第116話 楽しい空中散歩

 「ギャー! 高いよ、速いよ、広いよ! 怖いよー!!」

 「アキラは、高所恐怖症で速度恐怖症で広所恐怖症だったのか?」


 人は誰しも何らかの恐怖症を持っていると思うが、映画なんかで例えばスーパーマンがロイスレーンと一緒に空を飛んだり、スパイダーマンがMJを抱えてビルの谷間を飛び回ったり、ピーターパンがウェンディにティンカーベルの粉を振り掛けて空を一緒に飛んだりするシーンが有るけど、あれは絶対に怖いと思う。

 何故なら、安全を絶対に担保された飛び方ではないから。


 例え安全が保障されていたとしても怖いものは怖い。そうでなければ遊園地の絶叫マシンで誰も悲鳴を上げたりしないだろう。

 バンジージャンプだって、超高層ビルの屋上の足場を歩くアトラクションだって、安全だからこそ恐怖を逆に楽しめるのであって、下手したら五分五分位で命を落としますよなんてものだったら誰もやらないだろう。


 ユウキやアキラは、今ユウキのお腹の子供の能力で地上数百メートルの空中にぶん投げられてしまった訳だけど、そんな高度を生身で飛行した体験など無いアキラに取っては、恐怖以外の何物でも無いだろう。

 しかも、一つ懸念材料が有る。

 例え誤って墜落したとしても、バリアで衝突の衝撃は防御されるのだろうが、中の身体の方は墜落の加速度からは守られるのだろうか?

 体の表面は守られても、脳や内臓は地面に衝突した時の重圧に耐えられるのだろうか?

 例えば、絶対に壊れないエレベーターの箱が有ったとして、その中に入って地上100mの高さから落下した場合、箱は大丈夫大丈夫だったとしても中の人間は無事なのか? という様な心配だ。

 未だにそういった状況を体験した事が無いので100%大丈夫だと言い切れない所がまた怖い。

 ドラゴンに地面に叩き付けられた時にはどうだっただろうとあきらは思い出してみるのだが、ちょっとグエッって成った様な気がする。だとしたら、もしここから墜落したら、グエどころじゃ済まない気もする。もう、恐怖しか無い。


 ユウキよりもアキラの方がかなり取り乱しているが、実は加速度に対する耐性は男性よりも女性の方が強いらしい。

 絶叫マシンを女性の方が楽しむのはそのせいだと言われている。

 アキラも、女性のあきらの時ならば大丈夫だったのかも知れないが、今の異常な程の怖がり様は、理系の科学者故なのかもしれない。きっと色々な最悪な状況を考えてしまうのだろう。

 ユウキは、そんなアキラの手を取り、落ち着かせようとした。


 『あ…… ママ、ボク眠い……』


 お腹の子は、飛行中に急にそんな事を言い出した。


 「ちょ、ちょっと! 嘘でしょー!」

 『ごめんなさい。出来るとこまで高度落とすけど、もう限界…… あとは自分で何とかして』

 「自分で何とかしろって言われても!」

 「「ぎゃあああああー!!」」


 ユウキのお腹の子は、地上十数メートルまで降りて来ていたのだが、そこで急に眠りに落ちてしまった様で、二人を持ち上げていた浮遊感覚が急にふっと消えてしまった。

 二人はその速度のまま森の中へ突っ込んで行った。

 バキバキと枝を折り落下して行くが、それが却ってブレーキと成り、下草の上に落ちる頃にはかなり減速されていた様で、バリアもちゃんと発動し、二人は何事も無く地上へ生還する事が出来た。


 「あー、怖かった! 生きた心地がしなかった!」

 「焦ったね、ふふふ」

 「笑い事じゃないだろっ! 俺のお腹の赤ちゃんは助けてくれないのかな」

 『本当に危なく成ったら助けるわよ』

 「おっ!」

 「居たんだ!」

 『この位なら大丈夫だと思ったから、放って置いたの。胎児には睡眠が必要なんですからね、あまり起こさないでくださる?」

 「うわー、アキラの子供って、流石にアキラの子供って感じだね」

 「ちょっと、それどういう意味?」

 『アタシもう寝ます。アッフ、おやすみー』

 

 それ以降声は聞こえなくなった。

 アキラは、自分のお腹を抱える様にそっと抱き、優しく声を掛けた。


 「おやすみ、俺の赤ちゃん」


 ユウキはアキラに抱き着いた。


 「大事に育てて行こうね、私達の赤ちゃん」

 「二人共大事に大事に、ね」


 二人は森の中で暫くの間抱き合っていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「このまま真っすぐ行けば、小道に出るみたい」


 森の中をミスリルマチェットで藪漕ぎしながら二人は進んでいた。

 アキラが先に立って藪を払い、ユウキが後ろでスマホのマップを見ながら指示を出す。

 数十メートル進んだ所で、森の中を通る小道に出た。

 マップを見ると、山の中を曲がりくねってはいるが、確実に西の方へ続いているのが分かった。


 「多分、ミバルお婆さん一家が歩いたのはこの道だと思う」

 「という事は、この道の何処かに魔法使いのエルフが住んでいるって事だよね」

 「そういう事に成るね」


 暫く歩いてみたが、案の定ユウキが音を上げる。


 「この整備されていない山道を徒歩で行くのは無理っぽくない?」

 「うーん、そうだね。俺達二人共あまり無理出来ない身体なんだし、やめよう」

 「でもさ、例の魔女がどのあたりに住んでいるのか分からない事には、日本側の道を移動する訳にもいかなくない?」

 「そこなんだよねー……」


 多分、認識阻害の魔法とか掛かってるのかもしれないし、位置が分からなければ日本側で移動する事も出来ない。

 何とかならないものか。


 「あそうだ、ロデム!」

 『了解だよ』


 こちらが何かを言う前に察してくれたらしい。

 ユウキは、この道の周囲をもっと詳細に調べてくれる様にお願いしようとしたのだ。


 『地図データをアップデートしたよ。ちょっと怪しい所が有るね』


 ロデムの地図アプリではこの道沿いだけ、航空写真の地上解像度は0.1mmまで拡大する事が出来る様になった。

 もう、地上の砂粒迄見えるレベルだ。スマホで写した写真よりも高解像度なのが凄い。データ量がとんでもない事に成っていそうで恐ろしい。

 当然データはスマホの中に格納するのは不可能なので、ロデムクラウドに保存されているのだが、容量は大丈夫なのだろうか?


 『全然大丈夫だよ。通常そこまで解像度を上げる意味が無いだけで』

 「これで何が分かるの?」

 「まあ見てて」


 ユウキは航空写真を道沿いにスワイプして行くと、ある所で指を止めた。


 「ほら、あった!」

 「これがどうしたの?」


 アキラはそれが良く理解出来ないみたいだった。

 というのも、それは日本で今まで使っていた大手地図アプリで良く見るものだったからだ。

 それを見慣れているアキラに取っては、何がおかしいのか良く分からなかった。


 「ほら、こことこっちの間に解像度の境界線みたいなものがあるでしょう?」

 「うん、よくあるよね…… あ!」

 「気が付いた? 向こうの世界のマップだと、衛星写真の継接つぎはぎだから解像度の違う部分がまだらに混在しているのが普通だけど、こっちのロデムの地図では……」

 「全部の場所で解像度は一緒なんだ。だから、今解像度を上げてもらった部分内で違いが出ているのはおかしい!」

 「そう、その部分だけ、何かの偽装が施されている。ほら、拡大すればする程境界線がはっきり見えて来る」


 それは、通常人間の肉眼の解像度では見破れない程の精巧な偽装だったのだが、ロデムはユウキの指示により、その何倍もの細密な画像解像度を作成したため、その境界があらわに成ったのだ。


 森の魔女は、人の世界を嫌い森の中で一人で暮らしていると聞いていた。

 ならば、他人に見つからない様に何らかの方法を使って隠れているのではないかとユウキは予想した。

 ミバル一家は、逃亡中にその魔女と遭遇したと言っていた。森の中に細い道が在ったと。

 何故道沿いに居を構えていたのだろうか?

 本当に人と縁を絶って暮らしたいのなら、もっと深く道も無い森の中でひっそりと暮らせば良いのにそうしないのは何故か?

 それは時々、人里へ出る必要が有るからなのでは無いか?

 そう考えたユウキは、この道沿いに何らかの魔法で偽装を施し、その中に潜んでいるのではないかと予想したのだ。


 その偽装を見破る方法が、この人の目を超える超高解像度の航空写真だったという訳だ。

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