第45話 魔法?

 「これはいったい…… これは魔法か?」

 「まあ、似た様なものかもね」


 二人はさっきまで居た屋敷から瞬時に大学のキャンパスに立って居た。




 麻野は数分前まで確かに屋敷の中に居た筈だった。

 軽い気持ちで30km離れた二か所で同時に目撃されたトリックを聞いた所、あきらは少し考えた後、麻野を手招きして浴室横の洗面室へやって来たのだった。


 洗面室はリビングからは死角に成っているし、女中も監視役の人間もリビングまでは入るが、わざわざ洗面室の所までは覗かない。

 監視カメラも当然設置されていたが、女性の入浴シーンを覗くとは何事かと真っ先に無効化している。

 もしこれがホテルで有ればルームクリーニングで人は入るのだろうが、要人警護のセキュリティー上余計な人間の入室は制限されているので、ここはほぼあきらの私室という扱いで自由に使う事が許されていたのだ。


 あきらはスマホを操作し麻野に入室権限を与えると、背面の壁に手を当てた。

 壁の一部が取っ手の無い押戸の様に向こう側へ開いて行き、その奥には灰色一色の無機質な四角い部屋が見えた。

 部屋には奥側に扉が一つ在るだけで窓一つ無いのだが、壁全体が発光しているのか部屋全体がぼんやりとした明かりに包まれている。


 麻野はあきらに続いて一緒にその部屋の中へ入るが、ここで麻野は直ぐにおかしな事に気が付いた。

 それは、こんな所にドアが在ったなら、その出口はリビングである筈なのだ。

 何故なら、その壁はリビングと洗面室の間の壁なのだから。

 その壁の厚みは精々15cm程度だろう。こんな広さの部屋が入るスペースなど何処にも在る筈が無いのだ。


 あきらは奥の扉の所まで歩くと、徐にその扉を開いた。

 扉の外へ出ると、そこは植え込みによって死角に成った、どこかの建物の外壁の外だった。

 壁沿いを歩いて煉瓦舗装された広場に出ると、麻野にもここは大学のキャンパス内である事が分かった。


 「あきら!」


 広場の向こうから久堂玲くどうあきらの名を呼ぶ声が聞こえた。

 声の主は神田優輝かんだゆうきだった。

 優輝はあきらの元に走り寄ると、あきらは優輝の耳元で何かを囁いた。優輝は答える様に何度か頷いた。


 「来るなら事前に連絡くれれば良かったのに。俺これから授業あるからまた後でな」

 「うん、私も直ぐに戻らなければ成らないから、後でね」


 そう言って優輝は走り去って行った。

 麻野にはそれが小芝居の様に感じた。


 来たルートを逆に屋敷に戻ると、麻野は今起こった事が夢なのか現実なのか分からなく成ってしまっていた。

 その時、麻野の無線機が鳴った。

 麻野達の使う無線機の周波数帯は妨害されていない様だ。

 無線に応答すると、相手は本部の管制センターからだった。


 「今、神田優輝かんだゆうきを見張っていた職員から連絡で、久堂玲くどうあきらと麻野さんらしき人物を見たと報告が来たのですが、心当たりは有りますか?」

 「ああ、その事に関しては後で報告書を上げる。それまで待ってくれ」


 麻野はこたつに座ってコーヒーミルをガリガリやりはじめたあきらを見て、ため息をついた。


 「ちょっと良いか?」

 「今コーヒーを淹れているから簡潔にお願いします」

 「あのな、永久電池どころじゃない、今のあれはとんでもない技術なんだが?」

 「かもね」


 あきらはコーヒー豆をガリガリと挽きながら、麻野の方を見もしないでそう答えた。


 「何で黙ってた?」

 「うーん…… 何故かと言われると、そうねぇ…… これは私にしか出来ないから、かなー?」


 あきらは一言ずつ考えながらゆっくりと言葉にした。

 実際は優輝も持っている能力なのだが、彼の方は秘密という事にしてある。

 コーヒー豆をドリップにかけ、ポットのお湯を注ぎながら麻野の方を見る。


 「つまりね、電池みたいに仕組みを解明して技術として取り込める可能性の有る様なものじゃないでしょう? 個人の能力なんだから」

 「そうなのか? 何か使い道が有りそうだが」

 「まあ、思い付いたらその時教えて。ただし、私がつきっきりであなた達を運んであげるというのは無しよ。面倒臭いから」

 「ああ、了解した。追加の項目が有れば、その時に相談して決めるんだったな」

 「その通り、よろしくね」

 「ああ、任せて置け」


 こうしてあきらは解放される事に成った。

 コーヒーを飲みながら、今後の連絡方法などを交わす。


 護衛を付けたいと言う麻野の再度の申し出はあきらは丁重に断った。

 護衛という名の見張りなんて付けられては気の休まる時が無い。

 結構粘られたが、どんな暴漢だろうと私を傷付ける事も攫う事も出来ないと言われ、麻野は渋々引き下がった。


 最後に家まで送ろうかと言われたが、ここから自分のアパートへ帰るからと言い、それも断った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 屋敷の洗面室から拡張空間の部屋へ入ったあきらは、アパートで作った拡張部屋の寝室内へ出た。

 そこで普段着へ着替えると、通常空間のリビングの方へ出た。


 「ん?」


 何か違和感がある。

 最後に部屋を出た時と何かが変わっている。

 あきらは部屋を見回し、盗聴器や隠しカメラが無いかを調べた。

 大きな光が一つと、小さな光が二つ見える。

 小さな光は、盗聴器とカメラなのでそれを無効化し、大きな光の方へ声を掛けた。


 「侵入者さん、出て来なさい。10数える内に出て来ないと警察に電話するわよ。ひとーつ、ふたーつ……」


 そこで動きが有った。

 押し入れの天井裏からもぞもぞと一人の男が降りて来た。

 あきらはその侵入者が誰だか直ぐに分かった。


 「お久しぶりですね、三浦さん」


 そう、日本版CIAとも言われる諜報活動を行う部署、カウンターインテリジェンス・センターの三浦だ。


 「女性の部屋に勝手に忍び込んで何をなさっていたのです? 言い訳が有るなら聞きますけど?」

 「いや、誤解の無い様に言っておくが、決してやましい理由ではないんだ。護衛のつもりだったんだよ」

 「あら? 麻野さんには護衛は要らないと言って置いた筈ですが? 確認しましょうか?」

 「ああ、構わない。それで誤解が解けるなら」


 あきらは、麻野から受け取った名刺に記されている携帯の番号へ電話を掛けた。


 「はい、麻野」

 「久堂玲くどうあきらです。あなたの部下の三浦さんが私の部屋の天井裏に潜んでいたのですが、どういう事でしょうか?」

 「あの馬鹿、いや、失礼。これは手違いなんだ。説明させてくれ」

 「三浦さんもあなたも言い訳がましいんですけど」

 「済まない、本当に済まない。連絡が遅れただけなんだ。だってさっき護衛は付けないという条件を取り決めてから数分もしない内にもう家に帰り着いているなんて思わないじゃないか。私だって未だ本部に辿り着いていないんだぞ。彼に連絡を入れる時間も無かったよ」

 「あー、まあ、言われてみればそうですけど、女性の部屋の天井裏に潜むっていうのはどうなのかしら?」

 「彼には護衛を言い付けただけそのやり方は個人判断に任せて有るんだ。そんな…… いや、これも言い訳に成ってしまうが、彼の程の技能レベルなら通常は気付かれる筈は無いんだ。いやいや、言い訳にも成っていないな、返す返すも済まなかった! 今彼には護衛指令の解除を送信したから俺の顔に免じてここは許してはくれまいか」


 床に正座の姿勢で座っている三浦に目を落とすと、がっくりと肩を落として項垂れていた。


 「それじゃあ今回はこれ以上追及しないでおきます。次は無いですからね」

 「分かった、恩に着るよ」


 電話を切った。


 「今の会話の内容は聞こえていましたね? 速やかに退去願います」

 「分かった。ご迷惑をお掛けしました」


 三浦は、自分の潜入術、潜伏術にはかなりの自信を持っていた。

 カメラと盗聴器は本物だが本来の目的を隠す為のダミーで、自分が同じ部屋に潜伏している事から目を逸らせる目的でわざと見つかる様に設置して置いた物だ。

 それをただの大学生に容易く見破られるなんてと、三浦はすっかり自信を失って落ち込んでしまっていた。


 後で麻野からあきらの能力について聞かされてその自信は復活したとかしなかったとか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る