第113話 朽ちた龍神の祭壇

 「もう行っちゃうのかい?」

 「はい、彼女と観光もしたいですし、色々見て回ろうと思ってます」

 「そうかい? お土産有難うね。また来たら寄ってね」

 「はい、お世話に成りました」


 次の日の朝、優輝とあきらはお婆ちゃんの家を立ち、目的の場所へ行って見る事にした。

 余談だが、居間でドラゴンズピーの蓋を開けてしまったお爺ちゃんは、家族全員にこっぴどく叱られていました。

 例によって飼い猫が泡を吹いてひっくり返ってしまったのだ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「何しろ12年も前の話だから、記憶も曖昧なんだよなー」

 「でも、道路が整備されたり畑が無く成ったりしていても、神社の位置は変わらないんじゃないかしら?」

 「小学三年生の頃だから、それ程遠くでは無いと思うんだ」


 あきらがスマホの地図アプリで現在位置から近場の神社を検索してみると、その数の多さに驚いた。

 なんと、半径500mの範囲内で三社、その倍の半径1kmの範囲にまで拡大すると、なんと八社も在るのだ。


 「土地勘の無い小学生の子供だからそんなに遠くまでは行かないと思う。近場から見て行こう」

 「そうね、しかし神社ってこんなに沢山在ると思わなかったわ」

 「意外とそこら中に在るんだよね。東京でも住宅街を歩いていると、急に鳥居が在ったりする事が良く有る」


 まずは一番近い所へ歩いて行った。徒歩七、八分という所だ。

 しかし、優輝はそこを見て、一目で違う事が分かった。


 「あー、ここは違う。何かもうちょっと木が鬱蒼と生えた小高い丘だった様な気がするんだ」


 また七、八分位歩いて次の神社へやって来たが、幹線道路沿いなのでそこも何か違う。

 その次へと歩いて行ってみるが、今度は住宅街の中で明らかに違う。

 範囲を広げて探そうかという事に成り、歩き出した所に軽トラがやって来て、おじさんが顔を出した。


 「おー、優輝君、こんな所でどうしたんだい?」


 聞くと、畑へドラゴンズピーを仕掛けに行くところで、その途中で優輝達を見かけて声を掛けてくれたそうだ。


 「あー、覚えてるよ。お稲荷さんを見たとか言っていたやつだろ?」


 なんとおじさんは、その時の事を覚えていたらしい。

 優輝にとっては小学生の頃の話は遠い昔に感じていたのだが、大人のおじさんにとっては、ついこの間の事なのだ。

 子供にとっては一年は永遠にも感じる様な長さだが、大人にとってはあっという間に過ぎ去ってしまうという、良く有る話。


 この一年の長さの感じ方の違いは、10歳の子供にとっては一年は人生の十分の一の長さだけど、40歳の大人にとっては四十分の一だからだとかよく説明される。

 または、子供の脳のクロック周波数が大人よりも何倍も速くて、同じ時間を過ごしていても密度の濃さが違うからとかも考えられる。


 とにかく、おじさんは優輝達一家が遊びに来た時に、おかしな事を言って両親を困らせていた時の事を良く覚えていた様だ。


 「あの時は、優輝君の味方はお婆ちゃんしか居なかったもんなぁ。俺もあの時笑っちゃってごめんな―」

 「いえいえ、全然怒ってませんから。あの時の不思議な神社を探していたんです」

 「ああ、それならうちの畑の近くの神社だよ。家族で野良仕事を手伝ってくれた時に、優輝君だけ一人で近くで遊んでいたから」

 「道理で! 一人で遊んでいた記憶は有るのに、行き帰りの記憶が無いから変だと思ったんだ」


 おじさんの軽トラに乗せてもらい、そこまで行く事に成った。

 勿論玲あきらは助手席で、優輝は荷台だ。本当はこれは違法なのだが、田舎の畑を移動する時は結構ゆるゆるだったりする。

 荷台に荷物が有れば、一人見張りに乗るのは認められていた様な気がしないでもない。


 余談だが、エンジン付きの乗り物で公道を走るには、勿論免許が必要なのだが、自分の敷地内ではその限りではない。

 なので、自分の畑の中を耕運機や稲刈り機を運転しても、無免許運転には成らないのだが、畑から自宅の納屋へ帰る途中にちょこっとだけ公道を走っちゃう様な事が有ったり無かったりする事も無い様な有る様な気がしないでも無い。知らんけど。


 荷台に優輝が乗ろうとした時、あきらは大事な体だからと言おうとしたのだが、勿論そんな事を人前で言える筈も無く、優輝が大丈夫だからと言うので渋々助手席に収まっていた。

 その場所は、車で五分程度の場所だった。

 車から降りると、農家のビニールハウスが立ち並び、反対側は水田に成っていて、その向こう側にこんもりとした丘に木が生えた森が在った。


 「ああ! これだ! ここだよ!」

 「ここなのね」

 「見つかって良かったな」


 優輝達は、おじさんにお礼を言って神社の森の方へ行って見た。


 「あ、そうだ、おじさーん! そのドラゴンズピーは、小瓶に小分けして柵の外へ等間隔に吊るすか、ボロ布に染み込ませて結わい付けると良いですよ!」

 「わかったよ! ありがとうな!」


 丘の麓まで来ると、結構古い森の様で木の幹が太い。

 古い木の鳥居を潜ると、階段が頂上まで一直線に付けられている。

 階段を上って行ってみるが、人は見えない。あきらもスマホのカメラで見ているが発見出来ない様だ。

 頂上まで来て、お社の周囲を確認してみるが、やはり人の気配は無い。


 「で、ここで諦めたりはしないんだな。何しろロデムが動ける様に成ったお陰で向こう側の地図が有るんだから」

 「でも、地図だけを頼りに向こうへ転移するのは危ないと思うわ。地面に穴が有るかも知れないし、何かの猛獣が居るかもしれないのだから」


 慎重には慎重を期してって事だ。

 あきらは、お社の横に拡張空間をセットして、何時でも帰れる様に準備している。

 優輝は、向こう側の世界の地図を拡大表示して、向こう側がどう成っているのかを確認しようとしている。


 「んー、何か向こう側にもお社みたいな物が在るっぽいよ?」

 「そうなの? 何かしら?」

 「まあ、人工物が在るという事は、それ程危険は無いという事だろう。行って見るか」

 「そうね」


 優輝はいつもの様にイヤホンを装着し、音の再生ボタンを押した。

 するとゲートが開き、二人は異世界側へと移動した。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 異世界側に在った建物には、何だか見覚えが有る様な気がした。

 三方だけに壁が在り、一方は素通しに成っている構造の建物と、その正面に在る大きな止まり木の様な形の構造物。

 それは、原始的な神社と鳥居の様にも見えるが、優輝達はこれをつい最近見た記憶が有るのだ。


 そう、それは、カグ国に在った龍神への生贄の祭壇だ。

 それが何故こんな所に在るのだろう?

 その祭壇は、もうかなり昔に打ち捨てられてしまっている様で、木材は朽ち蔦や苔に覆われ、最近人の手が入った形跡が無い。


 「姶良市で見た龍神の祭壇だよね、これ」

 「そう見えるわね、もう使われていないみたいだけど、何故こんな所に在るのかしら?」

 「考えられるのは、ドラゴンあいつが定期的に棲み処を移動しているのか、それとも別個体が居るのか」

 「別個体の可能性は有るわよ。ドラゴンあれだって生き物なら1頭だけで繁殖は出来ないのだから」


 あの様な大型で高等な生物が単性生殖しているとは思えないので、きっと他にも居る可能性は高いのだが、イスカ国の辺りでは本当に居るのかどうか迷信レベルにまで成っていた。

 もしここにドラゴンが居たのなら、噂位は届いていてもおかしくは無い筈だ。

 という事は、百年どころか、もっと昔からこの辺りには既に居なく成っていたのかも知れない。


 人の伝聞というのは、どの位の期間保存されるのだろうか。

 噂が忘れ去られる期間だが、人の噂も七十五日と言われる様に約二か月半だ。

 政権交代は、十五年周期位で現政権にお灸をすえてやろうとか、試しに他にやらせてみようとか言われ始めるそうだ。社会的には前回の事を覚えている人が一線を退き、当時は子供で政治なんて興味の無かった世代が社会の真ん中に来る丁度入れ替わりの期間がその位だからだ。

 戦争なんかは、百年周期で起こったりするらしい。それは、辛い思いをした当事者の第一世代から直接話を聞ける人が全て居なくなり、伝聞でしか情報を得られなくなる周期で、悲惨な体験は忘れ去られ、悔しいとか次は上手くやってやろうなんていう機運が盛り上がるのがその位なんだそうだ。


 「まあ、それはともかく、集落を探そう」

 「そうね」


 近くに在った大木に空間をセットして丘を降りてみる事にする。

 長い年月で道らしき物も既に消え失せていて、藪の中を降りなければ成らなかった。

 ここで鍛冶屋で作ってもらったマチェットが役に立った。

 マチェットを軽く左右に振るだけで、藪は綺麗さっぱり払われてしまうからだ。

 ちょっと位の太さの木なら、簡単に切断してしまえるのだが、うっかり切り倒すとこちらへ向けて倒れて来るので危ない。

 なので、なるべく下草だけを払いながら丘を降りた。

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