第82話 姶良カルデラ

 あきらは車を南へ走らせた。目指すは鹿児島県姶良市。

 『姶良カルデラって言う位だから、姶良市へ向かえば良いのよね』というあきらの適当な判断だ。

 本当は、錦江湾最奥の度真ん前は霧島市なんだから、霧島カルデラと呼べば良いのにと思うのだが、霧島は反対側に霧島連山という大きな火山地帯が控えていて、そこには加久藤カルデラというのが在るので、錦江湾の方を霧島カルデラと名付けると紛らわしいからなのではないか、だからお隣の姶良市の名前を取って姶良カルデラと名付けたのではないかと勝手に想像している。


 二人は姶良市へ入り、そこでホテルを取った。

 ホテルの目の前には錦江湾(鹿児島湾)が広がり、その向こう側に桜島が噴煙を上げているのが見える。


 「この湾が巨大な噴火口だって言うんだから怖いよなー」

 「そしてあの桜島がその外輪山の一つに過ぎないなんてね」


 ここのホテルを選んだのは偶々では無い。

 優輝が指定してここに決めたのだ。

 車で阿蘇から鹿児島県へ向かう途中、ふとある事を思い出したのだ。


 「新しくて綺麗なホテルね。ここを選んだのは何か目的が有るんでしょう?」

 「うん、高校の時の修学旅行で、ここの旧館に泊まったんだ」

 「思い出のホテルなのね」


 優輝がここに宿泊した理由は、単に思い出が有るからという訳では無かった。

 車で姶良市に入った時、高校生時代の記憶を思い出したのだ。

 修学旅行のホテルで、幽霊を見た事に。


 「つまり、向こう側の人間を見た訳ね」

 「そうなんだ。旧館は和風建築の旅館で、横の方に在ったと思うんだけど……」


 優輝は窓から身を乗り出して、外を覗こうとした」


 「ちょっと! 危ないから!」

 「良く見えないな。ちょっと外へ出て確認して見よう」


 窓からでは旧館の方向が良く見えない為、一旦外へ出て敷地内を調べてみる事にした。

 新館の建物の横へ回ってみると、優輝の記憶通り和風建築の旧館がそこに在った。


 「うーん、これは、和風建築というか、昔のオンボロ旅館というか……」

 「もう使われていないのかな?」


 近くへ行ってもっとよく見てみようと思ったのだが、ホテルのスタッフが飛んで来て止められてしまった。

 来月には取り壊し予定なので、立ち入り禁止に成っているのだそうだ。


 「外から周囲を見るだけなら構いませんか? 三年前に修学旅行でここに泊まって、懐かしくて」

 「左様で御座いますか、再度のご利用有難う御座います。内部は立ち入れませんが、庭から外回りをご覧になるだけなら構いませんよ」

 「どうもありがとうございます。写真を写しても良いですか?」

 「はい、どうぞご自由に写して頂いて結構です」


 許可を貰って、旧館の正面から一枚、横の方へ回って一枚写した。

 そして、三年前の高校生の頃の記憶を頼りに裏庭の方へ回って、優輝達の班が泊った部屋の場所は良く覚えていないが、大体の辺りをもう一枚とその周囲の風景も何枚か写した。

 ホテルの人が遠目に見ているので、あまり怪しい行動は出来ない。

 近くへ拡張空間をセットするのは諦めた。


 二人は部屋へ戻って、今撮影した写真を注意深く調べてみた。


 「うーん、写って無いわねー……」

 「うん、俺の目でも人影は見えなかったな。田舎だからなー、あの時に偶々通った人が見えただけで、そんなに人が通る場所では無いのかも」


 異世界より人口密度が遥かに高い日本でさえ、田舎の方へ行くとたまにしか人が通らない道などざらにある。

 ましてや異世界側では例え近隣に小さな集落が在ったとしても、優輝の視認可能な20m範囲内に人が通る確率は限りなく低いのではないだろうか。

 鹿児島でゲートを開ける可能性は、かなり低そうに思えて来た。


 「一か八か、三年前に人が見えた場所でゲートを開いてみようか」

 「ええー。優輝は赤ちゃんが居るんだから、あまり無茶な真似はしない方が良いよ」

 「でもなー、せっかくここまで来てチャンスを無駄にするって言うのも。バリアが有るんだから多少は平気だろ?」

 「もうちょっとこちらへ滞在して、調査してもどうしても見つからなかった場合に、最後の手段としましょうよ」

 「それもそうか。あきらは何日位休めるの?」

 「何日でも」

 「えっ?」

 「だって私、あそこの職員でも何でも無いもの。お給料だって貰って無いし」

 「えっ、そうだったの?」

 「そうよ。研究設備を貸してくれるって言うから御厄介に成っているだけ」

 「とんでもない好待遇なのか、ただ働きさせられてるというのか、良く分からないな」

 「そうね」


 こちらは無料で設備を使い研究し放題、あちらは研究成果も成果物も無償で頂ける。どちらも損はしていない関係になっている。

 雇用関係では無いのだから、当然拘束時間も存在しないと言う訳だ。


 「だから、飽きるまでいつまででもここに居られるわよ」

 「うーん、これが人に雇われないで稼ぐと言う意味か。他人に拘束されない、他人に命令されない、色々と今迄刷り込まれて来た常識みたいなものが崩れて行くなー」

 「そうね。幼稚園から高校まで、団体行動、上からの指示通りに動く、周囲との協調性、チームの一員として協力して一つの事を成すという、将来サラリーマンとして働く上でのベースと成る様なマインドを徹底的に叩き込まれて来るもの。日本では、経営者、社長としてのマインドは一切教育されないわ」

 「学校は社会の歯車製造装置だという事か」


 二人はホテルに一週間ほど常駐する事を告げ、前払いで料金を支払った。

 そして、翌日から徒歩で周辺を探索する事にした。

 向こうとこちらで地形が同じだとすれば、必然的に集落の出来る場所も似た場所に成る筈だ。

 なるべく平坦な土地の有る場所を中心に調査を進めて行った。

 しかし、二日程徒歩で周辺地域を調べてみたのだが、一向に手掛かりが掴めない。


 日も暮れ、散々歩き疲れてホテルに戻る途中、ふと旧館の方を見ると、人影が動いた様に見えた。


 「あれ?」

 「んー? どうしたの?」

 「あの辺り、ちょっと写真写してみて」


 あきらは、優輝が指差す方向にスマホのカメラを向け、写真を写してみた。

 距離が有って小さいが、そこには確かに人らしき何かが写っていた。


 「見付けた!」


 二人は直ぐ様その人影が歩いて居た場所へ走り、優輝が周囲を見回すと、少し先に後姿が見える。

 直ぐにその姿を追いかけ、後をつけて行くと、裏庭へ入り旧館の壁の中へすうっと入って行った。

 その近くの窓を背に、裏庭の方向を見ると、高校生の時の記憶が蘇って来た。


 「そうだ、この景色だ。修学旅行の時に泊まった部屋の窓から見た外の景色だ!」


 そして、窓の位置から当時泊った部屋の見取り図を思い出して頭の中で重ね合わせると、今の人影が入って行った壁の位置は丁度部屋の押し入れがある位置だ。


 「やった! ここで間違い無い!」

 「やったね!」


 二人はハイタッチし、直ぐにその壁に拡張空間をセットした。

 優輝は直ぐにブルートゥースイヤホンを取り出し、装着。二人は抱き合い、優輝が持ったスマホのボイスレコーダーの再生ボタンをあきらが押すと、全身の毛が逆立つ様な黒板を引っ掻く音と共にゲートが開き、二人は異世界へ移動した。

 大成功だ。と喜び合おうとしたその瞬間、直ぐ近くから悲鳴が聞こえた。


 「キャーー!!」

 「えっ? な、何?」

 「お、お化け―!!」


 その声の方向を見ると、そこには自分達を指差し、真っ青な顔で腰を抜かしている若い男女が居た。

 周囲を見回すと、そこは他人の家の中の様だった。


 「あちゃー! 人んちだよここ」

 「あ! す、すみません! 決して怪しい者では有りません。直ぐに出て行きます!」


 平謝りをし、出て行こうとすると引き留められた。


 「ちょっとまった! こんな時間に何処へ行こうと言うんだい!?」

 「事情を聞かせてくれない?」


 二人の若い男女は、夫婦だという。

 いきなり何も無い所から人が出て来たのでびっくりしたが、強盗の様にも見えない。

 直ぐに謝って出て行こうとするあたり、悪人とも思えない。しかも、若い男女だ。

 魔法使いが飛んだり火を出したり不思議な事をするのを見た事がある。きっとそのたぐいの何かだろうと思ったという。

 事情を聞いて、納得出来れば悪い様にはしないと言うので、ユウキ達は事の経緯を話す事にした。

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