで記憶力が弱くなっているのよ」
だそうだ。言われてみればスマホはおろか携帯電話さえ無かった時代は、自分の家や親戚、友達の家の電話番号等は全て記憶していたのだ。それが携帯電話の電話帳が覚えてくれるようになってしまった現在では、下手をすると自分の電話番号さえも分からない人が居る始末だ。スマホを置き忘れたりした日には何処へも電話を掛けられなくなってしまっている。
景色なんかもそうだ。旅行先では常にスマホのカメラ越しに景色を見ているせいで、自分の頭の中にはぼんやりとしたイメージしか残らなくなってしまった。世の中が便利になって、逆に人間は退化させられていると言っても言い過ぎでは無いだろう。
それから更に半月後、ユウキはどうにかこうにかこの二つの能力を覚える事に成功した。魔法円や脳内信号のパターン等それらはとんでもない複雑さなのだが、この空間内でやる事と言ったら食べて寝るだけ、娯楽も一切無いのだから、食事と風呂とトイレと睡眠以外の時間は全てパターンを覚える事に徹していられる。いられるというか、他にやる事が全く無いのだからやるしかない。二週間みっちりとそればかりやらされていれば、それがどんなに複雑な図形だろうと嫌でも覚えるだろう。なにしろ覚えるモノはたったの二つしか無いのだから。
ユウキは、早速覚えたての魔法、『変身術』で、男性の姿の『優輝』に変身した。ドロシーはそれを見て何故かがっかりした顔をした。
ユウキが男の姿に変更したのには訳がある。またドロシーに襲われない為だ。中身は女のままだとしても、少なくとも男の外見をしていれば欲情はされないだろうと考えての事だ。
「それが本当のあなたの姿なのね」
「そうだよ。本当というか、
「でしょう! 私が早く元に戻りたいっていう意味が分かった?」
「ああ…… うん、理解した」
心は女で、変身術で姿も女になったとしても、生理反応は男のままなのだ。逆にユウキも男に変身したところでホルモンやフェロモンに反応する生体反応は女のままなのだ。理屈では分かっていても、実際に体験してみなければ本当の意味では分からない事というのは沢山あるものだ。ドロシーは早く元の女性に戻って、女性としての感覚を取り戻したいと思っている。
「じゃあ、今度は
「日本人は何でも略すのね。まあいいわ、ドアの向こうの空間内に出口が見えなかったら決して中には入らない様にね」
ドロシー監修のもと、ユウキはD2D《ドアツードア》を再び試してみる事になった。一旦外へ出て
「いざ! D2Dの再現実験開始!」
「絶対に出来ないかもって思っちゃ駄目よ」
「分かってるってば」
ユウキは外の世界のドアの所在を知らない為、入口のドアは建物のエントランスドア、出口はユウキがいつも使っている居室のドアに設定する。
ドロシーと同じ信号パターンを脳内で再現し、大きな両開きのエントランスドアの右の扉を押した。
実は
ドアを開けると中は前回見たモノと同じ、黒と虹色のマーブル模様の空間になっている。そして正面の少し離れた位置に四角い出口らしきものが浮かんでいる。
「やった! 成功かな!?」
嬉しさのあまり早って中へ飛び込もうとするユウキの襟首をドロシーは掴んで外へ引っ張り出した。ユウキは思わず地面に尻餅をついてしまった。
「いったー! なにすんのー?」
「まだ入ったら駄目よ」
「なぜに!?」
「向こう側に見えている出口までの距離が分からないからよ」
「すぐそこに見えてるよ?」
「いいえ、多分数キロいや数百キロ、もしかしたら1光年先かも知れない」
「まさかぁー」
「本当よ。この中はこっちの世界の距離感では測れない。この空間内で迷子になったら見つけられないと言ったのはそういう意味よ」
「えー、じゃあどうすれば良いの?」
「あの出口をもっと近くに引き寄せるの。完璧を期すならば、この入口と表裏一体化する位までにね。やってみて」
ドロシーがそう言うのでユウキは出口をこちらへ引き寄せようと念じてみた。すると、出口が動いた様に感じた。
しかし、いくら待っても来ない。これはどうした事だろう?
「全然来ないね」
「確かに動いている感じはする。だけど、例えば光速で動いていてたとしても距離が1光年あれば来るまでに1年掛かる事になるんじゃない?」
「あ、そうか」
「そんなに待ってられないわ。出口は一旦消して、目の前にもう一度作り直しなさい」
「そんな事出来るの?」
「何故出来ないと思ったの? こと能力や魔法に関しては『出来ない』なんて思う事は
「出来ないとは思ってないよ? 簡単か難しいかを聞きたかったんだ」
「だったらそう聞きなさいよ。うーん、こればかりは天才なら簡単に出来るのでしょうけど、何とも言い難いわね」
「あ、出来た」
「ちくしょう! 天才めっ!!」
ドロシーは地団駄を踏んだ。
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