第275話 困ったな

 「つまり、能力者っていうのは魔法の様な手順を踏まなくてもを起こせる人、って認識で良いのかな?」

 「そう、自分の手足を動かすが如く自然に魔法の様な事が出来ちゃう人の事ね。あなたや私の様に」

 「ヤレヤレだぜ」

 「あ、それ知ってる、ジョジョだ」


 ユウキがヤレヤレと言ったのは、ドロシーに能力者だと指摘されたからではない。ドロシーの能力を習得ラーニングするには、魔法をコピーする時の様に魔法式からアクセス出来ないから面倒だなと思っただけなのだ。とはいえ、ドロシーの飛行術はなんとかコピー出来た。約一ヵ月弱の時間は掛かった訳だが…… ユウキは、またそれだけの時間が掛かるのかと思い、ウンザリしたのだった。

 ユウキは、当初ドアの方に何か魔法が仕込んであるのかと思っていた。しかし、ドロシーが、独自能力を使っていたのだと分かったからには、観察対象はドアからドロシーへと変更せざるを得ない。見るのは勿論ドロシーの脳内を流れるエネルギーだ。

 シナプス神経のネットワークを流れるエネルギーのパターンを覚え、自分の中に再現しなければならないのだ。その為には四六時中ドロシーに付き纏い、『ドア・ツー・ドア』を使う瞬間を見逃さない様にする必要が有る。だけど、金魚のフンみたいに一日中ドロシーの後ろにくっついて歩いていても、彼女は一向に能力を使ってくれないのだ。


 「ねえ、私に能力を覚えさせる気があるの? 全然使わないじゃない!」

 「必要の無い時に使う訳ないじゃない。ちょっと、トイレまで付いて来るつもり?」


 居室に入り、バスルームのドアのノブに手を掛けたドロシーは、振り返ってユウキにそう言った。ユウキもトイレの中までは付いて行くつもりは無いのでドアの外で待つ事にしたのだが、ドロシーがドアを開けて中に入る際に脳のネットワークに妙な信号が流れた事に気が付いた。


 「あっ、ちょっと待って!」


 そう言い終わらないうちにドロシーはドアを閉めてしまった。ユウキは慌ててドアを開けたのだが、後の祭り。ドロシーはでどこか別の所へ行ってしまった後だった。


 「もうっ! 逃げられた―!!」


 ユウキは悔しがった。しかし、一瞬だけ見えた脳幹から小脳の方へ一際大きく流れるエネルギーとその周辺の輝きのパターンは脳裏に焼き付けた。ユウキはこれで『ドア・ツー・ドア』を再現出来ると思った。そして、忘れないうちにやってみようと考えた。


 実際に三次元の人間が四次元空間へ入ったらどうなってしまうのか見当も付かない。それはまるで洞窟最深部に在る、明かりも無く真っ黒に見える深さも分からない地底湖の水面へ命綱も無しに飛び込もうとする様な気持ちに似ていた。


 「よしっ!」


 ユウキはバスルームのドアのノブを掴み、気合を入れた。そして、今見たパターンを自分の脳内に再現する事に集中する。

 そしておもむろにドアを開け、中へ入る。


 「うっ、わっ!」


 急に足元の床が抜けた様な感覚がして転びそうになった。というか、床が無い。それどころか天井も壁も無い。周囲は暗闇と虹色の光がマーブル模様の様に混じり合っている。闇と発光する靄が漂い、所々渦を巻いている様にも見える。広さの感覚はもとより上下の感覚すら全く無く、距離感も分からないのだ。まるで宇宙船のドアから宇宙空間へ放り出された様な感覚だ。右手はというと、しっかりとドアノブを握っている。ドアは在るが、その周囲には何も無い。何も無い空間にドアだけが浮かび、反対側から見ればバスルームの入口であろう四角い穴がぽっかりと開いている。

 もしドアノブを握っているこの手を放してドアが閉まってしまったら、この何も無い空間を永遠に漂う事になるのかと思うと恐怖心が一気に押し寄せて来て、必死にドアノブにしがみ付いて、どうにか入口から外へ出る事が出来た。廊下へ出ると、中は元のバスルームへと変わっていた。あの虹色の変な空間は既に消えている。もう一度中へ入ってみる勇気が無い。ドアの向こうに見えているのは紛れも無くバスルームだというのに、恐くて中へ入る事が出来ない。ユウキはその場にぺたりと座り込み、冷や汗をかいた。あのままあの空間に取り残されたら二度と出て来る事が出来なかっただろう、そう確信する。

 ユウキは廊下に座り込んだまま暫くの間呆けていた。正確に計った訳では無いから、もしかしたら何分いや何十分だったかも知れない、もしかしたらいやそれ以上経っていたのかも知れない。それ程あの何も無い空間の衝撃は強く、後から恐怖がこみ上げて来て思考がホワイトアウトしていたのだった。

 気が付くと目の前にドロシーが立っていた。今日の分の食事と飲み物を持って来たのだと言った。


 「何やってんの? もしかしてあれからずっとここに居たの?」


 ユウキは無言でドロシーの足にしがみ付き、ガタガタと震えていた。


 「ちょっと、どうしたのよ? サンドイッチ落としそうだから放して」


 しかし、ユウキは一言も喋らず震えているばかりだ。ドロシーは手に持った荷物を一旦横へ置いて、ユウキを抱きかかえたままベッドルームへ連れて行き、ベッドの縁へ座らせた。そしてドロシーもその隣へ座り、ハグをして優しく頭を撫でた。ユウキはドロシーの胸に顔を埋めて震えが止まらない様子だった。

 ドロシーは暫くの間ユウキをハグしていたが、子供の様に怯え震えるユウキを抱きしめながら段々と抑えがたい劣情が頭をもたげて来るのを感じていた。

 かなり長い間二人は抱き合っていたが、ようやくユウキの震えも収まって来た様だ。


 「ありがと、ドロシーごめんね。もう大丈夫……」


 ユウキはドロシーにしがみ付いていた両腕の力を抜いて離れようとしたのだが、ドロシーは逆に抱きしめる腕に力を込めてきた。そしてユウキをベッドへ押し倒した。


 「ドロシー? ドロシー! 駄目だよ!」


 ユウキはドロシーの肩をタップして止める様に促した。しかしドロシーは力を緩めない。


 「ごめん、ごめんね、ユウキ……」


 同じ言葉を呟くばかりで全く離してくれないのだ。そして、ドロシーは少し体を起こしたと思ったら、ユウキの着ているスウェットをたくし上げ、ユウキの胸をあらわにした。

 ユウキはエスピーダースーツを解除された時には既にスマホを取り上げられてしまっていたのだが、幸いリストウォッチの方の機能は気が付かれていなかった様で、幸い『変身☆お着換え君』は起動する事が出来た。なのでそのリストの中に登録してあったスウェットを着ていたのだ。ただ、ユウキの場合は面倒臭がって下着も一緒に変更する仕様にはしていなかったため、裸の上にスウェットを直接着ている状態になってしまった。だからスウェットを捲られただけで胸があらわになってしまったのだ。

 上は簡単に脱がされてしまった。スウェットのズボンも裾を引っ張られて簡単に脱げてしまった。そしてユウキに跨ったままドロシー自身も着ている服を脱ぎ始めている。真っ裸にされてユウキは『やめて』と言おうとしたのだが、確か英語圏の人間に『やめて』とか『いや』とか言うのは逆効果だと聞いた事がある。何と無く音の響きが誘っている様に聞こえるらしい。一番効果的なのは、大きな声で『STOP!』と言う事だと聞いていたので言ってみた。


 「ストップ! ドロシー、ストップ!!」


 まるで犬に命令するみたいだが、ある程度効果は有ったみたいでドロシーは、ビクッとなって動きが一瞬だけ止まった。だが一度火が付いてしまったものはなかなか止まらない。ユウキの上に覆い被さって来る。

 ユウキの力ならドロシーを跳ねのける事なんて容易い筈なのだが何故か抵抗できないでいた。心と体が分離してしまった様にドロシーのなすがままにされてしまっていた。多分無意識に身体の方が受け入れようとしてしまっているのだ。とはいえ、ドロシーの体は今は女性なのだ、ユウキに対し何かできるとも思えない。それがユウキに本気で抵抗させない要因だったのかもしれない。

 ユウキは体の反応とは裏腹に冷めた頭で困ったなと思っていた。


 (これって、浮気になるのかな?……)


 

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