第114話 ブロブの村
丘の麓へ降りた二人は、ロデムのマップを見ながら近くに集落が有る事を確認し、そこへ行って見る事にした。
そこまでは森の中の細い一本道を通って行くのだが、その道もあまり使われていない様だ。
そして、村へ着いてみると驚いた。人っ子一人居ないゴーストタウンと化していたからだ。
そしてこの
「この
そう、この酸っぱい様な腐敗臭、つまりゲロの様な
しかも、それがそこら中から漂って来る。
村の中へ足を踏み入れようとしたユウキの手をアキラが掴んだ。
「待って! よく見て」
ユウキは集中してロデムに貰った目でじーっと見つめてみると、余程集中して見なければ分からない程微かな筈のエネルギーが、まるで蛍光塗料でも塗りたくった様にあらゆる物から見える。
ブロブの魂のエネルギーは、原生動物のアメーバやバクテリア並み、つまり本体のサイズは大きいがカビや細菌程度の魂の大きさしか無いので、見つけるのは非常に困難なのだが…… それが大量に集まっていればそれなりに見えて来る。
まるで村一面が天の川銀河の様な、光の粒が密集していて、点では無く面で見えているのだ。
「わぁー、綺麗…… じゃなくて、何だこの量は!」
今ユウキが潜ろうとした木の門も、内部がキラキラ光っているし、家も地面も全てキラキラしている。
知らずにこの村の中へ足を踏み入れてしまえば、全周囲からブロブに襲われてしまい、逃げ道も無くただ食われてしまうだろう。
ブロブにはそんな狩りをする様な知能など無い筈なのだが、偶々大量に寄り集まる事により、効率良く狩りをする事に成功しているのだろう。
まるでそこは巨大な一方通行の罠と化してしまっていた。
「ミバルお婆さんが異様に恐れていたのはこれだったんだ。村が全滅するって言っていた」
ユウキとアキラにはバリアが有るので大丈夫だとは思うが、流石にこの量のブロブは気持ちが悪い。
門の前で全く入って来る気配の無い二人に業を煮やしたのか、村の地面の下から這い出て来る物、家屋や門の木の内部から樹液が垂れる様に染み出て来る物が、二人に向って動き出した。
二人は背筋にゾワゾワとした感覚に、咄嗟に消石灰の袋を取り出し、撒いて撒いて撒きまくり、村の入り口から出て来る道と自分達の周辺を雪でも降ったのかと思う程に真っ白にしてしまった。
「ふう、これでもう近寄れまい」
「何と言うか、本能的な忌避感が有る生物だよな。しかし、どうしよう……」
祭壇からこの村までは一本道だったし、道の続きはこの村を突っ切って反対側の門を出なければ無い様だ。
ユウキとアキラは、意を決して村の中へ突入し、消石灰を撒きながら村の中を進んで行った。
ミバルお婆さんの雑貨屋へ寄った時に、今月分の納品をしてしまったので残り一袋だが、20kg分も有るのでなんとか持つだろう。
しかし、村の真ん中辺りまで来た所でちょっとした異変に気が付いた。
普通はアルカリに接したブロブは逃げて行くのだが、この村のブロブは果敢に特攻して来ている様に見える。
アルカリ性の消石灰が撒かれた部分をを自らの酸で中和し、命を落としたブロブを乗り越えて後ろの奴が進んで来てまた自分の酸でアルカリを中和するを繰り返し、範囲を徐々に狭めて来ているのだ。
しかし、こっちだって消石灰の粉は沢山持っている。どっちが先に無く成るかの消耗戦だ。
まさか知能の無いブロブがこの様な捨て身の攻撃を挑んで来るとは思いもしなかった。
村の半分まで来るのにおよそ半袋は使っているだろうか。このまま順調に進めればぎりぎり足りそうではある。
二人は足を速め、早くこの村を脱出しようとしたのだが、村の反対側の門まであと少しと言う所で、急に地面の固い感触が無く成り、ユウキはまるで底なし沼に嵌ったみたいに腰の辺りまでズボッと沈み込んでしまった。
そこの地面は、表面は土が被り地面の様に見えていたが、実は池の様な窪地でそこへ大量のブロブが溜まっていたのだ。
後ろを走っていたアキラは、慌てて立ち止まり難を逃れたが、ユウキはまたもや文字通り泥を被ってしまった。
ユウキはアキラに手を引かれ這い出ようと藻掻くが、大量のブロブの池は大きく波打ち、ユウキを飲み込もうとする。
勿論、二人の身体はバリアに守られているので損傷は一切無いのだが、精神的に来るものがある。
考えてみて欲しい、大量のゲロが溜まった池へダイブしてしまった様子を。
如何に大丈夫だと言われていても、結構キツイのではないだろうか?
爺さん世代に聞いた話で当時の都市伝説なのかも知れないが、昔は畑に撒く肥料に人糞を使っていた時期が有り、畑の片隅には肥溜めというものが在ったそうだ。
そこは、大量の糞尿を溜めて置き、数日間発酵させてアンモニア分等を飛ばし、肥料に使える様な状態にする為の設備だと言う。
その表面は天日で乾燥し、固まって地面の様に成っていて、子供なら上を歩いて渡れそうな気がしたそうだ。
近所の悪ガキ達がそんな子供の興味を引く場所を放って置く筈は無い。
何しろ子供と言えば今も昔もうんこが大好きなのだ。うんこという単語を聞いただけで笑い転げるのだ。
その時、ある一人のガキ大将が、度胸試しに上を歩いてみようと言い出したそうだ。
そして、片足を乗せ、両足を乗せ、大丈夫そうだと一歩踏み出した途端にズボッと頭まで潜ってしまったのだという。
表面は乾いて乗れそうな程に固そうに見えても、中の方は柔らかかったのだろう。
慌てて引き揚げられたのだが、全身うんこ塗れと成ってしまい、泣きながらその子の家へ連れて行かれ、親にこっ酷く叱られたうえ冷たい井戸水で全身を頭から丸洗いされ、髪の毛や爪の間にまで入ったうんこはなかなか取れず、口の中の虫歯にまで詰まったうんこを爪楊枝で
細部は語る人に寄って違うが、そんな話を複数の老人に聞いた事が有る。
その話を聞いた時、当時の子供はなんて馬鹿なんだ、私は子供に生まれなくて本当に良かったと胸を撫で下ろした。
ユウキはスマホを取り出し、人に危害を加えない様にバリアの反射を100%に設定していたのだが、それを1000%に変更した。
しかし、これは
優輝に触れたブロブがバチバチと音を立て、飛沫と成って飛び散り始めたのだ。
ブロブには物理攻撃は一切効かない。細かく千切れても、それが一匹一匹のブロブとして再生してしまうのだ。
これでは敢えてブロブを増やしてやっているみたいなものだ。
アキラは、ユウキをブロブ池から引き揚げ、持っていた消石灰を全部その中へぶちまけて、池を回避して出口へ走った。
村の出口を出て、息も絶え絶えに後ろを振り返ると、池から大量のブロブがあふれ出して来るのが見え、二人は慌ててその場を走って逃げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
荒れた道を暫く進み、アキラはスマホのマップでその先に町が有るのを確認して、二人はその方向へ向かう。
「なんかもう、またトラウマが増えたよー」
「最初は消石灰を撒きながら行けると思っちゃったよね。まさかあんなトラップが待ち受けているとは」
「こんな事なら素直に町の位置まで車で行ってそこでゲート開けば良かったよ」
「そうよね、何であそこで転移しちゃったのだったっけ?」
後から冷静に考えれば、そうして置けば良かったと思うのだが、その時は何故そうしてしまったのだろうと言う事が人生には多々あるものだ。
まあ、それも含めて人生を楽しめれば上級者なのかも知れない。
四時間程も歩くと地面は踏みしめられ、多くの人が通ったであろう場所に出た。
そして、前方には町が見えている。
「やった! ここがミバルお婆さん一家が住んでた町か」
「急ごう。もうお腹空いちゃったよ」
二人は急ぎ足で町へ向かった。
町は外から見た感じ、それ程規模が大きい感じはしなかった。
町からはかなり手前の、街道から町へ入る入り口辺りには番小屋みたいな石造りの小屋が在り、数人の衛兵が詰めている。
その前を通りかかったら、衛兵に呼び止められてしまった。
「入国の目的は?」
「私達は旅商人で、こちらで商売させて頂きたいと思ってやって来ました」
「ふうん? どこから来た?」
「北東の方に在る、イスカです」
「お前等さっき、そこの森の方から出て来なかったか?」
二人は驚いた。あんな遠くから見られていたのかと。
アフリカの人は視力4.0とか有ると言うが、それ並みだ。
なんだか怪しまれている様なので、胡麻化さず正直に言う事にした。
「ええっと、あっちの方に村が有ると聞いて来たのですが、ブロブだらけだったので引き返してきました」
「そうか、その判断は懸命だったな。あの村へ入ってたら今頃命は無かったぞ」
突っ切って来ましたとは言わなかった。
「よし、入国を許可する。この札を肌身離さず持って、必要な場面では提示しろ。国を出る時には返してもらうぞ。失くしたら罰金だからな」
二人はそれぞれ、首から下げる様に紐の付いた四角い木の札を手渡され、通された。
「他の国では入国審査なんて無かったよね」
「俺達、拡張空間通路とかゲートで勝手に入っちゃってたからな。本当は有ったのかも」
「そっか、外からちゃんと入ったのって、この国が初めてだったか? いや、ユウやザオは歩いて入らなかったっけ?」
「あの河原の部分は既にユウ国内だった可能性があるよ。ザオは一応門衛に挨拶はしたかな、こんな札は無かったけどね。多分主要街道から来ると途中に関所とか門が有ったのかも知れない」
二人はお腹がペコペコなので、どこか食べ物屋が無いかを探した。
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