第115話 サク国

 町に入ると、中心を貫くメインストリートが在り、その両側に色々な店が立ち並んでいる。

 そのメインストリートを進み、町に入ってすぐの辺りに、かなり広大な敷地を使った、広い庭の在る立派なお屋敷が建って居るが、あれがこの国を治める領主の館なのだそうだ。

 町の中心方向には、多分行政的なものを執り行うのであろう、大きな入り口の大きな建物が立ち並んでいる。


 二人は何処か食事の出来る店は無いかと左右を見回した。

 美味しそうな匂いが出ている店が在るので、多分そこがレストラン的な建物なのだろう。

 ユウキがそこへ入ろうとするので、アキラはそれを引き留めた。

 まず、この国で使える通貨へ両替しなければ成らないのだ。


 ユウキとアキラは、日本で言えばたかが国内旅行程度の規模で移動する度に通貨が違うのがちょっと面倒に成って来た。

 国交が在る国同士なら、金貨は共通して使える場合が多い様だが、ここの国はどうなのだろう?

 無用なトラブルを避けるために、面倒でも一応幾らか両替して置いた方が良いかも知れない。

 二人は、スマホをそれらしい店の看板に向け、文字を翻訳して両替商を探した。

 何軒か探してみると、公官庁らしき大きな建物の向かい側に在った店がそれだった。


 建物に入り、アキラは受付カウンターに居る制服を着た女性に声を掛け、両替をお願いしたい旨を告げると、無言で二人の前へすっとお盆を差し出した。

 これにお金を乗せろという事かなと大金貨を乗せようとしたら、違う、首に掛けた証票を出せと言っている様だった。


 「なんだか、翻訳精度が悪いな」

 『ごめんなさい』

 「初めて聞いた私の言葉は理解したのに、この国の言葉は難しいの?」

 『ユウキの言葉はほぼ文法に沿った綺麗な言語だったからね。ここの言語は、訛りがきつくて却って混乱する。同じ発音の単語なのに意味が違っていたり、逆に同じ意味の単語なのに全く発音が違ったりしているんだ』

 「初めて聞く言語より難しい方言って凄いな」


 例えば鹿児島弁は、他国の間者を識別するために、わざと暗号の様に成って居るそうだ。

 関東人が鹿児島へ遊びに行って、お年寄りと会話すると全く何を言っているのか聞き取れない。


 『もう少しサンプルが有れば、段々と翻訳精度は上がって行くよ』

 「凄いね。まるで学習型のAIみたいだ」

 『機械と一緒にしないでよ』

 「御免御免、褒めたつもりだったんだけどな」

 『うん、悪意が無いのは分かってるよ』

 「ほんとにごめんね」

 『うん、ええでー』


 頭の良い人にコンピューターみたいな頭脳だとか、知識が豊富な人に生き字引みたいだというのは誉め言葉の部類だと思うのだが、どうなのだろう?

 多分、その例えられた物が自分より優れていると思えば誉め言葉だし、自分以下だと思えば貶しになるのだろう。

 人間にとってはAIはその学習速度は遥かに人間を凌駕しているのだから誉め言葉にも成るかも知れないが、ロデムにとっては所詮魂も持たないプログラムでしか無いのだろう。


 受付のお姉さんは、証票を奥へ持って行って何かをしてから返してくれた。持って来たのは別のお姉さんだった。

 今度は、両替したいお金を置くトレーを出してくれたので、そこへイスカの大金貨を十枚と砂金を1kg位の量を置いた。

 カバンの中で他から見えない様にスマホを操作して、ストレージから大金貨と砂金を出しておいたのだ。

 他国へ行く度に両替の必要が有るので、ストレージの中には十枚ずつ小分けにした貨幣や1kgずつに分けた砂金が格納してあり、さっと取り出す事が出来る様にしてある。

 お姉さんはそれの乗ったトレーを表情も崩さずに奥へすっと持って行って、また別のお姉さんが両替したこの国の通貨を運んで来た。


 「手数料を引きまして、中金貨八十枚と銀貨十二枚となります」

 「どうもありがとう」


 受付のお姉さんは、アキラ達を見えなくなるまで見送った後、無表情ですっと立ち上がって奥へ行き、キャーキャー言いながら他の二人とピョンピョン跳ねていた。


 「イケメンで大金持ち。いったい何処の貴族様かしら」

 「貴族がお忍びで従者を一人連れて旅商人の振り? 何かを調査しているのかな?」

 「何処かの大店の跡取りが、政略結婚させられそうに成って意中の町娘と駆け落ちしたんだわ」


 女三人寄れば、かしましいとは愉快だね。

 いちいち違う人が出て来たのは、大金貨なんて物を普通に持ち歩いている若い二人を順番に見に来ただけだった様だ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「さて、ごはん食べよう!」

 「そうだね、もうお腹ペコペコだよ」


 先程見つけて置いたレストランへ入り、通りに面した窓際の席へと案内された。

 おすすめ料理を注文して食べていると、憲兵がやって来てテーブルを囲まれてしまった。

 逃げ道が無い様に囲むあたり、手慣れていると思った。

 以前に鷲の台駅で内調の職員達に取り囲まれた時の手際と似ているとアキラは思った。


 「何の御用ですか?」

 「お前達、魔法を使えるな?」


 はて? この国に入ってからそれらしい行動をした覚えは無いのだが、何故バレたのだろう?

 アキラは憲兵の一人がアキラの胸元をちらっと見たのに気が付いた。

 女性の時には男の視線が自分の胸元に行くのを自然に感じ取っていたが、今のアキラは男だ。男の胸元を好き好んでチラ見する男が居るとは思えない。そういう趣味のある人なら別だが。


 「これか」


 首から下げた証票をテーブルの上に置いた。

 そう、普通の旅人や旅商人にはこんな札を持ち歩かせたりはしない。

 門の所に居た衛兵が、怪しいと睨んだ者にだけ渡していたのだ。


 札の中には、魔力に触れると変色する草の汁が染み込んだ竹串が仕込んであり、札を持った人間が店を訪れた場合にはそれを提出させ、店の責任者へ渡す様に成っている。

 店の責任者は札の中の竹串を抜き取り、その変色具合を責任者だけが持っているカラーチャートと突き合わせて魔力量を確認出来る様に成っていた。

 そして、ある一定以上の魔力を持っていると判明すれば直ちに憲兵へ連絡する仕組みと成っている。


 門の衛兵は、何時アキラとユウキを怪しいと睨んだのだろうか?

 二人がブロブに占拠されてしまった村からの道から出て来た時に既に気が付いていたのだ。

 というのは、二人はマチェットを使って荒れた道の雑草を払いながら出て来たから。

 二人が言う様に、行って見たけど戻って来たと言うのなら、行きに藪を払いながら入って行った筈なのだが、朝からそんな人間は見なかったし、二人は雑草が生い茂った手付かずの藪を払いながら出て来たのを見ていたのだ。

 しかも、少し行けば町が見えているというのに、旅商人がわざわざ小さな村へ藪を払いながら苦労して入って行く理由など有る訳が無い。

 これを怪しいと思わなければ、その衛兵は無能だろう。


 そして、案の定反応が出た。

 両替商とレストランの両方から通報が有り、憲兵が駆け付けて来たという事だった。


 憲兵は、いきなり二人に掴み掛って来た。

 アキラに掴み掛ろうとした憲兵の手は、服の襟に触れた瞬間、五倍の力で跳ね返され、その手の指の爪が全部弾け飛んだ。指の骨も骨折したかもしれないが、指が千切れる程には至っていない様だ。

 その様子を見たユウキは、未だ村で反射を1000%に設定したままに成っているのを思い出し、憲兵を傷付けない様に相対速度を減らそうと咄嗟に身体を後ろへ引いた。

 しかし、その背中が壁に接触してしまい、レストランの外壁は派手に爆発し、二人は通りへ転がり出た。


 「あああ、うちの店がー……」


 国の命令で止む無く憲兵へ通報してしまった店主が、店を壊されてしまい泣きそうに成っている。

 ユウキがその様子を気の毒に思っていると、壊れた壁と瓦礫を立体的に範囲指定した拡張空間が現れ、時間が巻き戻って通りに散らばった瓦礫や粉じんが逆回しの様に壁へと戻って行き、元通りに修復されてしまった。

 それを見ていたアキラは驚いた。

 ユウキの方を見ると、ユウキも驚いている。

 何故なら二人共スマホを操作していないのだから。

 そもそも、スマホのアプリでは空間を立体的に指定出来る様な仕様には成っていない。


 「今のは、ユウキ、じゃないよね……」

 「うん……」

 『ボクだよ、ママ』


 そう、それはユウキのお腹の中に居る胎児の声だった。

 ユウキが店主を気の毒に思った感情がお腹の中の子に伝わり、能力を発動させたのだ。


 『ママ、パパ、飛ぶよ』

 「えっ?」

 「ええっ!?」


 ユウキとアキラの身体はふわりと宙に浮き、ぐんぐんと上昇して行って町全体を見下ろせる高度まで登ると、南の方向へ向けて飛び去った。

 後に残った憲兵達は、茫然とその様子を見送るしか無かった。

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