第111話 宮中府中の別

 「ちょ、ちょちょっと! 何やってるんだあんたら!?」

 「何をやってるって、見れば分かるだろう? 狭いから部屋を拡張しているんだが」


 何か偉そうに言って来た人に向って麻野は冷静に、『見て分からないのか? 馬鹿なのか?』とでもいう風に冷めた口調で言い返していた。


 「勝手に許可無くそんなものを設置したら駄目だろうと言っているんだ!」

 「何故?」

 「許可取って無いだろうが!」

 「何故? 誰に? うちは外局で独立しているんだが?」

 「だから……」

 「だから? 何だ?」

 「庁舎の壁に勝手に工事したりだな、そもそもセキュリティーが……」

 「工事はしていない。宛がわれた一角の壁に貼り付けてあるだけだ。お前の所の部署は壁にカレンダーを掛けたりしないのか?」

 「うぐ…… しかし、セキュリティーが」

 「セキュリティーはうちの部署の問題だろう。そちらとは繋がっていないし、外部から侵入する事は不可能だ。寧ろおたくさんの所よりセキュリティーは厳重だが?」

 「し、しかし……」

 「しかし、何だ?」

 「ず、ずるいだろう!」


 ずるいと来た。

 勝手に下に見て冷遇していたくせに、自分の所より広いオフィスを確保したらずるいと言う。

 結婚式の時に陛下もいらしてご挨拶賜った筈なのに、その相手を冷遇するとか、どういう了見なのだろう?


 「ああそれなら、あの時付いて来ていたのは皇宮警察のSPだけだし、ここは実質政府とは相互に介入しない組織だから、あの場の顔合わせもしていないから知らないのだろう」

 「出たよ縦割り」

 「縦割りと言うか、『宮中府中の別』の原則だしなぁ。今回の話が出た時に、俺がきちんと説明して置けば良かったんだ。済まん!」


 ちょっと怒っていた優輝だが、麻野に謝られては引っ込むしかない。


 「ずるいと言うが、この空間拡張の運用は、今国交省と文科省の方でルールを決めている最中なんだ。済まんが他所よそモンのあんたらに勝手に貸し与える事は出来ない」

 「あんたらは勝手に使ってて良いのか!?」

 「ああ、うちのモンの技術をうちが使って何の不都合が有るんだ?」

 「ぐう……」


 またぐうの音が出た。

 ぐうの音も出ないっていうのは、よっぽどの状況なのだろう。

 しかし、他所よそモンとかうちのモンとか、どこのヤクザ屋さんなんだろうか?


 「ここで文句言われるなら、皇宮警察本部の建物方にお願いしようか?」

 「何か三権分立がぐちゃぐちゃになりそうね」

 「流石にそれは駄目だろ」


 そんな事をされては、直前に誰と揉めていたのか追及される羽目に成り兼ねない。

 文句を言っていた男は、ブツブツと何かを呟きながら渋々と引き下がって行った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 後日、拡張空間及びそれを利用した通路に関する骨子こっしが纏まったと麻野を通じてあきらへ連絡が入った。

 まずは、その安全性や技術検証をしたいというので、幾つか設置して欲しいとの依頼が来た。


 一つ目は、首相官邸5階の総理執務室から国会議事堂への通路。入出権限は、首相本人と指定したSPのみ。

 二つ目は、FUMAS《フューマス》の敷地内に向かい合わせに作られたコンクリート壁間の移動用。権限は、榊所長及び研究チーム全員。

 三つめは、札幌、仙台、東京、大阪、福岡、沖縄の各公共交通機関を結ぶ歩行者用通路。権限は政府の指定した数人とFUMASフューマスの研究チーム。


 どれも検証用の仮設通路として、一般には解放されない。

 一つ目のは、いざという時のシェルターとしての機能の検証用。二つ目は、純粋に科学的サンプルとしての実験用。三つめは、長距離移動の安全性の検証用だ。


 これらを一年から数年のスパンで安全性、安定性、頑丈さ等を徹底的に調べ上げる。

 特に二つ目の実験用は、優輝やあきら以外に閉じてしまう事が出来るのか、設置した壁を破壊した場合に出入り口はどう成るのか、内部で火薬等を爆発させた場合に部屋は破壊されるのか等、かなり厳しい試験をされるとの事だ。


 あきらは特に、設置した壁が破壊された場合に入り口や中の空間がどう成ってしまうのかが気に成っていた。

 多分中の空間は、入り口を幾らでも付け替える事が出来るので影響は無いのかも知れないが、入り口は壁が無くなってしまった場合にどう成ってしまうのだろうか。

 何も無い空間にポツンと入り口だけ空中に浮かんでいるのか、それとも壁と一緒に粉々に砕けて無くなってしまうのか?

 金網にも設置出来た事から、何か下地に成る物が無いとアプリが反応してくれないのだが、ロデムは空間に自由に出入口を作って出入りしているのを見ると、中空に作れない訳では無い様な気もする。

 ただ、アプリがカメラを使って物体の表面を識別しているという仕様に縛られているだけなのかも知れない。

 とすると、中空に作られた出入口は、何を基準に座標を固定しているのだろう? という新たな疑問が沸く。

 この問題に関しては、後でロデムととことん議論してみたいとあきらは思った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 今月の納品に、ミバルお婆さんの雑貨屋へユウキとアキラはやって来た。

 裏口のドアをノックして、中へ声を掛けると、お婆さんは『ホダカさんは今日は来ていないのかい?』と聞いてがっかりしていた。

 なんだか可哀想なので、時々連れてこようと思う。


 「ノグリさんの農園を見る約束をしているから、時々来ますよ。その時声を掛けますね」

 「本当かい! 待ち遠しいねぇ」


 こんな乙女なお婆さんを見るのは初めてだ。

 中へ入るとビベランも居て、最近ホダカさんに会えなくて元気が無いのだと教えてくれた。

 こりゃ重症だ。


 「あ、そうそう! あなた達に聞きたい事が有ったんだ!」

 「何です?」

 「センギ国のコヴォヴィマテリア商会って知ってるかい?」


 店の中を壊しちゃって、こんな所にまで手配が回っているのかと戦々恐々としていると、どうやらそういう雰囲気では無いらしい。


 「あの商会の偉い人がね、あの二人を是非紹介して下さいと、丁寧な文章の手紙を送って来たのよ。一体何やらかしたの?」

 「うーんと、店の中を壊した」

 「はあ? いや、手配書って感じじゃ無かったけどなー」

 「修理代金の金貨二十枚を置いて来たんだけど、足りなくて怒ってるんじゃないのかな?」


 金貨二十枚と言えば、日本円で240万円相当なのだ。日本の建物なら部屋一つのリフォーム代としては十分な額だと思うのだが、こちらの世界での相場が分からないので何とも言えない。


 「紹介してくれと言うんだから、お客様として探しているんじゃないのかなと思うんだけどな? 修理代金が足りないというのなら、うちから出しておくから心配要らないよ。どういった理由で探しているのか問い合わせてみるから、もうちょっと待ってて」


 そう言ってビベランは、商会の紋章の入った羊皮紙にサラサラと手紙を書いて丸め、封蝋を垂らして紋章の刻印を押してそれを秘書のアデーラへ渡した。

 この世界の手紙と言うのは、封筒に入っている物ではなくて、文字を書いた羊皮紙をぐるぐる巻いて端の所に封蝋(シーリングワックス)を垂らし、印璽いんじ(シーリングスタンプ)や指輪印章シグネットリングを押し付けて刻印する方式なのだ。

 以前にノグリが手紙が高いと言っていたのは、送料も含めて羊皮紙代や封蝋等の形式がきちんと整っていないと送って貰えないといった事情も有ったのだ。


 「馬で往復十日も有れば返事が戻って来るでしょ。それまで気が気じゃないと思うけど、ちょっと待っててね」


 ビベランはそう言ってくれた。

 商会に入っててこんなに頼もしいと思ったのは初めてだった。

 流石は商会のナンバー2。実質ナンバー1なだけはある。安心感が半端無い。


 返事が来るまでは心配で仕様が無いのだが、待って居るしかする事が無いので鍛冶屋にでも行って見る事にした。

 注文したナイフやマチェットが出来ている頃だと思うから。


 「御免くださーい! 注文した物を引き取りに来ましたー!」

 「おう、お前らか! 入れ入れ!」


 裏口から中へ声を掛けると、ちょうど作業中の親方が居て、手招きしてくれた。


 「ナイフもマチェットも出来てるぞ」

 「流石、仕事が早いね!」

 「そうだろそうだろ!」


 親方は、作業机の上に、ナイフ30本と、二振りのマチェットを置いた。


 「お前等の持って来たミスリルはとんでもねぇぞ」


 親方はそう言って、試し切り用の真鉄木の薪を石の上に置いた。


 「お前等すぐ金敷アンビル壊すからな、見てな…… フンッ!!」


 真鉄木の薪の上に刃をあてがい、軽く力を入れると、刃は真っ直ぐ下まで降り、薪を真っ二つにして下の石迄切断してしまった。


 「どうだ、前のとは比べ物に成らないだろう? 魔力の通りが尋常じゃない」


 確かに、優輝達の目で見なくても分かる程度にブレードのエッジが白っぽく光っているのが分かる。

 マチェットの方も良い感じだ。

 長さと言い、重さと言い、重量のバランスと言い、申し分の無い出来だった。


 「凄いや! 完全に注文通りだよ!」

 「喜んでもらえて、俺も嬉しいぜ」


 後ろにこのマチェットを打った本人のお弟子さんが来ていて、そう言った。


 「もう本当、完璧です! かっこいいなぁ」

 「照れるぜ」

 「あ、そうだ。ミスリルまだ足りる? これ全部置いて行くよ」


 アキラは、ジッパー付きビニール袋に入った試験片を全部親方に渡した。


 「お、おい……」

 「俺達が持っていても仕方が無いからね。全部あげる」

 「あげるって…… 嘘だろ!」

 「その代わり良いの作ってね」

 「お、おう! 任せろ!!」


 実際、あきらが研究所からただで貰って来た物だし、ちゃんと使える事が分かったので自分で持っている意味が無い。職人に全部渡して使ってもらった方が良いだろう。

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