第112話 長野の婆ちゃんち

 「ねえロデム」

 『何だいユウキ』

 「動ける様に成ったって事は、こっちの世界のマップは全部表示されるの?」

 『勿論だよ。あ、未だ地図情報をアップデートしていなかったね。ちょっと待って、はい、どうぞ』


 動ける様に成ったロデムの万能感が更に磨きが掛かってヤバい域に達している。

 寧ろ出来ない事は有るのかと問いたい程だ。

 パートナーを見つける事が一万年以上も出来ていなかったのだけど、それはもう解決したとの事。

 ユウキは、完全無欠なロデムよりも、何か一つ位欠点が有った方が親しみ易いのになと思った。


 『ボクは人の考えている事を読んだりする事は出来ないよ』


 なんて言うけど、それは出来ないのではなくて、やろうと思えば出来るけどやらないという事なんだ。

 『出来ない』と『出来るけどやらない』では天と地程の開きがあるぞと言いたい。

 で、ちょっと読んでるじゃん!




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ユウキとアキラは、お昼にミバルお婆さんの雑貨屋へ行って、お婆さんの元住んでいた所は何処か、地図アプリで教えてもらおうと考えた。

 ミバルお婆さんにスマホを見せて、サク国の場所は何処かと聞いてみると、お婆さんはスマホを縦にしたり横にしたりしながら首を捻っている。

 ビベランに見せても似た様な感じだ。

 ユウキは、ああこれは、『女性は地図を読めない』ってやつだとピンと来た。

 女性と男性では、脳構造の違いで世界の認識の仕方が違うのだ。

 昔、『話を聞かない男、地図が読めない女』という本が有った。男と女の感覚や認識力の違いを説明していた。

 男は、何かをしながら同時に人の話を聞けない。出来ている様に見えても、その瞬間瞬間でどちらかが止まっているのだ。つまり、シングルタスクだ。その代わり、認識域が薄く広い。

 女は、ながら作業が得意なマルチタスクだが、その代わり認識域が狭いが目に見える範囲の注意力は最強だ。

 多分、感覚的にその違いを感じている人も居るのではないだろうか。


 分かり易い例で説明すると、男はグーグルアースで航空写真を見ている様に世界を認識している。

 しかし、女性の認識の仕方は、ストリートビューなのだ。自分が移動して、見えたランドマークを目印に世界を認識している。

 多分この例えが一番しっくりくるのではないだろうか?

 だから、女性は自分の見ている方向へ地図の方を合わせようとクルクル回してしまうのだ。


 男と女は、お互いに足りない部分を補完し合う様な仕様に神によってデザインされている、そんな感じがする。


 ユウキは、地図をラコンさんに見せてみる事にした。

 今自分達の居る場所が、このイスカ国で、これがアサ国で、こっちがユウ国だと教えたら、サク国の位置をここだと迷わず指差して教えてくれた。

 それは、当初ユウキ達が考えていた、秩父の辺りなんじゃないかという予想とは違って、もっと離れた長野県の辺りの様だった。


 確かに考えてみれば、ノグリが音を上げる程の逃亡生活と成ると、秩父の辺りでは近過ぎるのだ。

 もっと遠くから逃れて来て、何日も何日も山の中を歩き続け、やっと辿り着いた比較的大きな町であるユウ国でノグリは心が折れたのかも知れない。

 もっと先へ行こうとする一家と、ここでもういいよと思うノグリとで意見が分かれ、家族と分かれてでもここで旅を終わりにしたいと思う程の辛い旅だった事を想像すると、秩父では近過ぎるだろう。


 そして、もう一つユウキは重大な事に気が付いていた。

 なんとラコンさんが指差したそこは、優輝の祖父の実家の在る場所の近くだったのだ。


 なんという盲点だったのだろう。

 優輝が小学生の頃、確かに獣人らしき人を見ていたのだ。

 祖母は、それはお稲荷さんだと言っていたが、今思えばあれは狐の獣人だ。ワーシュの奥さんと同じ特徴を持っていた様に思う。いや、間違いない。


 ユウキは直ぐにアキラと共にゲートを潜って日本へ戻り、あきらの運転するベンツで中央自動車道を飛ばした。

 途中、須玉インターで高速を降り、国道141号線を北上する。


 夕方迄にはなんとか目的地の母の実家へ辿り着く事が出来た。


 「まあまあ、優輝ちゃん、わざわざこんな田舎迄挨拶に来てくれるなんて、律儀ねぇ」

 「おじさん、おばさん、お婆ちゃん、新婚旅行から帰って来たので、そのお土産を渡そうと思って」

 「そうかいそうかい、さあ上がって。綺麗なお嫁さんねぇ、今日は泊って行けるんでしょう?」

 「有難うございます。御厄介に成ります」


 アポも無しに急に来た割には快く迎え入れて貰えた。

 田舎では他に宿取ってるとか言うと逆に失礼に成りそうな気配が有るし、何だか根掘り葉掘り色々な事を聞きたそうな圧が凄くて、お土産を渡してそのまま帰れそうも無い雰囲気なのだ。

 急に来たにも関わらず夕飯は豪華だし、案の定どうやって知り合ったのかとか、あの結婚式は何だったのかとか、何の仕事をしているんだとか、本当に根掘り葉掘り問い詰められてしまった。

 その会話の中で、『異世界堂本舗』の名前を出したら、急におじさんの目の色が変わった。

 おじさんはその名前を知っていた様だ。


 「異世界堂本舗って、あのドラゴンズピーとか何でも切れるナイフとか売ってるあそこかい?」

 「それです。その異世界堂本舗」


 ナイフや永久電池エターナルバッテリーの方で有名なのかと思ったら意外や意外、ドラゴンズピーで食い付いて来た。

 まあ確かにこの辺は農家さんばかりだから、害獣避けから先に耳に入ったのかも知れない。


 「ドラゴンズピーは持って来た分が有るので幾つか差し上げますよ」

 「ほんとかい! そりゃ有難い!」

 「異世界堂本舗うちの製品は、他にミスリルナイフと永久電池エターナルバッテリーが有るんだけど、見てみますか?」

 「おお! 是非見せてくれんか!?」


 優輝はバッグの中でスマホを操作して、ストレージからミスリルナイフと永久電池エターナルバッテリーを一つずつ取り出し、お膳の上へ出した。


 「こっちが何でも切れるミスリルナイフで、これが永久電池エターナルバッテリーです」

 「はえー…… 凄いモンを作っとるんだね」

 「これも両方差し上げますよ。ただ、ナイフの方は使える人と使えない人が居るんですよね。えーと…… この中ではお婆ちゃんと、おばさんも使えそうかな? こうして持ってみて、ブレードのエッジが微かに光れば扱える筈ですよ」


 優輝は庭から拾って来た小石とナイフをお婆さんに手渡し、切ってみる様に言った。


 「ナイフで石が切れるんかい? そんな馬鹿な…… って、うわ! ほんとだよ!」


 お婆さんが手に持ったナイフの刃を小石に当てると、まるでチーズかバターでも切る様にサクッと切断した。

 お爺さんがお婆さんからナイフを受け取り、同じようにしてみるのだが、エッジは光らないし石も切れない。


 「あーあー、そんなに力を入れちゃ、刃が潰れちまうよ」


 お爺さんがムキに成って力任せに切ろうとしているのを見て、お婆さんがお爺さんを窘めた。

 お爺さんはとても残念そうな顔をした。


 「ねね! それあたしも出来るって言ってたよね? ちょっと貸して!」


 今度はおばさんがナイフを受け取り手に持ってみると、お婆さんよりは弱いが確かにエッジが光っている様に見える。

 おばさんは庭に出て、縁の下に打ち捨ててあった鉄製の錆びたスコップを見つけると、それを牛蒡のささがきの様にサクサクと削って行った。


 「見て見て! これすっごい面白い!」


 おばさんは子供みたいに喜んでいる。

 その様子を見たおじさんが、おばさんの持つナイフをひったくる様に取り、やってみるのだが出来ずに悔しがっている。


 「なあ優輝君、これ俺でも出来る様に成らないのかな?」

 「うーん、性別は関係無いので、多分手先の器用さなんかが関係しているのかも知れません。今の所、扱えるのは百人に一人居るか居ないか位なんですよ。この家の中には偶々二人も居た訳ですけど」

 「そっかー、残念だなあ……」


 おじさんはがっかりした様子でおばさんへナイフを返した。

 ちょっと重苦しい雰囲気に成ってしまったので、優輝は話題を変える為に永久電池エターナルバッテリーの方へ話題を切り替えた。


 「こっちは、見た通りの用途なんですけど、名前の通り永久に使えますよ」

 「永久って、本当に永久なのかい?」

 「まあ、壊れるまでですね。でも、十年以上百年程度は使える筈ですよ。家で非常用電源に使っても良いし、外のビニールハウス用の電源にしても良いんじゃないかと思います」

 「ハウス用の電源に使えるんかね? 電気代も馬鹿に成らんからそれは助かるよ」


 きっと使ってみて調子が良ければ近所や農協にも勝手に売り込んでくれるかもしれない。

 プレゼントを兼ねた営業みたいなもんだ。

 プレゼントを兼ねたプレゼン…… あ、何でも無いです。


 「そうだ、言い忘れましたけど、ドラゴンズピーはペットも避けちゃうんで、家で栓は開けない様にお願いしますね」


 そう言い終わらない内に、お爺さんが栓を開けてしまった。

 ああ、先に言っておくんだった。

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