第276話 変身術
ベッドの上でドロシーはユウキを組み伏せ、体の上に覆い被さり、首筋にキスをしたり乳首を口に含んだりしている。ユウキはというと、冷えた頭でこの状況をどうしようかと考えていた。
(どうしようこれ、これって浮気? 不倫になるのかなー? いやレイプか? でも女同士だしなー。いや、ドロシーは外見は女でも中身は男なんだっけ。だからこんな事するのか。じゃあ不倫になるのかな? 力ずくでも拒否するべき? 挿入されなければセーフ? あ、そう言えば今生理中なんだった。こんな事をアキラに知られたら怒られるのかなー。いや女同士で温泉に入ったりするし、それの延長? いや違うかな? 違うよね。だけど心は女なんだよな。心は女で外見も女なら100%女じゃん? おふざけの範疇だよね、何か問題あるかな?)
などとぐるぐると考えが堂々巡りしていた。ドロシーはユウキの反応があまり良くないので、ユウキを気持ちよくするのは諦めて自分が気持ち良くなる事に集中する事にした。ユウキの右太腿の上に馬乗りに跨り、腰を前後に動かし始めた。暫く単調に動いていたのだが、段々と呼吸が荒くなり、頬が上気しはじめる。
「Come on Come Come……」
独り言を呟き始める。ユウキは、それが何だかツボに嵌ったらしく、必死で笑いを堪えていた。本当に外人さんは『いく』のではなく『くる』んだなーと思ったから。そういえば西洋ではノコギリもカンナも押すそうだ。ノコギリなんてあの薄い鉄板を押したら座屈するだろう。引く方が力学的に正解だと思うのだが、何故か西洋のノコギリは押して切る方式なのが謎である。何でそういちいち逆なんだと思っていたのだが、実際に目の当たりにすると可笑しくて仕方が無かった様だ。しかしユウキのそんな笑いを噛み殺している様子など、ドロシーは全く気付く様子も無く夢中で腰を振っている。
やがてドロシーは絶頂を迎えたらしく、ユウキの太股の上に射精してしまった。
「えっ?」
ユウキは女の子が射精した事にびっくりしたのだが、当の本人のドロシーも生まれて初めて自分の体から出てしまったモノを見て驚き、暫くの間それを見詰めていた。そして、はっと我に返った様にユウキの太腿の上に放出された粘液をかき集め、自分の掌の上のそれをじっと見ている。
「こんな…… こんなのって、嫌…… いやぁ……」
変身術は、自分の外見を変形させるだけの魔法だ。男性が女性の姿に変わろうと、無い臓器が生成される訳でも元々あった臓器が無くなる訳でも無い。あくまでも外見を変えるだけなのだ。
ドロシーは自分の掌を見詰めながらポロポロと涙を流した。男性嫌いの女性にとっては屈辱以外のなにものでもないのだろう。
しかし、自分の掌を見詰めるドロシーの表情が徐々に変化して来た。そして、何を思ったのか、衝撃的な言葉を発した。
「あ、あのさ、今度女に戻れる時にこれを持って帰って、自分の胎内に入れたら自分の子を妊娠出来ないかな?」
「えっ?」
予想外の言葉に一瞬ユウキは言葉が出なかった。
「え…… あ! 何を馬鹿な事を! まあ、可能か不可能かで言えば可能かも知れないけど、駄目でしょ」
「なんで!?」
ドロシーがこんなとんでもない事を言うのには訳があった。男嫌いなドロシーにとっては、子を産むために男に抱かれるなんて嫌で嫌で仕方が無いのだ。真っ平御免なのだ。しかし将来は自分の子供が欲しい。ドロシーはLGBTではないが、過去のトラウマなのか、小学生位の女子がよく言う様に男を汚いものと思い込んでいるのかは分からないが、ごく一般的にそこいら中に居る『男が嫌い』な女性の一人だった。男と関わりたくは無いが、いつかは自分の子供が欲しい、そう考える女性は割と沢山居る様だ。ドロシーもそういう女性の一人だった。だから、自分一人で妊娠出来るならこんな良いアイデアは無いと思ったのだ。これは神が与えたチャンスだと思ったのかも知れない。
「ドロシー、冷静に考えてみて。近親婚が世界中で禁止されているのには訳があるんだ」
「でもこれ、近親婚じゃなくて、自分一人で完結しているんだからクローンみたいなものじゃないの?」
「全然違う。クローンは自分と全く同じ遺伝子を持つコピー個体を作る事だ。ドロシーがやろうとしているのは、配偶子を介しているからクローンじゃない」
配偶子というのは、精子や卵子の事。
近親婚が何故禁止されているのかには理由がある。それは、遺伝病の発症リスクが極めて高くなるからだ。遺伝病の多くは劣性遺伝子(最近では『優性・劣性』を『顕性・潜性』と言い換えている様です)上に乗っている場合が多く、通常の生殖であれば二対ある遺伝子の片方に
「ほら、そんな物を後生大事に持っていないで洗おう」
「えっ?」
ドロシーは、躊躇した。掌の上のそれに嫌悪感が有るとはいえ、自分の体から出てしまった子種を洗い流してしまって良いのか迷っていた。
「そんなものいくらでも出るからとっとと捨てなさい」
「いくらでも出る?」
女性しか体験していないドロシーはその言葉を不思議に思った。何故なら女性の方の配偶子である卵子は、月に1回のペースで通常1しか個排出されない。そして徐々にその残りの数を減らして行く。やがて閉経という上がりを迎えてしまうと、配偶子はもう出ないのだ。つまり女性は一生の内に排卵出来る配偶子の数が有限なのだ。子をもうけたい女性にとってはこれは結構切実な問題で、かなり焦る問題だ。性に疎いドロシーは男の方もそうだと思っていた。だが、ユウキの言葉通りだとすると、限度はあるがこれが幾らでも出るらしい。女性の様に残機を気にする必要など無いと言う。これはずるいと感じた。
ユウキはバスルームの前までドロシーを連れて行き、ドアを開けようとしてちょっと迷った。またあの空間が広がっていたらと思うと一瞬だが体が硬直してしまったのだ。しかしあの時の様な能力を使おうとさえしなければ何とも無い事は理解している。意を決してドアを開けると、そこはごく普通のバスルームで、ちゃんと床も天井も壁も在る。
ユウキはホッと息を吐き、ドロシーと一緒に中へ入った。シャワーのノブを回して湯を出すが、暫くは水しか出ないので備え付けのボディーソープを取り、ドロシーの両手に泡を付けて洗ってあげた。その時のドロシーは複雑な表情をしていた。段々とシャワーの水は暖かくなってきたので、ユウキはボディーソープを自分とドロシーの体に付け、お互いに洗いあった。
二人でバスタブの中で向かい合って座り、栓をしてお湯が溜まるまで話をする事にした。
「ドロシーのそこ、変身術で作ったモノとはいえ本物と全く同じだね」
「まあね、元々女だし」
「その魔法いいな。今度私にも教えてよ」
「まあ、課題の脱出とは全く関係無い魔法だからいいけど……」
「やった!」
他愛無い会話から、話題はあの恐ろしい体験をした空間の事に変わる。
「それはね、出口をしっかりとイメージしなかったからよ」
「そっか、ドロシーが中へ入る直前しか見えなかったから入口を作る部分しか見えてなかったんだ」
「それと、中へ入った時に入口が閉じるかも、閉じたら怖いって思ったでしょう。それ絶対思ったら駄目。本当に閉じるから」
「うわ、すげぇヤバかったんだ!」
「本当に閉じて中に取り残されたら、私でも見つけ出す事は出来ないわ。あの空間は広大過ぎる。あなた、他人の能力を半端に真似出来るだけに本当に危なかったのよ」
「うう、今更だけど手が震えて来た」
「いい? ドアを開けた時に中に出口が見えていなければ絶対に中へ入っては駄目。いいわね」
「う、うん、分かったよ」
バスタブの湯が胸の高さまで溜まり、ゆっくりと浸かって温まり、他愛のない会話を楽しんで、ユウキは敵だと思っていたドロシーと少しは打ち解けたのかなと思った。明日からは変身術のレクチャーと、
二人はバスルームを出て濡れた体にタオル地のバスローブを羽織り、ユウキはベッドへ、ドロシーは自分の部屋へ帰って行った。
ユウキはドロシーが持って来てくれた夜食を食べ、眠りに就いた。
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