第83話 ドラゴン
「えっ!? あんたら龍神様を探しているのかい?」
「はい、私達、遥か東のイスカという国から来たのですが、ドラゴンの存在を耳にしまして、是非見てみたいと思って来た訳なんです」
「キミ達、
「そうよ、そんな浮ついた気分でやって来た人が何人も命を落としているんですからね」
怒られてしまった。物見遊山気分だったのは確かだ。言われてみれば神様を見物とか、信仰者に取っては無礼極まりない話だろう。
だけど、その話しぶりからすると、本当に居るという確信は得た。
「いえ、浮ついたというか、私達の居た所では知る人は殆ど居なくて、偶々耳にした私達は、真偽を確かめたくてやって来たという訳なんです」
「ふうむ、そんな遠国にまで龍神様の御威光が轟いているのか」
「凄いわねぇ」
御威光が轟いているというか、知ってるのはロデムだけだったんだけどね。
しかし、一万年以上前にロデムが見たという個体とは別なのだろうか?
「遠くから拝見するというのも駄目なんですか?」
「危ないねえ、龍神様は目が良いから、森の木の陰に居たとしても見付けられてしまうよ」
「見付けられたらどう成るんですか?」
「食われるねえ」
「人を食うんですか? 神様が?」
日本には八百万の神が居るが、その内訳はと言うと、良い神も居るが、悪い神も乱暴者の神も居る。
要するに、人智を越えた超常のものを一緒くたに神と表現している。
だから、西洋で言う所の悪魔なんかも日本では神なのだ。人を害する事もあるが、それも神だという認識なのだ。ここでもそうなのかも知れない。
つまり、ここでいう荒ぶる神とは、主に乱暴者の神を差す。須佐之男命とか、平将門など、気難しく乱暴だけど超強い神様の内の一柱だ。
怨霊や大悪霊と言う面と、守り神と言う面の二面性を持っている。
何故そんな乱暴な神を信仰するのかと言うと、悪霊の親分を味方に付けて配下の子悪党達を抑えて貰っているのだ。
その代わり親分には貢物をしますという、まるで任侠の世界みたいなやり方である。
人間側も少々痛いけどそれで全体が守れるなら仕方が無い。一殺多生的な考え方が昔からあるのだ。人柱や生贄といった風習は正にこれである。
「荒ぶる神信仰だな」
「ええ、世界各地でそういう風習が有るのは知っているけど、実際にやってるのを見るのはドン引きだわ」
「アキラ、言い方!」
「つまりここは、生贄の祭壇みたいな所で、あなた達は生贄だという事ですか」
「うっかり人の家に入っちゃったかと思ったけど、そういう訳では無かったのね」
「そうですよ。だからあなた達は夜が明ける前にお逃げなさい。龍神様は夜目が効かないから暗い内はやって来ないからね」
「今なら安全に逃げられるかもしれないわ」
「ふうーん……」
「……」
「……」
「でもさっき、引き留めましたよね?」
二人は目を逸らした。
「あわよくば、私達を身代わりにして逃げようと思ったでしょう?」
「すまない!」
「あなた!」
「最初はそんな考えも
二人は涙を流し、ユウキとアキラに許しを請うた。
誰だってそんな都合の良い身代わりに成りそうな人間が現れたら同じ事を思ってしまうかもしれない。
ユウキ達は彼らを責める事は出来なかった。
「というか、まだなにもされて無いのだから、謝る必要も無いですよ」
「正直に言ってくれてどうもありがとう」
「し、しかし……」
ユウキもアキラもこの人の好い夫婦を助けてあげようと思った。
「その役、私達が引き受けてあげるから、あなた達はお逃げなさい」
「駄目です! 他所の国の人にそんな事をさせる訳には!」
「そうです。これは、あの村に生まれた人間の宿命なのですから。それを全うします!」
「いやいやいや、あなた達を助けるし、私達も死なないから」
「え、いや、無理ですよ。人間は龍神様には敵いません」
「まあ、任せて置いて。これ、肌身離さず持ってて」
「これは?」
「生き残る為のお守り」
アキラが二人に渡したのは、以前に買って置いたGPSタグだった。もし何かに役立つ事が有ればと購入していたのだ。
こちらの世界で使えるのかどうかは不明だったのだが、マップ機能が使えているのでもしかしたらと思い、ロデムに聞いてみたら使えるよとの事だった。
そのタグを手渡し、二人を逃がそうと思っていたのだが、ふと上空に気配を感じて上を見ると、巨大な鳥の様な物がこちらへ向かって飛んでくるのが見えた。
結構長話をしてしまっていたので、気が付くと夜が明けて来ていたのだ。
もうこの夫婦を逃がすのは間に合わないと思ったユウキは、近くに在った大岩に拡張空間をセットし、二人をその中へ押し込んだ。
「いい、龍神が去る迄絶対にこの中から出ない様に。この中に居れば安全だからね」
そう言い終わるや否や、祭壇の建物の前に作られた大きな止まり木の様な構造物の上に西洋のドラゴンの様な姿の巨大生物が降り立った。
まるで大鳥居の上にとまった神鶏の様だ。
ドラゴンはユウキとアキラをそれぞれ眺めると、目にも止まらぬ速さでユウキを丸飲みにしてしまった。
これにはアキラも驚いた。
「ユウキ―!!」
どういう事だろう。何故バリアは発動しなかったのだろうか。
ユウキとお腹の中の子は無事なのか? ドラゴンの体内で呼吸は出来ないだろう。
アキラは、ロデムのバリアさえ有ればどんな攻撃でも大丈夫だろうと高を括っていた自分を責めた。
いつもユウキばかりが酷い目に遭っている。
そしていつも自分が傍に居ながら何の役にも立てていない。
「ロデム!」
アキラはスマホに向かって叫ぼうとしたが、その瞬間ドラゴンに鷲掴みにされ口を塞がれてしまった。
バリアが発動しない! アキラは焦ったが、既に身動きが出来ない状態だった。
そしてそのままドラゴンは飛び去った。
ドラゴンが見えなく成ったのを確認し、二人は拡張空間からそっと出て、その場で跪き、手を合わせて自分達の身代わりと成った二人に祈った。
そして、自分達の集落とは反対側の南へ向けて足早にこの場を去って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドラゴンは、高千穂峰の辺りにある一つの窪みに降り立った。
そこは、霧島連山または霧島火山群とも呼ばれる火山地帯で、無数の噴火口跡が在る。
ドラゴンが降り立った窪地は、その噴火口跡の一つだ。
ちなみに、高千穂峰は、日本では霊峰と呼ばれている山だ。こちらの世界ではドラゴンが住み着いていた様だ。
ドラゴンは、巣に着くや否や、アキラを地面に叩き付け、苦しそうな表情を浮かべ、げえっとユウキを吐き出した。
大量の粘液と共にユウキは吐き出され、地面に落ちる瞬間にバリアが作動して、怪我も無く地面に降り立った。
アキラの方も地面へ叩き付けられはしたがバリアが発動し、怪我は無かった。
「「バリア遅いわ!!」」
二人は思わずバリアにツッコミを入れてしまった。
「何で最初からバリアが発動しないんだよ!」
『うーん、ユウキは口に含まれただけで噛まれなかった様だったし、アキラは時速20km以内で軽く握られただけだったのかも。改良が必要だね』
問題点が出た場合にユーザーからのフィードバックを基に随時改良する、という前回の約束が有ったため、帰ったら直してくれるのでしょう、きっと。
ロデムといえども全て完ぺきでは無いという事なんだね。
「ユウキ! 大丈夫だった?」
「大丈夫に見える―? なんか、いろんな汁でベトベトなんですけどー」
「うわ! くっさ! えんがちょー!」
「ちょっと! 酷くない?」
ユウキの方のバリアは、反射率500%のままなので、ドラゴンが飲み込もうとした途端、喉に激痛が走ったのだろう。
これからゆっくり食事をしようと思っていたドラゴンは、食べる事の出来ない人間を掴まされたと知り、頭に来て火炎のブレスを吐き出した。
ドラゴンの口のサイズから放たれた極太の火炎は、二人の姿をすっぽりと包み込んでしまった。
「おー! 凄いね! 全然熱くないや」
「ちゃんと攻撃してくれれば防御力は完璧みたいね」
『一所懸命に作りました』
ブレスが消えた後に二人が平然と立って居るのを見たドラゴンは怒り狂い、滅茶苦茶に暴れ出した。
両手の爪で引っ掻き、突き刺し、脚で踏みつけ、尻尾で薙ぎ払い、強力な顎で鋭い牙を突き立てる。
しかし、幾ら攻撃をしても全く通らない。
ロデムの作ったバリアは余程頑丈な様だ。
攻撃が全く通らないのだから、諦めればよいと思うのだが、二人が平然としている様子がドラゴンの怒りに余計に拍車を掛けている様だ。
生物界の頂点、最強生物のプライドが、たかが餌の分際の人間に
火炎を吐き、殴り、引っ掻き、噛み付き、踏みつけ、尻尾を叩き付ける。
もうそれは、追い詰められた猫の様に滅茶苦茶な動きだった。
そんな攻撃を数十分も耐えて来たバリアだが、急にユウキのスマホがブーッブーッと警報を鳴らし始めた。
何の事かと画面を見ると、バッテリーの残量が20%を切っている。
これにはユウキもびっくりした。
「えっ!? 無限電池が切れかけてる?」
「え? そんな馬鹿な」
アキラは慌てて自分のスマホを見るが、バッテリー表示は『∞』表示のままだ。
「どう成ってるの、ロデム?」
『攻撃を受け続けてバリアのエネルギー消費が激しい。特にユウキの方は反射率500%だから、エネルギー消費量が五倍なんだ』
「何ですって!? エネルギーが切れたらどう成っちゃうの?」
『バリアが消える。直ぐにそこから逃げて!』
ユウキとアキラは、慌ててその場を逃げようとするのだが、すり鉢状の地形を上る事が出来ない。
「あっ、そ、そうだ! 拡張空間!」
テンパってしまって、そんな事も思い付かなかった様だ。
アキラは直ぐに拡張空間をセットしようとするが、スマホのスクリーン画面でマーカーを動かして範囲を指定し、入り口を作るという手順に手間取る。
一瞬でパッと作れるようなアプリの構造には成っていなかった。
アキラが拡張空間のセットに手間取っている間に、遂にユウキのバッテリーが切れてしまった。
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