第200話 ミサキ君結婚する?
「あ、ごめんなさい。居たの気が付かなくて」
普通このセリフは、入って来た方が言う物なのだが、何故か桜の方が言ってしまった。娘さんは無言でその場を走り去って行った。桜の方は何か用事が有ったのかなと思った程度だったのだが、娘さんの方は顔が真っ赤になっていた。
実は、桜的には自分の心の中は、まだ女子高生の部分が少し残っていたので、見られたのが女の子でホッとした部分も有った。多分、男に見られたなら、女の子みたいに悲鳴を上げていたかも知れない。
その後暫くの間、お互いに気まずくなってしまい、殆ど会話らしい会話も無かった。娘さんの方は初めて見た父親以外の若い男性の裸にドキドキしてしまい、桜の顔を見るのも恥ずかしくなってしまっていただけなのだが、桜の方は、目の前に赤の他人の裸の男が居たら嫌だろうなーと思い、無視されても仕方が無いかと割と冷静に考えていた。
そこから更に1ヵ月程は何事も無く過ぎ、とある夏本番の蒸し暑い日に、桜はその日の湿気と暑さに耐えられなくなり、日没後また上半身裸で夢中で仕事をしていた。
「ひゃっ!」
急に背中に冷たい感触があり、思わず声を出してしまった。振り返ると、そこに居たのは娘さんだった。彼女は、手に小さな壺を持ち、その中に入った何か粘性のある液体を桜の背中に塗ったのだ。
「これ、お母さんが持って行きなさいって。これを肌に塗ると、熱を取ってくれて肌も保護してくれるんだって ……ずっと話出来なくてごめんなさい」
「え? あ、うん…… こっちこそ無視してたみたいになっちゃってごめんね」
背中越しに桜は答えた。
「サクラは、自分の国へ帰れる事になったら帰っちゃうの?」
「 …… 」
桜は返答に困った。というのも、こちらの世界へ来てから約1年は経とうとしているのだが、全く帰れそうな手掛かりが見つからない。お世話になっているオーノヒロミさんだって帰る方法が見つからないまま10年もこちらの世界に居るそうなのだ。
桜の気持ちも、望郷の念よりも親切に見ず知らずの桜を受け入れてくれたこちらの世界へと段々と傾いて来ていたのだ。しかし、急に居なくなった自分の娘を心配する両親に会って、一言話したい気持ちも有る。桜の気持ちは揺れていた。
娘さんの方は方で、毎日真面目に働き、自然体で接して来てくれる桜に対する想いが日々募るのだが、この人は何時かは自分の世界へ帰ってしまうんだという心配で、素直に気持ちを表に出せずにいたのだ。
桜にとっては、当初は彼女に取っては自分は異性なんだと言う気持ちはすっかり忘れて、普通に年の近い同性の友達の様に馴れ馴れしく接してしまっていたせいで勘違いをさせてしまっている事に全く気が付いていなかった。
そんな恋に悩む我が娘の気持ちに気が付いていた母親は、年頃の娘の相手として幸運をもたらすと言われる漂流者が自分の家の婿に成ってくれれば、娘を他所の家へ嫁に出さずに済むとの想いで、父親とも相談し、二人をくっ付けてしまおうと画策した。画策したと言うと、悪だくみの様に聞こえるかもしれないが、気立ても良く働き者の桜は、絶好の婿候補に思えたのだった。
「帰らないで!」
彼女は桜の背中に抱き着いた。桜は背中に二つの柔らかい感触を感じ、ドキドキした。今迄、自分の体のそういった反応は極力抑えて来たし、彼女に対しても性的な目で見てしまいそうになるのを必死で堪えて来ていたのだ。しかし……
「こっちを向いて、あたしを見て」
桜がおずおずと振り向くと、彼女は涙を流していた。そして、徐に今着ている貫頭衣の様な形の服を脱ぎ捨てると、その下の何も身に付けていない体があらわとなった。桜はその裸体が眩しく思え、しかし目をそらす事が出来ず、自分が今迄同性だと思っていた女性の裸体に対して性的な興奮を覚えている事実を明確に自覚し、固まってしまった。業を煮やした彼女は、桜に抱きつき激しく口と口を合わせた。
桜はもう、頭の中が真っ白となり、気持ちで抗う事は出来なくなっていた。そして、本能のままに彼女を後ろの干し草のベッドの上に押し倒した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、目を覚ますと既に彼女はそこには居なかった。
桜は、何かとんでもない事をしてしまった様に思い、昨夜の出来事は夢だったのではないかと思おうとしたのだが、干し草のベッドは乱れ、ベッドの下には彼女に体に塗られた薬の入った小さな壺が転がっている。昨夜の記憶はまさしく現実での出来事だったと思い知らされた。
こちらの世界で異性と関係を持ってしまっては帰るに帰れなくなってしまうのではないかという思い、そして何か得体の知れない運命の様なものに追い詰められていく様な感覚が怖かった。
桜は、お世話になりながらそこの娘さんとこんな関係になってしまい、申し訳なさと恥ずかしさで誰にも顔を合わせない様に、早朝の農場から抜け出し町へ出た。
そこで、何という偶然だろうか、ユウキとアキラに出会う事になったのだ。
ユウキとアキラを伴い、お別れの挨拶をしにお世話になった農家の一家を訪ねた時、あちらのご両親は、大層がっかりした様子だったが、何時かこういう時が来るのかも知れないと微かには思っていたらしく、特に引き留められる事は無かった。その時の娘さんの表情はとても忘れられるものでは無かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふーん、ミサキ君はちゃんと理性が働いていたんだ」
ユウキはチラッとアキラの方を見た。
「あーもう許して。これ、一生言われ続けるやつ?」
許されてはいるが、面白がって一生事ある毎にチクチク言われるやつだとアキラは思い絶望した。そしてそれは、二人の寿命の長さを考えると、何千年も言われ続ける事を意味している。アキラは、ずーんと暗い気持ちになった。
「まあ、それはそれとして、監督責任者として、また雇用主として従業員のしでかした不始末には、ちゃんと先方に謝罪に同行しなければならない」
謝罪の品と、取り敢えず必要な物を買い集め、ミサキ君は、ユウキとアキラとホダカお爺ちゃんに付き添ってもらって、まずはオーノ商会へ出向いた。
オーノ商会ではこちらの世界での後見人としての責任を感じて、オーノヒロミさんも大きな荷物を持って店の前で待って居てくれた。
ミサキ君は、4人の大人を引き連れて、ぞろぞろと農家さんの家へ向かうのだった。
農家さんのお宅へ到着し、玄関のドアをノックして声を掛けると、間髪を入れずにドアが開き、その奥には先方のご家族全員が整列して立っていた。オーノヒロミさんが気を利かせて使いの者を送り、今日訪問する事を伝えていたのだ。
真ん中には赤ん坊を抱きかかえた若い女性が立っている。この農家さんの一人娘で名前はシーラという。赤ん坊は男の子で、名前はリオだそうだ。
「私達の時は出来難いと言われたのに、ミサキ君は一発で命中させたのか」
「ユウキ下品。一発命中とか言わないの!」
「あ、ご、ごめん!」
異世界間を何度も行き来していたユウキとアキラは、意図せず魂の格が上がってしまい、子供の出来難い体質になってしまっていた。魂の
では、ミサキ君の場合はどうだったのかというと、まだ渡航回数が一回だったせいも有るだろうが、お相手の方が現地の人間で、デフォルトの状態だった為だと思われる。寧ろミサキ君の方が若干強化されていたせいで、当たりを引き易かったのかも知れない。
「この度の事は、後見人としての私の責任でもあります。この通り謝罪申し上げます」
「私達はこの子の雇い主です。大事な娘さんにこの様な事をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「いえいえ、赤ん坊が生まれた事は幸せな嬉しい出来事です。どうぞ皆さん、頭をお上げください」
頭を上げると、皆怒っているどころか、満面の笑みでニッコニコであった。ああさては、家族ぐるみで仕組んだんだなとユウキは思ったけど口には出さなかった。
家の中へ通され、今後の事を相談する事になった。
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